「自己紹介」
話をしよう。そう言ってからしばらくの間、セレーネはじっと黙り込んでいた。
「どうした?話がしたいと、最初に言っていたのは君だろう?」
「ああ、うん、そうなんだけど」
いざ腰を据えて話をするとなると何を話していいのかわからなくなって、とはにかんだように笑う。
……こうしていると、本当にあの勇者とは思えなくなってくる。戦場であれほど魔族たちに恐れられ、恐怖の象徴として君臨したあの勇者とは、まるで別人のようだ。
「私たちはつい昨日まで殺し合いをしていた仲だが……」
私はしばし考え込むそぶりを見せたのち、何とも言えない顔でもじもじしているセレーネに声をかけた。
「全くと言っていいほどお互いのことを知らないだろう?「いやボクは結構知ってるけど」だからまずは自己紹介か今なんて言った?」
「何も言ってないよ?」
では私の気のせいだろうか。うん、気のせいという事にしておこう。
「……これからどれくらいの間ここにいることになるのかはわからないが、まず最初にお互いのことを知っておく必要があると思うんだ。もちろん言いたくないことは言わなくてもいい。あくまでこれから一緒に過ごしていく中で最低限知っておいてほしいことをお互いに伝えておこうっていう事だ」
「知っておいてほしいこと……」
私の言葉に、すこし考え込むセレーネ。それを見つめる私の額はじっとりと汗ばんでいた。緊張で舌の根が乾く。
……これは私の打てる数少ない手、その第一打だ。
正攻法では敵わない。だからこうして対話という私の戦場に引きずり出す。だがそれだけじゃだめだ。いくら対話という方法をとったとしても、話が通じなければ対話にはならない。勇者……セレーネは確実に精神に異常をきたしている。
当たり前だが狂った人間とまともな会話が成立するはずもない。だが、会話でなければどうだろうか。自己紹介、自分について話すという行為は、基本的には一方通行、互いに言葉を交わす対話とはまた違ったものだ。だが、だからこそある程度整った情報が手に入るのではないかと考えたのだ。
私の見当違いでなければ彼女は私に強い執着心を抱いている。対話、であればこの執着が悪い方向に作用しまともな会話になるとは思えないが、自己紹介、私が勇者のことを知りたいと思っているという前提で自己紹介をさせれば、ある程度は理解しやすい形で情報を得ることができるだろう。……自分が何者かも分からないほどに狂っているのなら話は別だが。
「……」
何度も言うようだが、セレーネは狂っている。だがしかし、最初から狂っていたわけではない。少なくとも旅立ちの日、あの日の勇者はこんな風ではなかった。であれば、勇者は私のもとにたどり着くまでに起きた何かによってこうなってしまったと考えるのが妥当だろう。
自己紹介、自分の口から語らせることによってその何かを探る。それさえわかれば彼女の説得も可能になるかもしれない。
勇者が変わってしまった経緯を知ることが、私がここから脱出するための唯一の道だ。
「じゃあ、私から始めようか――」
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