授業参観

 僕が遅れて学科別授業の教室の後ろのドアを開けると、ルカ先生は既に教壇に立っていたがまだ授業は始まっていなかった。間に合った? だいぶ遅れたはずだが、どうして間に合ったんだ?

 その些細な疑問はすぐにそれによって僕の頭から追いやられた。教室に入ってファーの席を探すよりも先に目に入ったそれ、教室の窓際の後方に天井まで届くかという巨体、あのゴリダムがいたのだ。ゴリダムは僕に気付くと頷いた。


「ゴリダム?」

「アスラ、この間は助かった。礼を言おう。君のおかげでこうしてダンクとも会えたし授業を参観する許可も得た。」

「ええ?」


 僕は教室の後ろから全体を見渡した。よく見るとクラスのみんなはゴリダムを意識してソワソワしていた。ダンクは前を向いているので表情が見えない。しかし、あのダンクが授業で大人しくしているのは違和感があった。


「アスラくん、早く席につきなさい。」

「はい、すみません、ルカ先生。」


 僕はファーを見つけてファーの隣の席に座った。授業はゴリダムの存在を無視するかのように進んでいく。ファーが僕にこっそり小声で話しかけた。


「ゴリダムのこと知ってるのね?」

「うん、実は数日前に広場で会って。」

「ゴーレムよ、ダンクの家の。」

「うん、そうだってね。」

「すごいわ……。」


 どうやら僕が教室に着く前にゴリダムについての説明があったようだ。ザワザワと話す生徒の声が絶えない。魔法使い学科の生徒は割と授業中みんな各々勝手なことをしているのだが、今日はいつにも増して落ち着きがない。あのファーも授業に集中できていないみたいで僕は驚いた。ルカ先生からの注意がいつにも増して絶えない。

 僕がチラリと後ろを振り返りゴリダムを見ると、ゴリダムは何度も頷きながらルカ先生の授業を熱心に聞いているようだった。


 授業が終わりゴリダムは教室を出た。ぞろぞろとクラスのみんなも一緒に校舎の外までゴリダムに着いていく。次の授業までまだ時間がある。ゴリダムの周りに人だかりができはじめていた。他の学年の生徒もいる気がする。みんなゴーレムのゴリダムに興味が抑えきれないでいるようだった。

 そりゃそうだ。ゴーレムなんて今は誰も作り方を知らない歴史上の魔法兵器だ。それが目の前で動いているのだから、魔法使いなら無視することはできないだろう。ゴリダムの銀色に輝く体をペタペタと触ったり、あちこち観察したり、中にはゴリダムによじ登る奴もいる始末だ。……ファーもゴリダムに近づきたくてしょうがないという顔をしている。


 ゴリダムは生徒たちの質問攻めにも丁寧に答えていた。


「ゴリダムは魔法は使えるの?」

「私自身は魔法を使うことはできない。」

「何を動力に動いてるの?」

「大地から少量の魔力を得ているのだ。毎日数時間は補給の時間が必要になる。食事と言うより睡眠のようなものだと言ったらわかるだろうか。」

「その体は金属なのか? 硬度はどれくらいなんだ?」

「鉄よりも硬い魔法金属だ。普通の剣などの武器では傷を付けられたことはない。」

「自分がどんな魔法で作られたのか知ってますか? どうやったらゴーレムを作れるんですか?」

「残念だがそれを答えることはできない。そういう風に作られているんだ。」

「じゃあゴリダムが会話をできる仕組みも秘密なの?」

「そうだ。それも言うことはできない。」


 僕はダンクが少し離れたところからゴリダムたちを見ていることに気付いた。あの輪の中に入らないのか。いつものダンクだったら真っ先に騒ぎそうなものなんだけど。そういえば、あの目立ちたがり屋のダンクがゴリダムのことはなんで誰にも言っていなかったのだろう?


「キャー!」


 その時、ゴリダムの頭部によじ登っていた女子が、ゴリダムのピカピカボディに滑ったのかバランスを崩して落ちそうになった。魔法使い学科のサクラ・アーキタクトだ。


「危ない!!」


 頭から逆さまに落ちそうになったサクラを、ゴリダムはその大きな腕でさっと優しく受け止めた。


「怪我はなかったか?」

「は、はい……。」

「助けられてよかった。もう私の頭の上には登らない方がいい。危険だ。」

「はい……、そうします……。」


 ゴリダムに抱きかかえられたサクラはじっとゴリダムの顔を見つめていた。サクラは普段は大人しく一人で黙々と魔法実験をしているような女の子だったはずだ。確かサクラの家はダンクと同ランクの名門だと聞いたことがあるが。

 サクラの様子を見ていた他の生徒たちがゴリダムに自分も抱き上げてほしいと頼みはじめていた。ゴリダムはサクラを降ろすと、替わって今度は他の生徒をその逞しい腕で持ち上げる。黄色い歓声が上がった。ゴリダムの前にはいつの間にか順番待ちの長い列が出来上がっていた。


 距離を取ってその様子を見ていた僕とファーだったが、

「……ゴーレムにしてはハンサムな顔立ちよね。」

「ファー?」

「私もちょっと並んできてもいいかしら?」

「本気なの?」

「ほら、アスラも一緒に!」

と、興奮気味のファーに押されるように僕も列に並ばされた。


 まあ、アトラクションだと思えば……。


 結局僕もゴリダムに結構高いところまで持ち上げてもらった。うわあと思わず声が出てファーに笑われたけど、意外とこれは楽しかったな。

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