第6話 不思議な赤ちゃん

※ニーナ視点

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 ユリウス暦3031年、3月21日。



 ユリウス暦とはこの世界の共通の暦の事であり、魔王を討伐し、ここアイザック王国という新たな国を作った勇者ユリウスから名前を取っており、魔王討伐の翌日からその太陽が上がった数と気候の変動によって周期を決めたものである。


 気候変動や太陽の位置を記録すると、大体365日で一周期となるようで、現在は3031周期したことになる。


 魔王討伐を成功させ、人類を救った偉大な勇者が亡くなったのはユリウス暦31年のことである。


 アルトカンタに住む者なら子供ですら知っている『ユリウス冒険譚』はおとぎ話でありながら、最古の歴史書とされてきた。



 そんな『ユリウス冒険譚』はユリウスの死については全く触れていない。


 他の歴史書では、ユリウスが亡くなったという事実を記しただけで、その死因については全く触れられず、「暗殺説」まで唱えられたほどだった。


 そんな噂話が広がったからか、王室は彼の魂が安らかに眠れるよう、100年単位で鎮魂式を執り行うようにしていた。


 ユリウス暦3031年はユリウスの死から3000年が経つということで、国中から色々な特産品を集め、盛大に行われた。



 そんな年に、グランセル公爵邸で可愛らしい玉のような男の子が産まれた。



 その子は「アルタカンタ」から「アル」をとって「アルフォート」と名付けられた。


 同時期に王女も誕生したという事もあり、父親であるレオナルド様は王都へ戻らなくてはならず、わが子を抱き、名前を付けてすぐに屋敷を出ていった。







 私はその男の子のお世話役を命じられ、生まれてすぐに奥様、ミリア様と行動を共にすることが多くなった。


 ミリア様は帰ってきてすぐに出かけて行ってしまったレオナルド様に少し思うところはあるように見えたが、レオナルド様の立場も理解していた。



 私のアルフォート様への印象は「不思議な赤ちゃん」だった。



 産まれてすぐの時は、お腹がすいたり、おしめが気持ち悪くなれば泣く普通の赤ちゃんだった。



 しかし、1週間経つといきなり泣かなくなった。



 最初は何か病気にでもなってしまったのかと心配したが、医者に見せても特に問題はないという返答しかこなかった。


 泣かないだけでなく、お守りをしていても、ジーッと静かに何かを見つめ続けている事が多く、全く手がかからなかった。


 それはミリア様も同意見のようで、初めての子供であったためどれほど大変なのかと気構えていたぶん、アルフォート様の利口さに拍子抜けしてしまったと言っていた。







 アルフォート様は本に興味があるようだ。


 ずっと本棚ばかり見ていたので、試しに一冊取ってあげると、キラキラした目でこちらを見つめてきた。


 アルフォート様は、顔は母であるミリア様に似て可愛らしく、髪の毛は父であるレオナルド様のような綺麗な金髪をしていた。

 そして、青く澄んだ瞳は見るものを引き込むような魅力があった。



 私は取ってきた『ユリウス冒険譚』を開いて読み始める。


 勿論、内容などは頭に入っていないだろうが、本を読んでいる間ずっと私の方を見続けていた。


 私だけでなく、ミリア様もアルフォート様の瞳には勝てなかったらしく、私同様に本を読み聞かせるようになった。







 本を読む時以外は目を閉じて寝ている事が多いので、私はミリア様に教えていただいた「魔力の増加術」をその時間に行う。


 「魔力の増加術」は、名前の通り魔力を増加させるために用いられるものだが、私のように魔法を苦手とするものにとっては、魔力を意識する方法としても用いられるそうだ。


 といっても、人の魔力の最大量は決まっているらしく、ある程度魔力の増加は期待できるものの、一年もすれば頭打ちとなるそうだ。



 お腹の左下周辺にある魔力壺を意識して、魔力を手に流していく。指先まで魔力が届いたような感覚が来たら、それをまた魔力壺へと返す。

 魔力の増加術といってもやっていることはそれだけで、そんなに難しいことをやっているわけではなかった。


 続けることで体内での魔力の流れを感じる事はできるようになったが、「ステータス」を見る限り、私の魔力量は微増したものの、未だその魔力量は低いままであった。


 元来、私のような獣人族は例外を除いて魔力量が低く、魔法を扱う力も劣っていた。


 しかしその反面、敏捷性や腕力などの身体能力が人族より優れており、傭兵や力仕事を行う場面で重宝された。


 私の母はグランセル公爵邸の使用人として働いていたため、私は公都でしか生活したことのなかった。

 母は私が10歳の時に亡くなってしまったが、レオナルド様の計らいでメイドとして私を屋敷においてくれたのだ。


 公都にも亜人種はたくさん生活していたが、彼らは汚れ仕事や力仕事に従事する者がほとんどで、私のように貴族の使用人として生活できる亜人種は珍しかった。


 だからなのか、私は人族の友達を持ち、人族と同じような生活を送ってきた。

 幸い、私は獣人族の中でも人種に近い見た目をした猫人族だったので、人族と違うのは耳と尻尾だけという事も私に味方した。



 しかし、日常生活の中で人族との違いを感じることも多くある。

 その最たるものが「魔法」だ。


 獣人族は魔力量が極端に低かった。

 また、人族が使用できる「生活魔法」を行使することもできないのだ。そのため、光を作り出すにも蝋燭に火を灯さなくてはならず、その火も魔法ではなく専用の道具を用いなければならなかった。



 また、「属性魔法」もほとんど行使できない。


 私が唯一行使できるのが「風魔法」であるが、日常生活において「風魔法」はほとんど使用しないので、あって無いようなものだった。


 しかし、「属性魔法」は何かのきっかけで急に開眼することもあるので、私は諦めていなかった。できれば火魔法が開眼してほしい。そうしたらメイドの仕事も楽になるのに。







 アルフォート様は非常に賢いのではないかと思う。


 離乳食を作りに少し部屋をあけていると、いつも本を開いている。



 おもちゃだと思っているのかな?



 最初、私はそう思った。

 離乳食を食べさせないといけないので、一度その本を取り上げるのだが、泣くこともなくされるがまま離乳食を食べる。



 しかし、ある時そこに疑問を覚えた。


 開いているページが少しづつ後ろの方へ進んでいるように感じたからだ。


 文字を読むこともできないので本の内容など分かるはずもない。しかし、私が取り上げた時に開いていたページの少し後を開いており、次はその少し後を開いていた。



 もしかして…。


 私はあり得ない想像をしてはそれを捨てる。



 さすがにあり得ないか。偶々だよね!



 そして、また本を取り上げて離乳食を食べさせるのだった。





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