病み堕ち勇者と囚われの魔王 ~ずっと、ずっとここにいよう。ボクと、キミとで、二人で、ずっと…~
ぱわふるぼたもち
夕暮れ
「終わり」
どんなものにも、いつかは終わりが来るものだ。
魔族領ネファーレン二十八代目魔導宗主……人族から、恐怖を憎しみを込めて「魔王」と呼ばれる私の名はヘリオス。特別な血の出でもなければ、特異な力をもって生まれたわけでもない私は、今まさに自らに降り注ぐ「終わり」を噛み締めていた。
魔族と人族の戦いは、遥か昔、神代の果てよりずっと前から途切れることなく続いてきた。これは「呪い」なのだと、私は思う。生まれた時からそういうものだと教えられ、憎みあい、殺しあう事こそが正しいことなのだと誰もが信じて疑わない。これが「呪い」でないなら何だというのか。
遥か昔には、魔と人とが戦うことになった確かな理由があったはずだ。揺るがない道理が、あったはずだ。少なくとも、最初からそうだったから、そういうものだからと戦い続ける今の世界よりはよっぽど納得のゆく何かがあったはずだ。
私はこの呪いを解きたかった。戦う以外の繋がりを、殺しあう以外の触れ合いを夢見てただがむしゃらに走り続け、魔王と呼ばれる地位にまで辿り着いた。
だが、結局何も変わらなかった。私一人がいくらあがいたところで、もうどうしようもないほどに民の憎悪は膨れ上がり、とめどなく溢れ出した。
だからきっと、これはある種の救いであるのかもしれないと、私は霞む瞳で目の前に立ちはだかる少女を見やった。
「勇者セレーネ」、それが人族の切り札にして、この永遠に続く戦いを終わらせられるかもしれない人物の名だ。
「ああ、本当に強いな、君は」
赤く染まっていく視界で絞り出すように言の葉を紡ぐ。
「その力、その輝き。そこまで磨き上げるのにどれほどの鍛錬を積んだのかを思うと、頭が上がらないな……」
「……キミも、強いよ。魔王」
おべっかはよしてくれ。力なく笑って、ふらつく体を真っ直ぐに立たせる。
「君なら本当に、この戦いを終わらせられるかもしれないな」
そこに至るまでの手段が魔族の殲滅でなければどれほどいいか。だが、これは私の至らなさが招いた結果だ。戦いを止めるためあらゆる手を尽くしたが、それでも届かなかった。
だからもう、これしかないのだ。魔族と人族が永遠に殺しあう定めだというのなら、それこそどちらかが滅びでもしなければこの戦いはきっと終わってくれないだろう。
だから、これは、仕方のないことなのだ。
「だけど、いや、だからこそ、責任は果たすよ」
震える四肢に力を入れる。ここですべて終わってしまうなら。すべての魔族の明日が消えてなくなってしまうのならば。私は魔王として、二十八代目魔導宗主として、その矢面に立たなければならない。はじめに終わりを迎えるのは、私でなければならない。
「行くぞ、勇者……!」
最後の力を振り絞り、渾身の力で勇者に飛び掛かる。無謀な特攻だ。死にに行くようなものだ。わかっている。私は今、死にに行こうとしている。
「くっ」
だが、そんな私の悲痛な覚悟は、思いもよらないその光景に散り去った。
「な、んだ。これは……」
かぁーっと、目の前が真っ白に染め上げられていく。嗚呼、これは、怒りだ。
私の覚悟が踏みにじられたことに対する、怒り。
「どういうつもりだ……っ」
事もあろうに勇者は、私の一撃にわざとぶつかりに行って、大げさに吹き飛ばされて見せた。
「馬鹿にするのも大概にしろ……っ!」
勇者に掴みかかり、殴りつける。まただ。また、勇者は私の拳を自ら受け止めた。死にかけで、立っているのもやっとな男の拳なんて、目を瞑ったって避けられるだろうに。それを、受けて、こいつは。
「なんでそんなに嬉しそうな顔をする……っ!!」
嗤っていた。心底嬉しそうに、恍惚の表情を浮かべて。
「ふざけるなあああああ!!」
掴む手をそのままに、大きく振りかぶって勇者を投げ飛ばす。意味が分からなった。殺す直前。すべてが終わる直前になって、何故こいつは私の攻撃を受け止めたのか。何故嗤っているのか。何故こんなにも嬉しそうなのか。
訳が分からない。理解できない。背中にいやな汗が伝う。何かが違う。何かがおかしい。
「ああ、強い」
私の
「本当に強いよキミは。……ボクも、奥の手を使わないといけないね」
「なっ、まさか、あれを使う気か!?」
勇者の陰に隠れ、こちらの様子を窺うだけだった人族の騎士が何かを叫んでいる。あれとはなんだ? 勇者は一体、何をしようとしている?
「そういうわけだから、ごめんね皆」
「!」
……見えなかった。投げ飛ばした勇者からはかなりの距離があったはずなのに、胸ぐらをつかまれるまで、何も見えなかった。やはり勇者は強い。小細工や小手先の謀略など必要ないほどに強い。
だからこそ怖い。そんな勇者が、こんな猿芝居を打ってまで何をしようとしているのかがわからない。
「やめろ勇者!やめるんだ!」
「やめてくださいセレーネ様!」
勇者の仲間たちの声が聞こえてくる。なんだ。一体あいつらは何にあんなにおびえている?
そんな私の疑問は、勇者の周りに漂う魔導式を見て一瞬で消し飛んだ。
「さよなら」
「……嘘だろ」
自爆魔法。その眩い閃光の中に私の意識は消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます