第十二話 ゴリダム

訪問

 年が明けて三日経ちまだ学校は静かなままだったけど、明日くらいから徐々にみんな寮に戻ってくるはずだ。

 ファーとキスしたあの日、僕とファーは静かな夜を学校まで手を繋いで歩いて帰って、こっそりと身を隠しながら寮に戻った。門限を破るなんて悪い子になっちゃったねなんて僕はファーに冗談を言った。ファーは、アスラのせいねって笑って応えた。

 僕とファーの関係は全部順調に行ってる気がするけど、あれから僕らはまだ二度目のキスをしていなかった。

 いや、まだ三日しか経っていないし、何も焦ることもないはずだし。でも毎日会ってるのに不思議なくらい以前の通りだ。あの夜が夢だったかのように。



「今日はファーに会えるのは午後か……。」


 ファーは、寮にみんなが帰ってくる前に、一足先に帰ってきていた生徒たちと女子寮の掃除をやるのだと言っていた。男子寮の方はそんなことは誰も何も考えていない。というかこの冬休みの間、男子寮に残っている他の生徒とは一度も顔を会わせなかった。


 僕は暇を潰すために広場でなんとなく杖を振って魔法を練習した。この広場からは校舎の入り口も見えるし逆側には正門も見える。

 僕は適当にスキルの手を使って魔法陣を作って杖に入れた。僕の転生スキルはイメージした通りの魔法の魔法陣を空中に描く。魔法陣の仕組みを僕が考える必要がないため、僕の知識や能力を超えた魔法陣も描くことができる。

 あの魔法大会の日、異世界解放同盟と戦った時にはもう一本の手が現れて僕は二本の手で魔法陣を描くことができたはずだが、今は頑張っても最初の頃のように一本しか手は現れなかった。二本目の手は魔法を無効化する力を持っていた。あれが自由に使えれば怖い物無しだと思うのだけど。

 僕がスキルで空中に描いた魔法陣はその位置から移動できないため、魔法の杖に収納する。魔法の杖は魔法陣を登録しておくことができ、魔法力を流すだけで自由に登録した魔法を発動できる道具だ。魔法使いに必須の道具である。

 僕は魔法の杖に魔法力を込めて登録した魔法を使った。杖から出た水の塊はその場でボテっとした人の形に変わり、ステップを踏みながら手を振って踊った。……僕のスキルが作った魔法陣は僕のイメージ通りのものになるため、僕のイメージが貧弱だとこんなものである。


 僕がボーッと踊る水人形を眺めていると、急に頭上から影が差した。何だろう? 僕は影の正体を知るために見上げた。そこには逆光になっていて眩しくてよく見えなかったけど大きな影の主がおり、それは僕に向かって声を投げかけてきた。


「おお、これは見事な魔法だ。君はこの学校の生徒か?」


「え?」


 僕は状況がよく飲み込めずにいた。目が慣れてきても信じがたい。僕に話しかけたそれは僕の二倍ほどの背丈があって銀色にピカピカに光るボディのゴリラだったのだ。


「私の名前はゴリダム。実はこの学校に人を探しに来たのだ。ダンク・サイドパークという少年を君は知っているか?」

「ダンク?」


 ゴリダムと名乗ったそのゴリラは、その見た目に似つかわしくなく紳士的な口調で話を続ける。


「私が仕えている家のご子息なのだ。この年越しにも家に帰らなかったので私が様子を見に来たのだが……。見たところ君はダンクと年格好が同じようだ。」


 ゴリダムの姿形はまるでロボットだと思った。ゴリラ型のロボット。いや、ロボットというのは前世の世界の記憶の中にあった機械だ。この世界には無いはず。僕はこの世界での記憶で目の前のこれが何なのかを考えた。これは……そうだ、歴史の教科書と博物館で見たことがある。これは、四百年前の戦士の王の時代に作られたというゴーレムだ。この時代にもまだ動いてるゴーレムが数体あるとは学んでいたけれど、まさかダンクの家にそれがあるなんて知らなかった。

 ……とにかく目の前のゴリダムは丁寧に話しかけてくれている。それなら、僕は自分に答えられることは答えようと思った。


「僕はダンクとは同じクラスだけど、ダンクがこの学校に残っていたかどうかは知りません。他の生徒とは全然顔を合わせていないから。」

「そうか。答えてくれて感謝する。私はもう少し学校内を見て回ってもいいだろうか?」


 人が少ないと言っても、さすがにこれが学校の中を歩き回っていたらみんな驚くのではと僕は思ったので、職員室のある方向を教えてそっちで聞いてみたらどうかと僕は言った。


「ありがとう。君の名前は?」

「アスラです。」

「アスラ、憶えておこう。」


 そう言うとゴリダムはノシノシと校舎の方へ去って行った。

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