第七話 撫で撫で
わかってるから
僕らが連れてこられた部屋は今、魔法警察の現場検証が行われている。
魔法警察の警部を名乗る強面のおじさんがユウキ氏と校長先生から事情を聞きたいと言ったので、僕らは魔法学校に戻ることになった。校長先生は魔法学校に戻ってからも警戒を解いていないようだった。なぜなら、誰かがユウキ氏を誘拐するために大胆不敵にも校長先生の部屋の前に魔法の罠を仕掛けたということだからだ。
「おそらく、学内に内通者がいるということです。教師、事務員、もしかしたら生徒かも。」
「そんなまさか。」
魔法警察のロック警部の言動に、校長先生は信じられないという反応をした。それはそうだろう。ロック警部は知ることはないが、校長先生には転生スキルがあり、相手の『ステータス』を見ることができるのだ。怪しい人物を見抜く能力に関しては規格外である。しかし、なぜか校長先生は強くロック警部の言葉を否定せずにいた。
「ロック警部、校長先生。この子たちはもう解放してあげてもいいのではないかな? 私はこの子たちのおかげで命を救われた。」
ユウキ氏が僕たちを気遣いつつ言ってくれた。
「確かにそうですな。君たち、大変な目に遭ったね。大丈夫かい?」
ロック警部が岩のように分厚い顔の皮膚を動かして僕たちに優しく言う。
「そうだね。アスラくん、レオくん。巻き込んでしまって本当にすまなかった。魔法の結界を強化しておくから安心して休みなさい。」
校長先生も優しく僕らに微笑んでくれたが、その表情は血の気を失い青く見えた。
「はい。ありがとうございます。校長先生は……あの……。」
僕は校長先生の表情に不安を覚えてもっと詳しく話を聞きたかったが、レオが
「ステラたちが心配してるかもしれない。早く戻った方がいい。」
と言ったので、僕はそれを聞けないままその場から離れた。レオたちの前でスキルのことは聞けないので仕方がない。確かに、ステラやファーたちを広場に置き去りにしてしまっていたことも気にかかる。僕はなぜかそのことをレオに言われるまで気付かなかった。
「アスラ、レオ! どうしたの!? 何があったの!?」
ステラたちはなかなか戻らない僕らを心配して、一度は校舎の中まで探しに来てくれていたらしい。僕とレオは正直に何が起こっていたのかを説明した。
「アスラ、ほんとバカ! どうしていつもそんなことになるの?」
「そんなの僕が聞きたいよ。」
僕は半泣きになってるステラを慰めて、ファーとタイムとメイノの顔を見た。もしかしたらもう二度と会えなかったかもしれない顔。僕は生きている。生きて戻って来れたんだ。
これで全て元通りだとその時の僕は思った。でも全然元通りではなかったんだ。
次の日の練習で、僕は愕然とした。
「今日はもう終わりにした方がいいんじゃない? ……今日だけじゃなくて、しばらく練習は休んだ方がいいよアスラ。」
タイムとメイノが杖を降ろす。今日の練習は、試合用の攻撃魔法を使っての模擬戦だった。僕とファーは、僕の作った自動防御魔法でタイムとメイノの攻撃魔法を防御しつつ、自分の攻撃魔法を繰り出す……はずだった。しかし、僕はなぜか動けなくなってしまった。タイムの攻撃魔法は全て自動防御魔法が防いでいる。それなのに体が硬直して前に踏み出せない。
僕は完全に魔法での攻撃を受けるのがトラウマになっていた。
横で僕を見ていたファーが僕に杖を向けて攻撃魔法を撃とうとする。
「ひっ!」
僕は反射的に身構えてしまった。
「……これではダメね。今日は休みましょう。」
「ごめん、ファー。こんなはずじゃ……。タイムもメイノもありがとう。ごめんね……。」
「ううん。元気だしてアスラ。また明日ね。」
「アスラくん、きっと大丈夫です。」
タイムもメイノも僕を励ましてくれたが、僕は不甲斐ない自分自身にショックを受けていた。今までもステラや母に剣でボコボコにされて大怪我をしても、剣を怖いと思ったことだってなかったのに。僕は今、魔法が怖い……。
ファーもタイムもメイノも行ってしまって、僕は練習場にしていた広場に一人残された。
はあ、まいったな。どうしよう、これ。
僕は自分で攻撃魔法を発動して空に撃ってみる。攻撃魔法は白い光を放ちながら真っ直ぐ飛んで少しの高さまで上ると消えた。こんなものが自分に向けられると怖い。
いつしか日が沈んで空の星が見えるようになっていた。広場の横の噴水の水面に月が映っている。
「アスラ。こんな時間まで何やってるのよ?」
噴水の水面に映る影。ステラだった。
「ステラ。僕さ、魔法が怖くなっちゃったみたいなんだ。」
ステラが噴水のフチに座っていた僕の横に座る。
「そりゃあ、しょうがないよ。殺されかけたんだから。魔法は人を殺すことができるんだよ。怖いのは当たり前だよ。」
「わからないんだ。僕は魔法を勉強して知った気になっていた。スキルでどんな魔法も作れて、魔法なんて簡単だって。でも、僕は魔法のことを何も知らなかった。」
「これからもっと知っていけばいいじゃない。私はね、アスラは大丈夫だってわかってるよ。」
ステラが僕の頭を両手で抱えて自分に引き寄せる。僕はステラに抱かれてステラの匂いに包まれて、あの日以来やっと安堵した。ステラが僕の頭を撫でて言う。
「アスラだったら絶対に大丈夫。時間がかかっても、絶対に立ち直る。」
「……うん。ありがとう、ステラ。……落ち着いた。」
それから少しの間、そのまま僕はステラに身をまかせていた。そして、ステラが寮に帰るのを見送った後、僕は再び星空を仰いだ。
そうだ、これから僕は魔法を知っていけばいい。攻撃魔法だってどうして威力が違うのかその仕組みも、自分が作った魔法陣の意味も何もわからないから怖くなるんだ。すべては知ることからだ。
「……アスラ。」
「え?」
いつの間にか僕の横にはファーがいた。
「アスラ……あのね。もしも無理だったら大会は辞退しようか?」
ファーが真剣な眼差しで僕を見る。ファーをそんな風に悩ませてしまっていたなんて。僕はファーに向けて笑顔を作り、それでいてファーから目を逸らさず言った。
「僕は大丈夫。……今はまだ魔法が怖い。それは確かだけど、絶対に乗り越えてみせるから。だからファー、待っていてほしい。」
ファーは僕の目の奥の覚悟を察してくれたのか、頷きながら答えてくれた。
「わかったわ。アスラ。」
ファーの目線が僕の頭の方に向いたかと思うと、ファーの手が僕の頭を撫でる。撫で撫でと。
「ファー?」
「さっき、ステラがこうしてたでしょ?」
「見てたの!?」
「うん。」
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
僕は自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。熱い。ファーの顔が目の前にある。さっきよりも近い。ファーの頬も少し桃色になっているように感じるのは気のせいだろうか? 月明かりは心許なく僕は確証を得ることができなかった。
「私も今だったら、アスラは乗り越えられるってアスラの言葉を信じられるわ。だから何の不安もないの。」
「ファー……。」
「アスラ……。」
ファーは、僕がそろそろ部屋に帰ると言うまでずっと僕の頭を撫でてくれていた。みんな優しくて僕は嬉しかった。
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