第27話 ついにその時が?

「で?」


 ケーシャは壁に背中をくっつけて腕を組み動かない。人形を見ているけどそれ以上何かをする感じではない。


「さあ?」

「ここまでしておいて!?」


 急に無計画が発覚してしまった。

 ちょっとびっくりした。確定していない方法を実行しようとするタイプじゃないと思っていたからだ。


「この人形がもしかしたら身代わりに使えるかもしれない。っていう仮定からはじまってるから。あと結局ここの空間が解析できてないから詳しいことはさっぱりなんだよな」

「……それなら、俺が精神的に追いつめられれば何か起きるんじゃ!!」

「どうした? 急にやる気だな」

「だってもうあの影を見ちゃったから、夜を避けないと部屋から出れないだろ? それなのに夜が分からないだろ?」

「あー戦えないもんな」

「どんな敵でも一撃だぞ」


 しゅっと熊が爪で獲物を攻撃するイメージで手を振る。


「エータがな」

「もちろん」

「……エータがこの部屋にいるから駄目なんじゃないか? 同じ人間が二人になったら混乱するだろ?」

「部屋が?」

「一般論として」

「まあそうだけど。じゃ、とりあえず部屋に入ってみるか。どのくらいで出てくればいい?」

「まず一分で」

「おけ」


 部屋の中に入りぼんやりとタイマーを眺める。待っている一分は長い。

 もう一度影と対峙してから出るとか出ないとかを考えようとは思えない。迷うことなくあれに恐怖を覚えてしまったのだから。こんなにもここから出たいと考えるなんて旅支度を悩んでた自分には思いもよらないだろう。

 ピピピ……音を止めて外に出ると首をひねって人形の周りをうろつくケーシャ。あの様子では失敗なのだろう。

 ふとあることが頭をよぎる。


「もしかしてケーシャもいないといいかもしれないな。ここにいたのはずっと一人だったみたいだし」

「よし、試してみるか。それでもだめなら時間を延ばすかな」


 すぐ戻るな、とホールに消えたので俺も部屋に入る。

 扉を閉めるとまたタイマーをかけた。


 そしてタイマーが鳴って部屋から出た時。ケーシャがちょうど戻ってきたのだが、彼は壁から出てこなかった。


「俺にも見える」

「ん?」

「ケーシャ! ホールが見えてる。ちょっと縁が淡い黄緑の光に囲われているんだな」


 今まで見えなかったホールが見えた。外に繋がるホールが。

 起動したのだろうか? 人形を見たって何も変化はない。光ることもないし動くこともない。魔方陣が見えなくなるかと思ったがそれもなく、かわりにホールが見えている。


「エータそれなら俺と同じように出入り自由じゃないか? ほら、一回通ってみよう、な!」


 ぼんやり立ち尽くす俺の背中を押してケーシャが俺をホールに近づける。そっと手を入れると確かに壁があるはずのところを通り抜けて手が進んだ。


「ほら!」


 楽しそうなケーシャ。つられてそのままうかうかと外に出たいが一呼吸。


「荷物取ってくる」

「何でだよ」

「世の中もしもで溢れてて最悪の事態を想定することこそが必要なんだぞ」

「そうか? また戻ってくればいいだけなのに」

「ケーシャに言われて一応荷物はまとめてあるからそれ取ってくるだけ」


 部屋に入って置いておいたリュックを担ぐ。チャリ、とリュックから音がした。いつの間にか片方が長いひし形のキーホルダーが付いていた。大きさは本の栞にちょうど良さそうだ。色はお部屋さんの扉によく似た色で縁に沿うように少し内側に線が入っている。見ていると落ち着いてくる。シンプルすぎるリュックだったので小さなアクセントとしていい感じだ。

 ありがとう、と天井に向かって壁を撫でた。


「本当にしたのか」


 背負って出たらこの言いぐさである。


「ケーシャが言いつけて行ったんだろー。いや、ちょっと楽しかったけど」

「ん? 何で毛布とクッション持ってるんだ?」

「かけようかなって」


 触ると温かく、鼓動のする人形がそのままだと寒そうに見えて毛布をかけたくなった。移動すると効果が無くなりそうで位置は変えないけれど。背中の方にクッションも添えておいた。

 俺の代わりに外が夜の時にあの影と会うかもしれないし。がんばれと応援しておく。

 夜は避けて戻るから影に遭遇することはもうないはずだ。しかしあのイラスト本当だったのか。なら死なないのかな俺。試したくないけど、試してみたい。


「何か気になったらすぐ戻ればいいだろ」

「ケーシャ楽観的なとこもあるんだな」

「悩みすぎると時期を逃すからな」

「それはあるな」


 なんてことない顔をしながらホールに足を踏み入れた。

 明るいような暗いような空間を先導してくれるケーシャの背中を見ながら歩いた。

 一回暗くなったがすぐに明かりが戻ってきた。


「わ……」


 そこは森だった。色の濃い幹がランダムに並び様々な草が生えていた。木々の葉で隠れているが上から光が落ちてくる。風が柔らかく吹くと葉っぱが音を出した。

 さっきの空間の外とは違う、なんというのか鮮度の良さそうな空気を感じる。ケーシャを追い越して前に出ると目を閉じて大きく深呼吸した。そしてケーシャの方を振り返る。

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