256話 全ての終わり

「……ぐぐ…………」


 私はここが何処か分からなかった。目を開けることもままならず、体は感覚を失い頭が激しく痛む。

 ただ私の耳には、ガラガラと石が崩れる音、鉄がギギギと軋む音、パチパチと何かが燃え盛る音、「うぅ……」という誰かの呻き声が聞こえている。


「クソ……」


 私は五分か、十分かした後にやっと起き上がることができた。


「良かった……レオ様……」


「お前……!」


 私のすぐ隣には一人の宮廷魔導師が横たわっていた。

 彼は下半身が艦橋を構成する鉄板に押し潰されており、目は光を失いかけていた。


「帝国の宮廷魔導師は……最後まで……勇敢に戦いました……」


「ああ! どんなに技術が発展しようと! 最後はこの世界の力が私を救ったのだ!」


 彼は自分自身ではなく、その全ての魔力をもって私に防護魔法を使ってくれたのだろう。

 私は冷たくなりゆく彼の手を握り、最期を見届けた。


「──全く、無茶しよって」


「レオナルド!? 何故退艦していない!?」


 レオナルドは私に手を差し出し、立ち上がるよう促した。私は彼の手と、魔王城の瓦礫と思しき岩に手をかけやっと立ち上がれた。


「自分が人生で最初に作った船が木っ端微塵なんて認めない」


「エンジンも爆発するまでが私の予定だったんだがな……。だが、お前の設計と最後まで命を賭した整備で助かった。礼を言う」


「分かったから行ってこい。この艦のことは自分が一番分かっている。生き残りの捜索は任せて、お前は全てを終わらせてこい」


「……ああ」


 私はレオナルドに背中を押されて、魔王城の方へ歩みを進めた。


 どうやら爆薬と弾薬によって完全に艦の前方が消し飛び、衝突寸前で魔王城の壁を破壊したようだ。

 魔王城は大きく抉れ、折れた艦橋が魔王城の中に橋渡しするような形で着地していた。


 そしてレオナルドが指さす先には、全身が焼けただれ、左脚と右腕を失った織田信長の姿があった。爆発で吹き飛ばされた魔王は、ちょうど正面の魔王の玉座のような所で項垂れていた。


「まだ生きているのか……。本当に化け物だな……人間を捨てた生物というものは…………」


「ク……ハハ……。また儂が負けるか……」


「いや、お前は良くやったよ信長。この戦艦がなければお前は倒せなかった。その戦艦もこのザマだ」


 魔王、織田信長という存在を焼き尽くすにはこのレーヴァテインが必要であっただろう。


「鉄の船で戦うは、今も昔も同じか……」


 信長は血に塗れた真っ赤な顔に笑みを浮かべる。


「おいレオ!」


「歳三!?」


「全く無茶しやがってこの馬鹿野郎が!」


 歳三率いる対魔人特殊作戦部隊の面々も魔王城に突入していたようだ。


「隊長……」


「あァ。魔王は俺たちがやる。カワカゼ、お前たちは魔王城内の調査と掃討を行え」


「了解しました」


 対魔の隊員たちは一斉に散らばっていった。


「外はどうなっている?」


「……全部終わったぜ。魔人もオークもトロールもリッチも全部やった。後は魔獣やスケルトンとかの雑魚を掃討している」


「そうか。終わったか」


「だが、まだ終わってない」


「ああ」


 全ての元凶であるこの魔王を始末しなければ、この物語にピリオドを打つことはできない。


「歳三、脇差しを彼に」


「おう」


 歳三は片腕しかない信長のために短刀を抜き、彼の前にそっと置いた。


「ほう……切腹の機会を与えるか……。貴様も、日本人か……?」


「まあ、そんなところだ。介錯は私がやろう。……辞世の句を聞こう」


「クハハ……。要らんわ」


 信長は短刀を手に取り、自らの腹に当てる。


「では最後に聞かせてくれ。何故この五百年弱もの間、人間に手出しをしなかった? 私が言うのもなんだが、お前ほどの力があれば……」


「下天五十年。しかし五十年を待たずして儂は死んだ。金柑のせいでな」


 信長はどこか清々しい顔で語り始めた。


「この世界に来た時、儂は悪魔が儂にもう一度機会を与えたのだと思った。だがこの力の使い方を知らず、またしても敗れたわ!」


 信長はクカカ! と笑った。自嘲ではなく、心底楽しそうに。


「ならば上天は五百年。今度こそ誤ることないよう、五百年かけて、ひたすらに力を蓄えた。その時であったのが、貴様も身につけているあの宝玉よ」


「……歳三、万が一もある。『暴食龍の邪眼』の片眼を探しておけ」


 信長の鎧は『暴食龍の邪眼』ごとどこかへ消し飛んでいる。だが第二の魔王が生まれないよう、そのリスクは確実に消さなければならない。


「おう」


 転生者は人間だけでなく魔族として産まれることもあったのだ。しかし大抵の転生者はすぐに死に、存在に気づかれることすらなかったのだろう。

 魔族として実権を握り二度も人類を滅ぼしかけるまでに至ったのは、まさに織田信長その人だからこそできたのだ。


「五百年の節目に天下を統一してやろうと思っていた矢先に貴様が来よったわ。クカカ! 運命とは悪戯よのォ……」


 信長の笑い声が響くこの玉座の間も、段々と崩れつつある。


「……しかし、これで本当に終いだ」


 信長は短刀を握る手に力を込める。

 私はそれを見て刀を抜いた。歳三が私に贈った、帝国の名工ザークとドワーフの族長シフが打った刀を。


「さらばだ! 人間の王、レオ=フォン=プロメリトスよ!」


 信長は短刀を自らの腹に突き刺し、真っ直ぐ横に切り開いた。


「ぐァァ……」


 そして完全に腹を横に切った上から、今度は縦に、十文字に切腹を遂げた。


「さあ、やれ……!」


「今度こそ、ゆっくり休め──」


 私は刀を信長の首に振り下ろし、彼の長い長い人生に、幕を下ろした。

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