184話 皇都攻城戦

「クソ……どうなってるんだ……」


 私は慌てて望遠鏡を覗き込み、爆煙の間を縫って敵陣の様子を伺う。


 爆発の衝撃波が敵陣を丸ごと吹き飛ばし、整然と隊列を組んでいた十万の敵兵は半数近くが消し飛んだ。もはや戦争と呼べるだけの組織的な抵抗は不可能だろう。


「ルーデル! 応答せよ!」


『………………』


 ルーデルからの反応はない。通信機が壊れているのか、あるいは……。


「ハオラン、状況は……?」


『……煙──が────てい……──ではな──。…………な……これ……、ど……──いる!?』


「孔明!」


『……今──を……たか? ど──ら……のせい……状況が――の……ですね』


「父上聞こえますか!?」


『……? い……何……っ……か?』


 爆弾に詰め込まれた魔石が一気に誘爆した結果、強力な磁場が発生したかのように空気中の魔力が乱れ、まともに通信機が使えなくなったようだ。


 状況は掴めないが、制式一号航空爆弾に巻き込まれなかった前線の敵兵士は未だ我が軍と交戦中である。

 敵は後続を失ったが、こちらも通信機が使えず依然として戦況は際どいままだ。


「私は一度後ろに下がり孔明に会ってくる! ここは任せたぞ!」


「わ、分かりました! お気を付けて!」


 私はタリオにそう告げ前線から離脱した。







「孔明! ──と、エルも居たのか」


「レオ! ご無事で何よりです」


「横からも敵が来ているらしいから、一番安全そうなここまで来たの。また生きて会えて嬉しいわ」


 簡易的な柵や目隠しの天幕を張り巡らせ、ある程度の防衛力がある本陣が今は安全と言える。


「通信障害は想定していなかった。威力は折り紙付きだが敵も味方も大混乱の混戦になってしまった」


「……それは私のミスです。本当に申し訳ありません」


 孔明は袖の下で腕を組み、私に深深と頭を下げて謝罪する。


「いや、孔明の責任ではない。むしろルーデルに命令を出したのは私の方だ。……っと、今は誰が悪いか言い合う時間もないな。これからどうする?」


「はい。通信機では連絡がつかないので至急伝令を各地に飛ばしています。砲兵隊は全方位に断続的な砲撃を続け敵の後続を牽制、歩兵は前線の維持、弓兵や魔導師はその援護です。そして騎兵には一度集合し体制を整えて貰っています」


「……総攻撃か」


「その通りです。先程の爆撃により敵の戦力は大きく削れました。敵が混乱を脱す前にこの戦況を打破するのです」


 爆撃も砲撃も緊密な連携があって初めて有効的なものだ。それが失われた今、最後に頼れるのはやはり騎兵による突撃のみである。


「……孔明、私も行くぞ」


「ええ、分かりました」


「心配掛けて悪いなエル」


「あら、私は心配なんてしていないわ」


 エルシャはあっけらかんにそう言いのけた。


「それはそれで悲しいがな」


「だって貴方なら絶対大丈夫って信じているもの」


「ふっ……、そうか」


 私よりも自信満々な顔でそう言う彼女の姿を見ると、私も負けてはいられないと思った。そうやって励ますつもりでやっているのか、彼女の真意は分からないが、それでいい。

 ただいつも通り気品漂う私の婚約者がそこにいるだけで、私は剣を取り死地へ足を踏み入れる勇気が貰えるのだから。


「それで、どのタイミングで攻撃を仕掛けるんだ?」


「レオ、少し懐かしいですが、またこれを持って行ってください」


「これか……」


 孔明が机の上に置いたのは手榴弾……、ではなく閃光弾だ。これを上に投げることで、どこからでも見ても分かる信号弾にもなる


「これはいつ使えばいい?」


「ここまで敵の弓や魔法が届くぐらいまで引き付けます」


「それこそ危険すぎるぞ」


「もちろんそれは理解しています。ですので着弾前に敵の射撃を確認したらその信号弾でお知らせ下さい。私の天候操作能力で吹き飛ばします。──そうですね……、『迅雷風烈じんらいふうれつ』とでも呼びましょうか」


 孔明は羽扇の下でニタリと笑った。相当自信のある策なのだろう。


「雷も出ると?」


「敵の炎魔法がこちらの弾薬庫に当たると誘爆する危険があります。暴風と嵐でそれらを防ぎ、敵の視界も遮ります。そうしてこちらは地面が完全に泥濘む前に敵陣を突破するのです」


「なるほどな。しかし突破してもあの門を破らなければ皇都には入れない。雨で濡らして砲撃できなくなり、暴風で爆撃もできなくなるとすると、一体どうするんだ」


「はい。そのため今までは能力で晴天を呼び続けていました。ですがそちらについては既に策が成っております。念の為その時まで伏せておきますが、門は必ず開かれます」


 孔明がという強い言葉を使ったのだから、私は無条件で信じるしかない。


「分かった。必ず勝とう」


「はい。……レオ、最後の戦いを前に、一つ謝っておきたいことがあります。私は少々誤ちを犯しすぎました」


 先程とは打って変わって神妙な面持ちで孔明は言葉を続ける。


「孫子に言わせれば、上策の順に『上兵伐謀。其次伐交。其次伐兵。其下攻城。』なのです。まずは敵のはかりごとを破る点ですが、比較的私たちに慈悲を与えてくださった皇帝陛下を失う結果となってしまいました。このことに際しましては皇女殿下に対しても謝罪させて頂きたい」


「いえ私は初めから覚悟はできていたわ……」


「そうだ孔明。敵に完全に国を取られる前にその謀を破りこうして行動を起こせたのはお前のおかげでもある」


 孔明は頭を横に振り、私とエルシャの慰めの言葉を受け取ろうとしなかった。


「……次に敵の外交を破る点ですが、これも懐柔できなかった中央貴族が私たちの前に立ちはだかる結果となりました」


「今は中立だった貴族たちも多くは味方してくれている。もはや中央貴族たちもその権力を失ったも同然だろう」


「……次に敵の兵を破る点ですが、こうした想定外の事故により簡単に優位を失ってしまいました」


「さっきも言ったがそれは誰が悪いという話ではない。ルーデルが生きていれば後で命令違反を問い詰めるぐらいだろうな」


「……寛大なお言葉感謝致します。さすれば最後のできれば避けたい城を攻めるという点は、今回必ず完璧に成し遂げてみせます」


 孔明は私を力強い目で真っ直ぐ見つめた。


「その通りだ。最後、結果が良ければそれでいい。有終の美を飾ろう」


「……そうですね。ではこちらをお持ちになってください」


「……これを皇都の民に見せつけるのが、この戦いの最後の大仕事だな」


 それを受け取り、私たちは頷き合いその決意を確かめてから、私は本陣を後にした。

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