転生者殺しのユースホーム

麻賀陽和

第0話 義賊

 蒼空を飛ぶ飛行艇は太陽を照り返し、多種多様な種族が街を闊歩する世界。


 浮島を縫うように翔けるドラゴンは食物連鎖の保守に努め。さらに地上では、世界の支配権を握ろうと、魔物たちがかいがいしく計画を企てている。

 

 そんなある日の事。外部からの脅威に守られた都市部では、今日も平和な一日が流れていた。


「ですから、利息分も払って貰わないと困るんですよ」

「で、でも、それだと孫が魔法学園へ進学するための資金が足りないんです」


 冒険者のみならず、富裕層や労働者の金をせっせと貯め込む街の銀行。


 そこでは毎日、人々が入出金を繰り返し、ある時はこの老婆の様に返済期限の延長を頼みに来る者もいる。故に職員は、そこにある一人の人生ですら、流れる製品を箱に詰めるように軽くあしらう。


「なら働けばいいでしょ?」

「でも、この年じゃ雇ってくれるところなんてどこにもないですし…………」

「あのねえお婆ちゃん。もっと自分で努力するって事をしないといけないんじゃないんですか?」


 もちろん彼女も、怠惰な人生を歩んで来たわけではない。

 ――若くして夫を失い、女一人で子供を育て、そしてその子供にすら先立たれてしまった憐れな一人。

 しかし辻褄とは合わないもので、身体が言う事を聞かなくなっても、まだまだ生きるためには金が必要だった。


「そんなこと言われても、もう馬車に乗るだけで精一杯な体なんです」

「はいはい。とりあえず今日の昼までに用意してくださいね。じゃないと差し押さえますから。――はい、次の方どうぞぉ」


 それでも世界は、ただ一人の為だけに回ってはいない。


 ――悲しみに暮れる老婆もいれば、また別の場所では、人生を掛けた大勝負に出る者もいる。


「ほお。ではこの金庫は、過去に一度も破られたことは無いと?」

「ええ! ですから資産を預けるなら、是非ともこのバンクラプト銀行に!」


 上等そうな外套に、艶々と光る皮手袋を身に着けた若い男は、銀行の自慢でもある“無敗の金庫”を目の当たりにし、満足そうに頷く。


「なるほど。それなら、上層区からも客は来そうですね」

「流石、お目が高うございます! 家賃の都合で上層区に店を構えることは叶いませんでしたが、この業績なら直ぐにでも上層区へ出店できそうです」

「そうですか。まあ、バカ高い利息もある事ですしねえ」


 すると職員は声を落とし、狐のような眼を更に細めて言う。


「ここだけの話、貧乏人共は金の計算が出来ないですから、馬鹿みたいに利息だけを払い続けてくれるんですよ」

「はっはっは。返しても返しても終わらないシステム。よく考えましたね」

「ええ。それもこれも、“協会”のアドバイスのお陰です」


 取るに足らない会話を続ける二人だが、ここで一人の少年が寄って来て、若い男に耳打ちをする。


「お頭、馬車は外に待機させてます」

「分かった」

「おっと、お連れ様ですか?」


 清潔感のある男は違い、どこか貧相な格好をした少年を見て、職員は顔を引きつらせる。

 だが男は、そんな職員に視線を戻すと、わずかに口角を上げて。


「ええ。私の部下ですよ」

「なんと奴隷もお持ちだったとは、恐れ入りましたな」

「いえ、奴隷ではなく、です」

「へ?」


 考えもしなかった言葉に職員は思わず聞き返すが、しかし男は懐から短剣を取り出し、それを職員の首元に突きつける。


「おっとぉ! あまり大きな声は出すなよ」

「っひぃ!」

「用があるのは中身だけだ。何もしなければ、手は出さない」

「ば、馬鹿め! この金庫は誰にも破られない最強の金庫だッ。お、お前らなんぞに開けられるわけが無いだろ!」

「まあ見てろ」


 そうして男は金庫の前に立ち、その冷たい鉄の扉に手を添える。すると…………。


スキル【開錠アンロック】執行


 ガチャンと重たい金属音が連続でこだまし、遂に無敗の金庫は自ら口を開き始める。


「開錠スキル!? まさかお前、手配書にあった勇者殺しっ」

「その通り! このお方こそが、勇者をばっさばっさと薙ぎ殺す、天下のユーっ」


 男に付き従う少年が声高らかにそう叫ぶが、しかしその言葉は男の鉄槌によって中断される。


「バカ。名前は出すなって言っただろ」

「痛って! すいませんお頭!」

「いいから早く金を運ぶぞ」


 金庫は銀行の地下に位置するため、誰もこの騒ぎに気付くことは無い。それ故に男と少年は、慣れた手つきで職員を縛り上げると、悠々と金品を袋に詰め込み始めた。


「……よし。まあこんなもんだろ。さっさとズラかるぞ。メイス」

「アイアイサ!」


 栄養失調の豚ように痩せこけていた袋を満杯にし、斯くして二人は階段を駆け上がる。


 だが当然、そんな袋を手にして地上の店舗部分に出れば、奇怪な目を彼らに向ける者も多い。――――しかし。


「よし。やれメイス」

「よっしゃ!」


 メイスと呼ばれる少年は、3つある袋のうち一つを天高く掲げると、声帯が潰れそうな程の声量で叫び始める。


「さあさ皆さん! バンクラプト銀行の新商品! 返済期限ナシ、利息ゼロの融資サービスですよ!」


 メイスはガマ口の袋に手を突っ込み、中の金貨を鷲づかみにしては店中にばらまく。そうすれば客と言う客がハトの様に群がり、床に転がる金貨をわが物の様に懐にしまっていった。


 ――――そうして店内の混乱が最高潮に達したところで、残りの袋を持った男が店の出口を目指すが、最早お祭り騒ぎの店内では、誰一人として彼に目を向ける者はいなかった。


「み、皆さん落ち着いてください! ――あ、こら! その金貨を拾うんじゃない!」

「店長はどこだ!」

「早く憲兵を呼べ!」


 職員たちも慌てふためき、ゴミの様に散らかる金貨を必死に守る。

 

 そんな中、若い男は店の端で怯える老婆に近づき、優しい口調で語り掛ける。


「婆ちゃん、ここは危険だから、店の外まで出よう」

「あ、あぁ。でも、腰が抜けちゃって」

「えぇ? あーもう、しょうがないな」


 店の騒ぎを聞きつけた町人たちが、我先にと銀行に詰め寄る中、一人の男が老婆を背負って店から出てくる。そしてその両肩には二つの布袋。

 

 そうして無事金を盗み出した男は、店の近くに停まる馬車の前で老婆を降ろして言う。


「さぁ、こっからは一人で帰れるな?」

「は、はい。ありがとうございます」

「あとこれ、落とし物だぜ」


 男は小さな袋を老婆に手渡すと、遅れて出て来たメイスと共に、真っ黒な馬車に乗り込んだ。

 だが老婆はその袋に見覚えが無いらしく、眉を八の字にして…………。


「あの、これは私のじゃ」


 と言う。

 しかし対する男は。


「アンタのだ。もう落とすんじゃねーぞ」


 と言って、車窓から腕を出しひらひらと手を振る。

 そうして、強盗が乗った馬車を見送った後、老婆は袋の中身を改めて驚愕した。


「…………こ、これは」


 彼女は再び馬車の背を見るが、しかしその姿は、とうに豆粒ほど小さいものになっていた。


 男の名前を知ることも出来ず、お礼を言う事も出来ず、ただ茫然と立ちすくむ老婆。だがここで聞こえる声。


「おい儲けたな!」

「ああ。アレは間違いなく、最近噂の義賊様だな」

「勇者殺しか。でもあの人こそ、この街の本当の勇者様だと俺は思うぜ?」

「ま、それはそうと、さっさと逃げようや! っひょーっ、今夜はパーティだぜ!」


 軽い足取りでケタケタと笑いながら走り去る二人の男。

 そして彼らの言葉を耳にした老婆も、どこか呆れた笑みを浮かべながら、思うがままの足取りで歩き始めた。


 ――――富裕層だけが肥えていくこの街に、突如現れた勇者殺しの大義賊。当然、その噂は瞬く間に知れ渡り、今では彼を英雄として崇める者も多い。

 

 だがしかし、この物語の最初は、彼がそう呼ばれる以前から始まる。

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