第20話 頑張れ俺

 思惑通り店主の目は俺の手の中に釘付けだった。


「これをどこで」


 店主の声が上ずった。顔が期待に満ちている。店主の手を開かせて1つ、2つとゆっくり落とすように乗せた。


「確認を」


 努めて俺は真顔を作って僅かに下がる。内心焦っていることを悟られないようにかつ侮られないように必死だ。

 店主は首から下げていた眼鏡を震える左手でかけると手のひらの中の物を大きな背を丸めてこっそりと確認した。

 あの眼鏡マジックアイテムだろうか。商売人なら必須の真偽を確認できる類のものだろう。判定はすぐ出たようだ。

 再度グロリアに見てもらった物なので偽物などとは言わせないが。


「間違いない。あんたこれどこで……」

「足りるか?」


 質問に答える気はない。誤魔化せる自信もないからはぐらかす方向でいく。


「いや、積まれた金額には、少し足りないな」


 店主はちらりと札束の山と意外にも静かに待っている薄い笑みを浮かべたままのコレクターを見た。腕を組んで静かにこちらを見ていて少し不気味だ。

 店主が迷うのは当然だ。あの金額があれば俺が見せた空間石よりも大きなものがいくつか買えるだろうからだ。それがぼったくられてない標準の値段で売っていればの話だが。


「ならこれで足りるな?」


 先程の物より2周りも3周りも大きい、直径が俺の小指ほどの空間石を取り出す。周りを囲んでいる野次馬に背を向けてそっと手の中で店主に見せる。眼鏡をかけたままの目にはこれの真偽も映っているはずだ。

 それを店主の手の中に潜り込ませる。店主の肩が小刻みに震えた。


「っはー!! いやーまいったよお兄さん! 生きてきた中で一番ってくらいときめいたよ!」


 背中を何度も強く叩かれる。はははと抑えきれないのか口から笑い声が溢れ続ける。


「そうか。それは良かった」


 こんなおじさんをときめかせてしまった。これは提供者のエータに聞かせてやらないとな。お前がときめかせたんだぞと言ってやらねば。俺じゃない。


「おや? もしかして負けてしまいましたか? これ以上積んでも無駄でしょうかな?」


 はっきりとした眉をハの字に下げてコレクターか問いかけた。顔だけ見れば残念そうだが声に反映されてない。


「いやはや残念ながら」


 店主がほくほくしながらこちらもちっとも残念そうではないトーンで応えた。

 店主は奥に置いてある箱から上等そうに見えるキャメル色の厚めの皮袋を取り出した。それに石を大事そうにしまうのが見える。

 こっそりと息を吐く。3つで交渉が成立して良かった。数があると知られるのは怖い。想像していたよりギャラリーが多すぎるのも痛い。

 なるべく見られないようにしたがどうだか。


 決着のついた商談。楽しんで行方を見ていたギャラリーはパラパラと散っていく。全員はいなくならないでどうだったああだったとその場で話している人たちもある。

 座り込んだまま酒を飲んでいる人たちが大声で笑っていた。こんなことを肴にしないでほしい。

 離れていく人々を見るように努めていた。縮こまらないように背筋を伸ばす。

 それもこれも俺のことををコレクターがじっっと見ている気がしてならないからだ。気のせいだと言うことにしたい。視界の端に見えるコレクターの顔は口だけが弧を描いていて目が見開いている。魔物ではないので倒して終わらせるわけにもいかない。


「包むかい?」


 そんなことは気付いていないだろう上機嫌な店主が聞いてきた。


「ああ、頼む」

「あいよ」


 店主が大きな紙を出した。それで人形を包むようだ。その手元を見ていると音もなくコレクターが肩を合わせてきた。

 驚いて勢いよくコレクターが寄ってきた方を向く。


「お名前は何と言うのでしょうか? いえ言いたくなければ良いのです。是非私とも取引して貰えればと」


 目線は店主が包んでいる人形を見ている。早口だが小声で俺だけに聞こえるように喋っている。

 腕がくっついているのが嫌で避けるが俺が避ける度同じように再び隙間を埋めてくるので諦めた。避け続けたら町から出かねない。大きくため息をつく。


「何が目的だ」


 合わせて俺も前を見たまま小声で答えた。わずかに俺の肩にコレクターの体重がかかる。


「先程の素材私にも売っていただけませんでしょうか? まだありますでしょう? ご覧の通りあれは役目がなくなりましたから」


 とは積まれた札束のことだ。しまいもせず先程と変わらない状態で置いてある。

 一向にしまわないので不用心だとは思っていたが俺に見せつける意味があったのか。どうしたものだろうか? あるにはあるが今これをこの人物に売ってしまうことが良いか判断がつかない。もし売るとしたって現金は必要だがこんなところでやり取りをするのもまずいだろう。大金貰いましたよ〜と宣言してしまう。

 面倒なので店主が人形を包み終わったらそれを受け取って逃げてしまおうか。

 と、コレクターがくっついていない側の手になにか濡れたものが触った。


「ロアか」


 見ればロアが何してるのと言いたげに俺の手を鼻で押していた。俺の癒やしだ。よしよし。


「ようやく来れたわ。ケーシャどうなった……ってあなたは」


 人が散ったからようやく近づけたらしい。グロリアも俺の側にやって来た。

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