193話 革命家

 宿屋の庭に戻ると、歳三とハオランは武器を構え、宿屋の窓から孔明がこちらの様子を伺っていた。


「なんだここは? 城にでも出るのだと思っていたのだが……」


 当のナポレオン本人は周囲の人間など気にも留めないといった様子で辺りを見渡している。


「……大丈夫だ歳三、ハオラン。──さあナポレオン、まずは自己紹介と現在の我々の状況を説明したい。馬から降りて中へ入ろう」


「そうだな。戦略を立てることにおいて最も重要なのは情報だ」








 それから宿屋の一室に、病院送りになっていたルーデルを含め全ての召喚された英雄と私が集まり、秘密の会議を行う運びとなった。


「まずは私からナポレオンについて紹介したい」


「自己紹介ぐらいさせて欲しいものだがな」


 足の上に置いた二角帽子を触りながら、ナポレオンは不服そうな顔をした。


「駄目だ。お前からでは偏った情報しか語られない。後世の研究を含めた公正な説明をする」


「……知らん。好きにしろ」


 プライドが高すぎる彼は自分の失敗を語ろうとはしないだろう。私から全てを伝えるのが一番だ。


 それから私はまずナポレオンの生涯について語った。所々ご本人様から口を挟まれたが、概ね正しい説明ができたようだ。


 一軍人の身からフランスの皇帝まで成り上がった彼の半生は他の英雄たちも興味津々で聞いていた。それからロシア遠征の失敗やセントヘレナでの屈辱的な死は同情を誘っただろう。

 隣に座っていた歳三も少し警戒の色を薄めたようだった。


「言わんでいいことも数多く見受けられたが、まあ良いだろう。それで後世での我輩の評価とやらを聞かせろ」


「ああ。もちろん良いところが無数にある。私が召喚するだけの理由がな」



 まず第一に挙げられるのがその卓越した軍事指導力だ。彼は、フランス軍を劇的に改革し、大陸ヨーロッパを征服するための軍隊を作り上げた。

 彼の戦略と戦術は多くの戦いで勝利を収め、彼の名声を確立するに至った。特に砲兵出身なだけあり、砲兵術に関して戦争史を大きく変えたと言っていい。

 この世界での新兵器であるカノン砲と共に、これからのプロメリア帝国には彼の軍事指導力が必須となるだろう。


「優れた戦略家であることは私も存じております。砲兵の使い方などは不得手な部分もありますので、是非その知恵をお借りしたいですね」


「俺も西洋の軍事本なんかでお前の名前を見たことがあったな! まさか本人だったとは」


「この世界の大砲は少々特殊だが、お前なら大丈夫だと信じているぞ」


「……ふん……」


 孔明と歳三にはやし立てられ、ナポレオンは満更でもなさそうだ。


 次に私が彼に求めたのは法律改革だ。ナポレオンはフランスの法律制度を完全に改革し、彼の代名詞とも言える『ナポレオン法典』を制定した。

 これは現代の民法や商法の基盤となり、フランスだけでなく世界中の法律に影響を与えた。

 時代が中世で止まっているこの世界では仕方ないのかもしれないが、古臭い社会制度をぶっ壊し一から国の立て直しをしたいと思っている。


「法律はその国を形づくるものだ。帝国をこの世界一優れた国にしたいと思っている」


「……それで、これがこの国の法律だと? 全くふざけているな」


 ナポレオンは足を組みながら帝国法が記された紙を流し読みし

 て、机の上にあった筆ペンで何やら書き込んでいる。

 次々に机に投げ捨てられる紙はほとんど真っ黒に塗りつぶされていた。


「……これは元老院とかいう議会を壊してから法改正を行う必要があるな……」


 私は今後の面倒事に頭を抱えながらも、引き続きナポレオンの説明をした。


 最後に挙げるのは教育改革である。ナポレオンは、教育制度を改革し多くの学校を設立し、全国的な教育制度を確立した。これによりフランス国民の教育レベルは大きく向上し、科学技術や芸術文化の発展に寄与した。

 教育は国の基礎である。教育を受けた人間が国を育てていくのだ。

 教育方法については昔から先行研究がてらシズネにやらせていた。実際それは効果を上げている。あとはそれを帝国全土に広める教育システムの構築だけだ。


「他にもやって欲しいことはあるが、とりあえずはこの三点だ。革命家と聞けば誰もがナポレオンを思い浮かべる。この国にも革命を巻き起こしてくれ」


「こう聞くとやることが多すぎるな。そしてこのままでは何もできない。レオ、お前はどうやって皇帝になるつもりなんだ」


「私の婚約者が、亡くなった先帝が残した最後の血筋だ」


「ほう、婚姻政策か。それなら我輩もよくやったわ。ではさっさと皇位に就くがいい。就いたらすぐに全部一気にやる。ちまちまやっては国民がずっと混乱したまま不安定な状態が続くからな。こういうのは一度にやった方がいい」


 ナポレオンがどこまで私に従ってくれるか心配であったが、思いのほか協力的だった。

 今も足を組みふんぞり返りながらも、孔明が用意した国内の情勢や外交関係などがまとめられた紙を読みながら、スラスラと筆を走らせている。


「……孔明、やはり皇位を長く開けるのは愚策のようだ。エルシャにも頼み一月後に皇位継承の宣言を出す。諸侯との調整は任せたぞ」


「承りました。必ずや成し遂げてご覧入れましょう」


 あれだけ二の足を踏んでいた皇帝へなる道を、ナポレオンの一言でいとも簡単に進むことを決めてしまった。

 自分でも驚きを覚えたが、ナポレオンに言われると何故か自然と従ってしまう、そんな不思議な感覚があった。


「軍の改革についても、まずこの魔法とやらを知らんと何も言えないな。それに亜人だとか獣人だとかも意味が分からん。我輩にもスキルとやらが与えられているのか? ……とにかく試したい、実際に見たいことが多過ぎる。その皇位継承までの一月、我輩は好きにやるからそっちも進めておけ」


「ああ……」


 手詰まり感があったこの状況を、たった一人で打破していく姿は、フランス国民が英雄と崇めただけの確かな指導力を感じた。


 ……ルーデルはずっと折れた腕を擦りながら退屈そうに空を眺めているだけだったが……。

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