第22話 訪れたラストチャンス

「あーあ…… もう夏休みになっちゃうよ~」


 私は学校に来てからこんな感じでずっとグダグダしている。


 本来であればクラスメイトと同じように大喜びしていただろうし、私自身楽しみにしていたはずなのに。

 今となってはまだ夏休みになってほしくないと思っている。


「愛華が声をかけなかったのがいけないんでしょ?」


「だってぇ~」


「だってじゃないわよ。事あるごとに助言してあげたのに何もしなかったあんたが悪いんでしょ?」


 全く乃々花の言う通りだ。何もできなかった私が悪い。



 私は徹くんと出会ったあの日以来、毎日のように乃々花に相談していた。他の人なら誰でも鬱陶しいと思うはずなのに乃々花はそんな素振りを一切見せることなく親身になって話を聞いてくれた。


 学年も校舎も違う徹くんとは話す機会が滅多にないので、それならLINKというSNSでやり取りしながら徐々にお互いのことを知っていく方がいいんじゃないかと思い、連絡先を交換しようということで話はまとまった。

 それから何度か徹くんを見かけることがあり、その度に乃々花はこうやって話しかければ大丈夫だからと背中を押してくれたが私は恥ずかしがってそのチャンスをことごとくダメにしてしまった。

 乃々花には申し訳ないと思っているが、声をかけようとするとあの時の徹くんが頭に浮かび恥ずかしくなって一歩踏み出すことができなくなる。

 そして気づいたらあっという間に夏休み直前になっていた。


 つまり今日まで徹くんとはあの日から一度も話していない。それどころか顔を合わせてすらいない。


 私の予定では夏休み前にはある程度仲良くなっていて、夏休みに入ったら色々な所に二人で行ったりして一緒にいる時間を増やしていくはずだった。まぁその予定をだめしたのは紛れもなく私なんだけどさ。


「どうしたらいいんだろう」


「終業式が終わったら急いで英才科の校舎に行けばいいんじゃない?」


「なんで急ぐの?」


「はぁ…… あんたはバカね。徹くんは人と関わるのが好きじゃないって言ってたんでしょ? 急いだ方がいいに決まってるでしょ! きっとすぐに帰っちゃうわよ」


「あっ!乃々花はよく覚えてるね」


「あんたが覚えてなくてどーすんのよ、全く」


「行って会えなかったらどうしよう」


「次の機会まで待つしかないでしょうね。それよりも私は徹くんに会えない心配よりも英才科の校舎に行って愛華が騒がれることの方が心配よ」


「あははー……」


 それを言われると困っちゃうなー。


 乃々花には迷惑かけちゃうけど徹くんのいる校舎に行こう。これが夏休み前のラストチャンスだ。


「乃々花、私行くよ! だからお願い! ついてきてください」


「言われなくてもついて行くわよ」


 乃々花は笑って答えてくれた。本当に感謝してもしきれない。乃々花が困った時や何かあった時は私が全力で助けよう。

 私は心から感謝を伝える。


「ありがとう!」


「それじゃあ終業式が終わったらすぐ行くよ」


 こうして私は終業式の放送後のホームルームが終わるまでドキドキしながら待つのであった。



 ホームルームが終わり教室はようやく夏が始まるぞとすごい盛り上がっていた。そんな中私と乃々花は荷物を持ってクラスメイトと言葉を交わすことなく教室をすぐに出た。


 しかし英才科の校舎に着いた頃には私達の期待はないに等しかった。それは何故か、ここに来るまでに多くの生徒とすれ違い、その生徒たちが出てきたのは私達の目的の校舎だったからだ。


 つまり多くの英才科と普通科の生徒がすでに帰ってしまっているというわけだ。


 ホームルームが終わるまでずっと思い描いていた校舎前で来ないかなとワクワクドキドキしながら待つということはなく、徹くんを探すのはまるですでに当たりの出たくじを引くみたいに何の楽しみもない作業となっていた。

 朝に乃々花が心配していた私が騒がれるなんてことは全く起こらなかった。


「まだ5分くらいしか経ってないのにもう校舎から出てくる人がほとんどいないね」


「それはそうよ。みんなの夏はもう始まってるんだから」


「ごめんね。本当なら乃々花も友達と遊びたかったよね」


「何言ってんの? 私がついていくって決めたんだからいいの。それに家に帰ってもやることないしね~」


「乃々花、本当にありが――あ!!!」


「急に何よ!」


 ありがとうと言いかけたその時、私は待ち望んだあの人を視界の隅に捉えた。


「徹くん!」


 私は訪れたラストチャンスを今度こそ掴むために勢いよく駆け出した。


 この瞬間私の夏が始まった。

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