悪役王女ですか?悪役になんてなれません。私はただの愛に飢えた人妻です。
江戸 清水
りんごを剥いたその翌日から
シンクで転がるひと玉五百円弱する高めのりんごと果物ナイフそしてやや多めの血。
その血の出処は、
大手企業の御曹司と大学出てすぐ政略結婚した新妻である。
『―――何があっても俺が守るから』
真っ赤な嘘……。
結婚して間も無く、逆らえない夫は見てみぬふり、さやかは虐めたおされ、夫は浮気し、いや元から恋人がいた。生きる気力さえも失いかけていた。
とはいえ、今は義理の母に言われ高級りんごを切っていて誤って自身の手を切ってしまった。
予想以上の傷の深さに少し動揺し、目の前にあったキッチンタオルで止血を試みる。
「あら さやかさん 血?」
「はい 手が滑りましてすいません。」
「いやね。きったないっ 違うりんごにして。それは捨てて」
義理母に義理姉の血も涙もない対応に小さく「はい」と返すさやかの視線の先にはそれを呆れたように、知ったこっちゃないと素知らぬ顔の夫。
虐めの対象を作り家族円満を保とうとする病んだ家系である。呪われているのか孫は一人も誕生していない。
(こんなのが結婚……だったら永遠に眠ってしまいたい……もう やだ ほんと やだ。明日行方不明になろうかな。離婚なんて騒いだらきっと実家にシワ寄せが来る。だれか誘拐してくれないかな……いや夢遊病装ってどっか遠くに行くか。ほんとっ限界)
愛されず、味方は誰一人この家には居ない。
自分はなんのために生まれて来たのか、何故こんな男と結婚したのか。悔やんでも悔やみきれないといった心情に押しつぶされそうになる。
そんな彼女の唯一の楽しみは、令嬢ものの復讐小説を読む事である。
その夜も、寝室は別の夫に気を使う必要はなく小説の世界に心をときめかせ眠りにつく。
今読んでいる物語は
王と再婚した母の連れ子で血の継らない義妹が、王太子である兄の婚約者を虐め、婚約者が王子の従兄弟と床をともにした嘘をでっち上げ最終的には婚約破棄させ、婚約者を様々な冤罪で国外に追放するが、追放された婚約者を慕っていた者の働きで、義妹は兄の命令により処刑される。
というざまぁ系であった。
(はあ……私にもこんな素敵な助っ人が現れたらなあ)
さやかは、毎夜 愛されたいっ守られたいっ夫じゃなくていい!イケメンに!とトキメいて眠りにつく。
◇◇◇
翌朝
明るい光に目を覚ます、さやかはふと、綿百%のベッドカバーよりツルツルのシルキーな肌触りに違和感を覚える。
(まさか、どこかの殿方とホテルに?!)
そんな訳はない。いつも通りおとなしく、哀しみの中眠りについたのは自身の小さなシングルベッドすのこ式。通販で買った質素なものである。贅沢など許されない、大して物欲のない新妻であった。
目を開けると、そこはまるで少女漫画の姫の部屋。
いえ、小説の令嬢の寝室のよう。ワインレッドのベルベットのブランケットに、シルキーなベッドシーツ。
視線の先にはアンティークなヨーロピアンっぽい家具。
「すごい、夢 こんな鮮明?色が……」
ポツリと呟いたさやかに、ノックする音が耳を貫く。
大して動揺せず「はーい」と声を上げる。全く信じていないのである。
現実に転移するなどありえない、きっと夢だと。
「おはようございます。ロザリーヌ様 十分にお休みになれましたか。体調はいかがですか?」
目の前に小走りに寄って来たメイド服の女性。振り返っても周りを見渡しても誰も自分の他にはいない。
自身の手首には包帯らしき物がぐるぐる巻にされていた。りんごを剥いていて怪我した場所にわざわざ包帯した覚えはない。
(ロザリーヌ……ロザリーヌ……あ)
まさに読んでいた小説の悪役王女、王太子の義妹の名前。
どうして、夢なのに憧れの婚約者のリリアでは無いのかと思い、ふっと笑うさやかは全く信じていない。
その頃、時を同じくして
さやかのベッドで悲鳴が響き渡る。
「キャーッッ 誰よ この私をこんな汚い小屋に閉じ込めたのは!!!今すぐその首ハネ飛ばしてあげるわ!」
そこで叫ぶのはさやかと入れ替わってしまったロザリーヌであった。
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