190話 終戦


 私はアルドら一部の兵士を皇城に残し、皇都の中央広場へ向かった。


 そこでは私たちの軍の兵士が整然と並んでいる。見た所、皆装備が綺麗なので後方にいた部隊のようだ。

 恐らく負傷した者や敵軍の捕虜などは既に別の場所に移されているのだろう。通信機が復旧してからの孔明の行動の早さは目を見張るものがあった。


「ようこそ、お待ちしておりました」


「そっちは問題なさそうだな孔明。……と、父上やデアーグ殿も皆勢揃いで」


 父やエアネスト公爵、ザスクリアなど、名だたる面々が演説台の脇に並んでいた。

 そして彼女の姿もそこにあった。


「無事で良かったよ、エル」


「それはこっちの台詞よ……。もう私にこんな心配させないでよね」


 複雑な表情で、それでも気丈に笑ってみせる彼女を、私は強く抱き締めずにはいられなかった。

 それから数秒、いや十数秒後、名残惜しそうに絡む彼女の腕を解きゆっくりと体を戻した。私にはまだやるべきことがある。


「……それで、先に聞いておきたい。歳三やミドラ=ホルニッセ侯爵らの軍や他の貴族たちの様子はどうなっている?」


「そちらは御安心を。全ての戦線において我々が優勢、あるいは停戦状態との事です。……ですがやはり一刻も早く正式に終戦の宣言をした方が良いでしょう。さあ、皆の前へ…………」


 私は孔明に促され、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら登壇した。

 結構な高さがある演説台から辺りを見渡すと、確かに遠くの方では皇都の民たちが様子を伺っている。広場を囲う建物からも私の動向を注視する視線を感じた。


「──あーあー……」


 演説台の上に置かれた講演台には、マイクのようにご丁寧に魔導拡声器が設置されている。

 私はそれを口元に持って行ってから、ゆっくりと息を吸い気持ちを整えた。そして真っ直ぐ兵士たちを見つめ口を開く。


「……まずは皆に感謝を伝えたい。ここまで来れたのは皆のおかげだ。……一度は自らが忠誠を誓ったこの国を敵に回し戦うことを躊躇した者もいるだろう。数倍もの敵を前に逃げ出したくなった者もいるだろう。しかし、皆が武器を取り戦ってくれたことで、私は今生きてこの場に立っていられるのだ。……本当にありがとう!」


 私は皆に向かって深深と頭を下げる。

 中央の人間なら絶対にしない、貴族が頭を下げている様子を見た皇都の人々はどう思うだろうか。そんな下心もなかったとは言わない。しかし感謝の気持ちは本物であった。


「そして諸君らの活躍により、我々は大きなことを成し遂げたのだ。……先帝を謀殺し、その後継者である第一皇子をも屠った第二皇子ボーゼンはこの私が討ち取った!」


 私が宝剣を掲げると歓声が沸き起こった。


「今ここに宣言しよう! 偉大なる帝国は取り戻された! 私たちの戦いは終わったのだ!!!」


 私がそう言った瞬間、辺りに暗雲が立ち込め、急に夜になったかのような暗闇が訪れた。

 最も盛り上げるべき時に何をしているのかと孔明を見たその時だった──。


 ズドン! と重たい爆音が鳴り響いた。

 その場にいる誰もが思わず肩を竦め、音の聞こえてきた私の後ろの方へ目を向ける。


 私も恐る恐る振り返ると、光の線が真っ直ぐ空高く昇っていくのが見えた。そしてその光が最高の高度に達したと思われると光はパーン! と爆ぜ、色とりどりの眩い光の粒を撒き散らした。


「……死をもたらす大砲も、上に向ければこんなに綺麗な花火になるのだな」


 目線を下に向けると、先程までは仰々しい軍隊の登場に怯えていた子どもたちも、初めて見る花火の散りゆく様に目を輝かせている。


「そうか……、孔明はこれを見せたかったのだな……」


 孔明は羽扇の下で微かに笑っていた。


 戦い続きの毎日。何万人、何十万人もの命を奪ったこの戦いで、私は大切なものを見失うところだった。

 私はこの平和な光景を守るために戦ったのだ。そしてこの光景を帝国中、やがては大陸中に広めるべく戦ってきたのだ。


 泰平の世をこの世界に築く。私は改めて心にそう誓った。








 それから軍を解散し、私たちは速やかに戦後処理に移った。


 わざわざ城まで行くのは時間の無駄なので私たちは近場の大きな宿屋を貸し切り、そこを臨時の政府施設とした。


「まずは軍事面だ。進駐軍がいつまでもいては国民は怯えてしまう」


「先程の花火と通信機による連絡により、ほとんど全ての方面において戦闘が終わったようです。軍は引かせて問題ないかと」


 孔明は部下への細かい指示を紙に書き記しながらそう答える。


「では各貴族には自領に戻るよう指示しろ。褒美や敗戦した者への補償は追って伝える」


「了解しました!」


「ねぇレオ、私にできることは何かない?」


「そうだな……。まずは忙しくなる前に母に会ってきたらいい。それから、数日以内には正式に私たちが政権を取ったことを全帝国民に対して宣言する」


「お母様、生きてまた会えるなんて思っていなかったわ……。それで、その数日後にはレオは皇位に就くのかしら?」


「……いや、それは難しいだろう。いくら君が皇女とは言え私は外戚だ。最終的に皇位をどうするかは周囲との政治的な交渉の末決める。私が即位するなら一ヶ月後の私の十五の誕生日、私が無理そうなら三ヶ月後のエルの誕生日に君が女帝になるんだ」


 国の舵取りさえできれば私自身、皇帝の位自体に興味はない。


 ここから先は未だかつてないほどの、高度な政治的闘争が始まるのだ。

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