生贄に向くタイプ〜閉じ込められたのは快適空間でした

鶫夜湖

一章

第1話 こんにちはさようなら

 服を背中から強く引っ張られたような気がして、そして高所から落ちてしまったようだった。

 地面に引き寄せられていく。

 ひゅっと息を吸いすぎて、大声を上げることさえできない。

 真っ黒で周りは見えない。上も下も分からない。

 屋上に登った気もしない。どこにいたかは覚えてないけど高いところにだけは登っていないはずなのに!?


 ……そんなことを思う余裕はあるようだ。

 落ち続けて、吸った息が吐けなくて意識を手放した。



 心臓がドクドクとうるさいくらいになっていて気がついた。

 それはならば生きている、のだろう。

 未だ歪む視界のせいで周囲を捉えることはできないが、誰かが自分の手を掴んでいることは分かった。

 握り返したくても力は入らないのだが。


 その誰かが何かを繰り返して話している。同じ音を繰り返して、でもそれは自分には届かない。なぜなら知らない言語だから分からないのだ。

 あいにく俺は日本語しか聞き取ることができない。

 でも謝っている気配がする。泣いている音も聞こえる。


(君、どうしたんだい?)


 そう問いたいのだけど上手く音にならない。


 ようやく回復してきた視界に写ったのは、やはり泣いている女の子だった。

 腕を掴んで泣いたまま。涙は頬を伝って下に落ちていく。

 そんなことよりも異様に青白い顔色が気になった。


 涙に濡れた水色の瞳と目が合った。

 と。思ったら、あっという間に彼女が崩れるように白い土塊へと変わってしまった。


(な、にが……?)


 その白い土塊は呆然と眺めるしかない自分を置き去りに、同じく白い床と一体化してしまった。


 悪い夢のようだ。酷い映画かゲームかを見たかしたか、それが夢に影響を与えたのかと思いたいほどに。



 何の音もしない空間。大きなステンドグラスから光が入ってきている。この部屋ちょっと広いな、と現代人が感じる程度の空間になんでステンドグラスを設置しようとしたのか。

 自分はちょうどその中心にいるらしかった。

 その下には文字と記号といくつもの大きな丸が連なっているいわゆる魔法陣らしきものがあった。

 ツヤのない白い床に灰色の魔法陣。光ってはないが魔法陣の線はよく見える。

 魔法陣って光っているイメージがあるんだが。



 さて、そろそろ足に力が入りそうだ。

 試してみたら立ち上がる事ができた。軽くストレッチをしてみる。痛いところも動かしづらいところもない。


 見渡してもステンドグラスがあるだけでなにもない。家具すらない。扉が1つあるだけだ。


 このままここにいてもしょうがないので扉を開けてみる。そこには真っすぐ廊下が伸びていた。コンクリート打ちっぱなしっぽい簡素な床だ。

 規則正しくずらりと両側に木でできたシンプルな扉が並んでいる。当たり前のように突き当りにも同じ扉がある。こういう扉が外に続いてるよな、とそれを開けてみた。

 ごうっ!! っとすごい音と風が吹き込んできた。たまらずぎゅっと目をつぶる。しばらくすれば風は収まった。

 当たりだ。そこは外で明るかった。下には草が元気に生えている。赤と黄色の実がなっている木も何本かある。

 それだけ見れば放置された庭っぽさがある。

 しかし聞こえてくるのは小鳥の鳴き声ではない。似つかわしくない獣の低い唸り声がする。

 こんなに明るいのにそう遠くない正面の空間は真っ黒にしか見えない。


(この先は何もないのか?)


 恐る恐る黒い壁に近づく。何かが出てくるかもしれないが確かめずにはいられなかった。

 壁に手が、届いた。妙にしっとりと吸い付く。

 ぐるるるる……

 さっきより大きな音で唸り声は聞こえるが何も起こらない。

 ゆっくりとでも進むかと思った手もそのままの状態で変化なし。扉を叩くようにノックをしてみるが音は黒い壁が吸収するようで鳴らない。


「出られないのか? いや進めたとして前が見えるかも分からないが……」


 ため息と共に独り言がこぼれた。


「あ、声が出る。良かった……まあ喋る相手はいないけど。……言葉が通じるとも限らないけど」


 何も返ってこなくて寂しい。

 聞こえるのは風が草を揺らす音と、獣の唸り声。


 彼女の繰り返していた音がもう懐かしい。


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