第三話 仲直り

魔法実習は不安がいっぱい

 ファーとステラが帰ってしまって、僕とレオとタイムと残ったメイノは微妙な雰囲気になってしまい、僕はせっかくの休日を台無しにしてしまったことをみんなに謝った。


「まあ、気にすんなよ、アスラ。お前が悪い奴じゃないのはみんな分かってるから。」

「そうですよ。きっとファーちゃんの誤解もすぐに解けます。ステラちゃんに任せておけば大丈夫です。」


 レオもタイムもメイノも僕をフォローしてくれる。優しい友だちが出来て本当によかった。それよりも来週以降、ファーと授業で顔を合わせても大丈夫なのかとも心配された。そうだよな、どうしよう……。僕はすっかり気分が沈んでしまった。



 部屋に帰ってからも僕はファーが言ったことがずっと引っかかっていてなかなか寝付けず、どうせ眠れないなら僕なりにファーの言ったことを理解しようと思った。


 校長先生に言われたとおりにやったから僕がズルをした……とファーは言った。


 この世界の普通の人間は、魔法陣に魔法力を流すことで初めて魔法を使うことができる。例外は魔物の魔法で、魔物は魔法陣が無くても魔法が使える。魔法というのは本来は魔物が持つ基礎スキルだということだ。魔物の体を媒体にして異世界からこの世界に召喚される憑依者もその基礎スキルを持っていて魔法陣が無くても魔法を使えるらしい。でも僕は憑依者ではない。僕たち双子の出自は有名になっていて明らかだったのでそこは疑われていない。つまり魔法陣無しではあの魔法は使うことができないというのがファーの考えである。僕が校長先生に言われたとおりにやったと答えたことで、あの魔法を発動する魔法陣を校長先生が用意していたとファーは思ったということだ。それしか考えられない。

 ではどうやってファーの誤解を解くか? 実際には僕はあの時に魔法陣を使わずに魔法を使ったのだけれど、それを言うと面倒なことになりそうなので言わない方がよいだろう。おそらく転生者も魔物と同じ基礎スキルを持っているか、もしくはそれが僕のスキル『神の手レベル1』の効果なのだ。校長先生の話しぶりを思い出す限り前者か? 僕はファーにどう言えばいいんだろう? 転生者なんてきっとファーは信じない。



 翌日、僕は授業の前に、ファーに会わないように気をつけながらステラに会いに行った。あの後、どうなったか気になったからだ。


「ファーの様子はどうだった?」

「うん、大丈夫。一応、フォローしておいたよ。ファーはアスラが本当は魔法を使えないんじゃないかって思ってるみたいだったから。」

「それで? どう言ったの?」

「私は魔法はよくわからないし、転生者のスキルのことは言えないから、ちゃんと説明できたかわからないけれど、アスラは自分で魔法陣を作れるんだと思うって言ったらなんか納得してない雰囲気だったけど、アスラが本当に魔法を使えるんだってことは理解してくれたと思うよ。」

「魔法陣を作れる?」

「あれ? 違った?」

「だって、僕は魔法陣を使わずに魔法を使ったんだよ。」

「そうなの? でも、あの時私には魔法陣が見えた気がしたから……、私、そこは絶対に誤魔化せないところだと思って……。」


 魔法陣が見えたって? 何が何なんだ? それじゃやっぱり本当に校長先生が仕組んでいたのか? 僕はファーに何を説明したらいいのかわからなくなった。


「いっそ、転生者のことを言ってしまった方が早い……。」

「アスラ、それは無理だよ。転生のことはこの世界の人間には認識できないの。言ってもすぐ忘れられてしまう。……私は何度もやっているから。」

「信じる以前の問題なのか……。」


 僕は今まで確実だと信じて疑っていなかったこの世界の形が歪んでいくのを感じたが、今はそれよりも何よりもファーのことが問題だった。このままのこじれた関係は絶対に嫌だった。

 でもステラはステラなりにファーに言ってくれたのだから、それでファーの誤解も解けているかもしれない。憂鬱な気持ちで僕は魔法使い学科の授業に向かった。



「あなた、ズルしたんだから、これ私の代わりに運んでよ。当然よね?」

「……はい。」


 ファーの誤解は全然解けていなかった。ファーは学級委員長だったので、次の授業で使う魔法の杖を先生に用具室から用意するように言われており、それをそのまま僕に押しつけた。

 次の授業は外での実習だ。僕は魔法の杖三十本を台車に乗せ、背中に担ぎ、小脇に抱えて運ぼうとした。魔法の杖はいろんな大きさのものが用意されていて、みんな使って試しながら自分に合ったものを選ぶのだと聞いた。

 僕がクラス全員分の杖をどうにか運ぼうとして苦労しているのを見ていたファーが言った。


「先に杖を選んでおこうかしら。」


 ファーは僕が担ごうとしていた杖を見て、その中から一番大きな杖を選んだ。立てて持つとファーの身長よりも高くなる大きな杖だ。

 そしてファーは杖に魔法力を込めて一振りし、全員分の杖に魔法をかけて浮かび上がらせた。杖が軽くなり、ちょっと押しただけで運べるようになった。


「あ、魔法で運べばよかったのか。」

「そうよ。思いつかなかった?」

「思いつかなかった……。」

「そう。男子だから体力つけたいのかと思っちゃった。」


 鼻歌を歌いながら機嫌良く前を歩く手ぶらのファーを見る。ファーは杖だけじゃなくて授業の教科書も僕に持たせていた。しかし、不思議と僕はファーに命令されても反感を持たなかった。僕はファーに無視されるという最悪の事態まで想定していたので、それが回避されてホッとしたためかもしれない。


 魔法の実習は危なくないように学校の裏の山の広場で行われる。以前は校庭でやっていたが魔法を暴走させて教室を燃やした生徒がいたらしく、それ以来校舎から離されることになったと聞いた。軽い坂道を登り、僕はやっとこさ杖を運び入れることができた。


 やがて他のクラスメートたちも広場に集まってきてそれぞれの杖を選んでいく。僕はどれを選んだらいいのかわからなかったので、一番多くあった無難そうな長さの杖から一本を選んだ。杖の頭には竜の装飾がされている。

 最後にルカ先生がやってきて僕らが杖を持って準備が整っているのを見て言った。


「これから魔法の杖の基本的な使い方を説明します。と言っても、ほとんどの生徒が入学試験の時に魔法を見せてくれているけれど。」


 ルカ先生は実習用の杖を使った魔法を五つ披露した。物を浮かす魔法、火をおこす魔法、水を出す魔法、風をおこす魔法、土を動かす魔法。実習用の魔法の杖にはこの五つの基礎的な魔法陣が組み込まれており、魔法力を込めることで魔法を発動する。もっと高級な杖になると複雑な魔法陣を何百も収納できる。当然、複雑な魔法陣は扱いも難しいし、魔法を間違いなく発動させるには技術がいる。それは実際に魔法の杖を使って練習して、体で覚えるしかないということだった。その辺は剣と同じだなと僕は思った。だから自分の体に合った形の杖を選ばないといけないのだ。


 僕は初めての魔法の杖に不安があったけれど、とりあえずルカ先生が教えてくれたように魔法の杖に魔法力を流してみた。まずは物を浮かす魔法だ。ゆっくりと魔法力を流して落ちていた石に向ける。ふわりと石が浮かび上がる。おお、意外とうまく出来るじゃん。これでまたファーに荷物持ちを命じられても次はちゃんと自分で運べるぞ、なんて僕は考えてしまった。

 ぎこちないながらも一通りの魔法を使ってみて、あとは後日に練習するとして、まだ授業の時間があったので僕はもう一度自分で魔法を使ってみようと思った。僕はみんなが広場で練習しているのを横目に、あまり人目がつきにくそうな横道に入っていった。万が一見られてもいいように魔法の杖を構える振りをして、目を瞑りまた入学式の時と同じように氷の魔法の発動をイメージした。


 氷を作り出すイメージ……。そして、まただ。僕の中から前方に手が出てくる感覚。手は何かを描く……。あ、これってもしかして……。


「そこで何してるの!?」


 ファーの声がしたので慌てて僕は目を開けて振り向いた。

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