頼られることが幸せ?
「そのお陰でミリアお嬢様と出会えたんです。
奴隷商人に感謝――はさすがに出来ませんが、今は本当に幸せなんですよ?」
優しい微笑みを浮かべながら。
レオナルドは慈しむような目線をこちらに向けてきます。
「今が、幸せ?」
出世コースからも外れて、国外追放なんて最悪の目に遭ったのに?
「ええ。こうして大切な人と一緒にいられて。
明日から何をしようかと、ワクワクしてますよ」
「ワクワク……?」
未来のことを楽しそうに語る笑顔が眩しい。
今日をどうやって生き延びようと考えるだけで、どんよりしてしまう私とは大違いです。
「ミリアお嬢様は、何も心配しないでください」
そんな私の心配を見越したように、レオナルド自分に任せるよう言いました。
なるべく表情には出さないようにしていた筈ですが、長年一緒にいた従者にはあっさりとお見通し。
(隠し事はできませんね……)
「まずは近くの村を目指そうかと思います。
昔と変わっていなければ、そう遠くない場所に村があるはずです。
国ほど快適な場所ではありませんが、冒険者も多く立ち寄る良い街です」
「……分かりました。お任せします」
結界の外は、思っていたよりは安全でした。
今すぐ命の死ぬことはないとしても、まずは人のいる場所を探すべきでしょう。
魔物が我が物顔で歩く世界で、私たちの存在はあまりにちっぽけです。
「頼り切りでごめんなさい」
あまりに情けない。
どうしても申し訳なさが募ります。
「どうして謝るんですか?」
「私のせいなのに、レオナルドの後を付いて行くだけで。
どうしてこんな役立たずなのかと情けなくて、申し訳なくて……」
巻き込んでしまった挙句に、何から何まで世話になってしまうこと。
本来であれば巻き込んでしまった私が、信頼を勝ち取るためにも計画を示さなければならないのに。
「何度も言っているとおり、僕は好きで付いてきたんです。
役に立つとか立たないとか、そんなことはどうでも良い」
「……私は、あなたの役に立ちたい」
もう捨てられたくない。
(いいえ、違いますね)
この優しい従者は、決して私を裏切りません。
ならその忠誠に応えるために。
せめて彼にとって誇らしい主人でありたい。
「ミリアお嬢様?
あなたは強いから、誰にも頼らず倒れるまで頑張れちゃいます。
これまでもずっとひとりで頑張って来たんです。
――これからは、もっともっと僕を頼って下さい」
(……それは一体、誰のこと?)
レオナルドが語る言葉が、まるで自分と結びつきません。
「私は強くなんてありません。
聖女として欠陥品なんて言われる度に悔しくて、泣きそうになって。
諦めて心を殺して――最後には国から要らないと言われました」
レオナルドの励ましのお陰で、辛うじて心を壊さず耐えてきただけ。
私が本当に強いならば、何を言われても笑顔で受け流したでしょう。
悩む時間があるなら力を磨いて、実力で居場所を勝ち取っていったことでしょう。
「そのようにご自分のことを卑下しないでください。
ミリアお嬢様は、これまで立派に国を守ってきたではありませんか」
俯いてしまった私を励ますように。
レオナルドは、胸を張ってそう言い切りました。
(これまでの頑張りは無駄だった)
心のどこかでそう思っていたのかもしれません。
私をこうして認めてくれる人がいたのに。
(私が頑張ってきたことには意味があった。
こうして私を認めてくれる人がいるんだから――)
「み、ミリアお嬢様!?」
レオナルドが慌てた様子を見せ。
私は目からポロポロと、涙がこぼれていることに気が付きました。
ゴミと言われて国外に捨てられた今。
レオナルドの言葉がどれだけ救いになっていることか。
それは今だけの話ではありません。
(レオナルドは、どうしてこうも。
私が欲しい言葉を、いつもピンポイントで口にするのでしょう……)
ずるいです。
私は何をすれば、この大切な従者に恩を返せるのでしょうか?
「やっぱり結界外の空気が、体に障ったのですか。
ど、どうすれば!?」
なにやら慌てふためいている様子のレオナルド。
まずはその誤解を解かなければいけませんね。
「もう大丈夫です、レオナルド。
本当にありがとうございます」
「何でもない人の反応ではないでしょう?」
これ以上の心配をかけるわけにはいきません。
「嬉しかったんです。
こうしてゴミと言われて追放された身で――」
「……ミリアお嬢様は、ゴミなどではありません」
強い口調でそう訂正。
レオナルドは、追放を言い渡した身勝手な貴族に対する怒りを隠そうともせず。
そのように本気で憤ってくれるのも、私を大切に思っているからこそで。
「頑張ってると認めてもらえたこと。
これまでの事が無駄ではなかったと言ってもらえて――嬉しかったんです。
ありがとう、レオナルド」
心がポカポカと暖かい。
(だからこそ、頼り切ってはいけない)
彼には既に、一生かけても返せないほどの恩があるのです。
どんなことをしてでも、レオナルドには幸せになって貰います。
ヨシッ、と両手をグッと握りしめて決意を新たにしていると
「……ミリアお嬢様が、何を考えてるか当てましょうか?」
ジトーっとした目のレオナルド。
私は、そっと目を逸らします。
「また、頼ってはいけないなんて考えてたよね?」
「……ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないですよ」
拗ねたようにレオナルドは言いました。
そして何やらいいことを思いついた、とばかりに笑みを浮かべると
「ミリアお嬢様は、僕に幸せになって欲しいって言いましたよね?」
「うん」
「なら、もっと僕に頼って下さい。
それが僕の幸せですから」
「頼られることが、幸せなの……?」
さっぱり分かりません。
「大切な人の役に立ちたい。
そう思うのは、そんなにおかしいことですか?」
レオナルドに幸せになって欲しい。
そのために役に立ちたいという気持ち。
(ああ、レオナルドも私と同じなんだ……)
どうしてこれまで気がつかなかったのか。
気が付いてしまえば、本当に当たり前のことでした。
「なにも、おかしくありません」
「分かったならよろしい。
これからは困ったことがあったら、何でも僕に相談すること。良いね?」
「……うん」
念を押すような発言。
うまく丸め込まれたような気もしますが。
(まあ良いか)
目の前でニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる従者の顔を見て
私はそう思うのでした。
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