166話 急転直下
「──ちょっとレオ! どうして何も言わずに出て行ったの!?」
「げっ……」
「げっ……て何よ、げっ……て!」
「すまねェ……。どうしてもと言って聞かねェから連れてきちまった」
日が登り始めた頃、エルシャと歳三が会議室にやって来た。
「エル、君の護衛は団長に頼んでいる。勝手に屋敷から出たら危険だ」
「大丈夫よ。歳三さん強いんでしょ?」
「いやまぁそうなんだが……」
窓の方をちらりと確認すると、確かに庁舎の前にはエルシャの馬車が停められていた。
「それに、この話なら私だって役に立てるかもしれない。私だけのけ者にしないで」
「……分かったよ」
つくづく強い女性だと思った。
……決して変な意味ではなく。
「それでは皇女様、個人的な繋がりのある貴族はこの中にいますか?」
孔明はエルシャに名簿を手渡した。既に塗り潰されているのは私たちを支持すると表明した貴族である。
「うーん、そうね……。“繋がり”と言えばレオしか──」
「エルッ」
この調子では全くダメだとこの場にいる誰もが察した。
特に歳三はニヤニヤと私を見てくる。孔明も羽扇で顔を覆っているが、その肩は揺れていた。
「……? だってしょうがないじゃない。どこにも出て行けなかったんだから。でも一応は全員と挨拶だけはしているはずよ。顔も名前も覚えていないけれど」
「エル、気持ちはありがたいが、やはり今君に頼むことはなさそうだ。また後で話そう」
「そ、そうね……」
私のために何かをしたいという気概は凄く感じる。それだけに何もできず落胆する彼女の姿を見るといたたまれない気持ちにもなる。
私は彼女の頭を軽く撫で、近くのソファに座らせた。
「それで、我々の派閥内の今の軍事力をもう一度確認すると──」
エルシャから名簿を渡してもらい各貴族の勢力値を確認しようと思ったその時だった。
「レオ様!!!」
突如、会議室に一人の事務員らしき男が乱入してきた。
「何事だ」
「大変ですレオ様! ルーデル殿から直通の通信がありました! 緊急事態かと思われます!」
「何!? まだ繋がっているか!?」
ヘクセルが開発した通信機の発展型。膨大な魔力を消費するため短時間の使い切りとなるが、代わりに従来とは比べ物にならないほどの長大な通信距離を手にした通信機。
当然そんな代物を使うということは、近くのエアネスト領からいつものように伝言ゲームで私たちに知らせるのでは遅いと思われる事態が発生したということだ。
「はい! こちらに!」
私は男から通信機を奪い取るように受け取り、音量を最大にしスピーカーにしてから机の上に置いた。
「聞こえるかルーデル! 私だ!」
『……レオか。……これは大変なことになったぞ』
「どうした! 何があったんだ!?」
『……第一皇子グーターが死んだ』
「なん……、だと!?」
会議室の空気が一瞬で変わった。
『……これは間違いない。第二皇子派閥は第一皇子が事故死したということにして、明日にも第二皇子ボーゼンが皇位につくことを表明するようだ』
「本当に事故死、な訳ねェよなァ……」
「流石にそのシナリオは無理があるだろ!」
「ですが民衆にとっては皇帝のいないこの期間こそが最も不安定な状態。それに中央でのこのような政権争いなど知る余地もないのです。恐らく言った者勝ちを押し通すのでしょうね」
ヴァルターは長年皇帝に執事仕え、地道にその発言力と中央での信頼を高めていった男だ。ここまで性急に動き出すとは思ってもいなかった。
一体何が彼をそこまで突き動かすのか。
「この事実が広まれば、第一皇子派閥の貴族どもが第二皇子側に流れるかもしれねェ。そしてそれは俺らの派閥からも……」
もはや悩んでいる時間すらない。
「孔明ッ!」
「はっ、レオ」
「私はやるぞッ!」
「はい」
「言った者勝ちならば、向こう側が事故死として片付ける前に、我々から第一皇子の死はヴァルターらによる暗殺であると発表する! そして次期皇帝に着くべき皇太子を殺した逆賊として奴らを討つ!」
「最善の策かと」
「ルーデル、このことをデアーグ殿に伝えてくれ。ファリア側とエアネスト側から素早くこの事実を伝達するんだ」
『了解した』
「そしてすぐに戻ってこい。……戦争を始めるぞ」
『……了解。次の任務に移行する。通信終了──』
ルーデルの最後の言葉を伝えると、通信機に埋め込まれた魔石は粉々に砕け散った。
この魔石のようにこの世から消え去るのは我々かヴァルターたちか。
「歳三、団長やタリオと共に至急広場に会場設営と民たちに集まるように街宣してきてくれ」
「おう!」
歳三はすぐに駆け出した。
「孔明、各貴族に皇都へ進軍を始めるように連絡してくれ。詳しい戦闘計画の打ち合わせのために通信機を持つことを忘れないようにとも。それから私が演説をしている間に進軍用意だ」
「了解致しました」
孔明は羽扇を畳むと近くの補佐官たちに指示を飛ばし、通信室の方へ向かっていった。
「……そしてエル。大丈夫か……?」
「……えぇ、……まあ、…………大丈夫よ」
先程までの勢いはどこへやらの落ち込み具合であった。
それも仕方がない。この短期間に親族を次々に失った心の苦しみは想像すらできない。
「こんな時に申し訳ないが、君が必要だ。ただ私の隣に立っているだけでいい。人前に出れるか?」
「早速貴方の役に立てて嬉しいわ……」
そう精一杯の作り笑顔を見せる彼女の悲痛に満ちた顔に、私は彼女を強く抱き締めることしかできなかった。
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