168話 一蓮托生
「よしタリオ、私たちも団長の騎兵部隊に続こう」
「はい。馬はあちらに」
亜人・獣人との戦争で私は長年を添い遂げた愛馬を失った。悲しい気持ちもあったが、軍馬とは得てしてそういうものだと割り切り別の馬を使っていた。
だがそんな様子を知った妖狐族が私に馬を贈ってくれた。彼らは竜人族などとは違い馬を利用するらしい。
そして受け取ったのがこの立派な体格をした黒鹿毛(くろかげ)の馬だ。獣人らとの生存競走を生き抜いた動物だからか、向こうの国々に生息する動物は皆このように普通より大きい。
真っ黒でサラブレッドのように強靭な体躯を持つこの馬は、特注の馬鎧と相まって、対面すると思わず怖気付くような威圧感すら放っている。
「それじゃあ行ってくるよエル。警備の兵は多めに残していくが、万が一何かあればウィルフリードへ行くんだ。あっちの方が街自体の防備がしっかりしている」
「……ねぇ、私も連れて行ってくれない?」
「ん? ……ああ、確かに今から私たちもウィルフリードの軍と合流するために行くからな。何かある前に先に行っておいてもいいな。それじゃあファリアに残す兵も連れて一緒に──」
「違うの! ……私も一緒に戦場に連れて行って欲しいの」
「そ、それは……」
エルシャは私の袖を掴み離そうとしない。
涙ながらに連れて行って欲しいと訴える彼女の様子に私もタリオも困惑していた。
「エル、あまりに危険だ。正直どれだけの中央貴族が敵に周り、どれだけの私たちの派閥の貴族が軍を動かすか分からない。どんな結果が待っているか定かではない、そんな戦場に君を連れて行くことはできない」
「お願い。一人にしないで……。もう誰も失いたくないの……」
「ううん……」
正直いつまでもここでこんなことをしている暇はない。無理やり彼女をウィルフリードに送り付けるか、計画にはないが皇都まで連れて行くかだ。
本当に彼女のことを想うなら、多少強引にでもウィルフリードに拘置するべきだろう。しかし私には目の前に泣きついてきた十五歳の少女にそのようなことはできなかった。
「……分かった。ただし後方の安全な所にいるんだ。護衛も増やそう。──タリオ、至急兵の手配を」
「了解しました!」
タリオは駆け出していく。準貴族として一般兵に対して指揮権を持つようになった彼は、私の許可があれば好きに兵を動かせる。
「いいかいエル。私は軍の士気を考えて先頭集団に入る。だがその騎兵隊に君を連れた馬車は追いつけないだろう。だからまだ出発の準備をしている孔明たち輸送部隊に合流してくれ」
「……一緒にいれないの?」
「……君一人で馬に乗れるか?」
「貴方の後ろじゃ駄目?」
まああの馬なら少女一人追加で乗っても速さは全く変わらなそうだが……。
「……鞍が無駄に大きくて良かったな。だが戦闘が始まったら絶対後方に移動するんだぞ」
「ごめんなさい。ありがとう」
当然ながら皇女様の武器などない。防具も何もなく行軍に同行するのは危険すぎると思うが仕方がない。
「あーあー、タリオ、聞こえるか」
『はいレオ様、どうしましたか?』
私は通信機でタリオに連絡する。
「エルシャは私と一緒に先頭を走る。タリオは兵を見繕ったら、その兵は後方に、お前は先頭に来てくれ」
『了解しました! すぐに向かいます!』
後で歳三や孔明にも伝えなければならないが、これでとりあえず問題ないはずだ。
「──じゃあ行くぞエル。しっかり掴まるんだぞ」
私は先に馬に乗り地上にいるエルシャに手を差し出す。
「きゃっ」
私でも乗るのがやっとな馬上に何とか引き上げると、彼女は小さな悲鳴を漏らし勢い余ってぐらりと身体が揺れた。この調子では先行きが不安である。
「私の腰に手を回して体を完全にくっつけるんだ。急ぐから普通に駆けるぞ」
「が、頑張るわ!」
エルシャの細い腕が体に巻き付く。軽装とはいえ私も防具を付けているのでちゃんと力を込めて私に抱きついているのか分からなかったが、彼女を信じる他ない。
「よし、行くぞ──!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ね、ねぇ! ここからウィルフリードってどのぐらい?」
意外にもエルシャはすぐに慣れたようで、落馬しそうな様子もなかった。
「そうだな、今は相当急いでいる。これなら一時間もかからずに着くはずだ」
私たちは単騎なのもあってかすぐに先陣を切る団長たち騎兵隊に追いついた。
それでもそれは私たちが軽装で馬も上等だからであって、騎士並の重装甲騎兵部隊である彼らにとっては全速力に近いスピードで走っていた。
「それじゃあ後ろの人たちは置いて言っちゃうんじゃない?」
「ああ。だが今は早さこそ命だ。輸送部隊の馬車に乗せきれなかった歩兵は徒歩で後から追いついてもらうことになる」
「兵隊さんも大変ね」
「兵士は歩くのが仕事とも言うからな。一晩休むリーンまではこの調子で頑張ってもらう」
まさかこんな風に国の皇女様と軍について話す時が来るとは思ってもみなかった。
「ようレオ! 通信機を使うなと孔明に言われた連絡が──ッと、お前、なんでお姫様連れてきてんだ!?」
突然後ろから歳三が話しかけてきた。更にその後ろには妖狐族たちがいる。もう追いついたのかと思ってよく見ると、歳三と妖狐族は私と同じ種類の馬に乗っていた。恐らくわざわざ向こうから全員分の馬を連れてきたのだろう。
「これには深い事情があってだな……。まあそれは置いといて、その機密事項とやらはなんだ?」
「あァ、コイツを見てくれ。これが今ンところ俺らに同調して軍を出した貴族だ」
歳三から渡された紙には、ファリア・ウィルフリード・リーン・エアネスト・ホルニッセといった私がよく知る貴族たちの他に五つの貴族の名が記されていた。
「確か会議室で名簿を見た時は味方である緑の二十名中、軍を出すことを約束してくれたのは丸が八つだったな?それがこの短時間の間に、今では十の貴族が動いている、と……」
「そう見てェだ。俺たちの派閥の中でも第一皇子寄りである保守層が暗殺の一件で完全にこっち側として戦うと約束してくれた」
「これなら更に増えそうだな。……だが同時に第二皇子側に流れる者も出てくる可能性はある」
私たちがこうしてただ移動しているこの間にも、水面下で高度な政治的戦いが勃発しているのだ。
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