156話 夢見

 夜も深まり屋敷からは来賓の客が消え、私たちと皇女たちのみが残った。

 こうなれば流石に私も無視してさっさと寝るなどという暴挙はできない。


「……皇女殿下。今日は本当にありがとうございました」


「ただ楽しませて貰いましたけど、これで良かったのかしら」


 皇女はグラスを傾け私を横目に見つめる。


「はい。……私の両親やその他色々と挨拶などお疲れでしょう。皇城と比べてば随分みすぼらしい屋敷ですが、お部屋を用意していますので今夜はごゆっくりお休みください」


「ありがとう。でも私はもう少し貴方とお話がしたいわ。ね、旦那様……?」


「は、はぁ……」


 皇女は白く細い指でグラスをなぞりながらいたずらっぽい視線を私に向けながらそう言う。


「レオ、ここは片付けなどで慌ただしくなりますので是非別室へ」


「そ、そうだな……。それでは皇女殿下、応接室へどうぞ」


「あぁ、貴方たち、申し訳ないけど二人にさせて貰えるかしら。折り入った話があるの」


 歳三は顔をしかめたが、私は頷き大丈夫だと合図する。流石にウィルフリードで鍛えられ幾つも戦場を乗り越えた私が、目の前の同い年の少女に簡単にやられるとは思っていない。







 孔明の指示か、応接室には既に菓子と飲み物が用意されていた。


「──それで、お話とはなんでしょうか」


 席につき、私はクッキーを一つ手に取る。


「貴方、モテないでしょ?」


「は?」


「こういうのはもう少し会話を楽しんでから本題に入るべきよ」


「そ、それは失礼しました……」


 貴族にモテるも何もないと思うのだが、言い返すこともできないので黙って飲み込んだ。

 そんなことより、先程の人当たりのいい対応とは裏腹に、ずけずけとした物言いに私は身構える。


「まあいいわ。楽しいお話はまた今度にしましょう。それよりもまずは貴方に警戒心を解いて欲しいから」


「いえ、警戒心なんて滅相も──」


「あら、自分では気がついていないのかしら。貴方、しきりに肩に掛けたマントの内側に手を入れたり腰の辺りを触ったりしてるわね。そこに短剣か魔道具でも隠しているのかしら」


「なっ……」


「それに窓の外と扉の向こうに見張りを置いているわね」


「……皇女殿下、これは全て御身を御守りするためで──」


「そう。まあいいわ。それと、その皇女殿下って呼び方辞めて貰える? これから夫婦になろうってのに堅苦しくてならないわ」


「……失礼しました、エルシャ様」


「エルでいいわ」


 エルシャは髪を解き、ソファに深くもたれかかった。

 そしてチョコをついばみ「初めて食べたけどこれ美味しいわね」なんて呟いている。


 とりあえず向こうに警戒心や敵対心がないことは分かった。


「それじゃあエル、君の本心を聞かせてくれ。君は何故私の婚約者としてここに送られてきた? 中央の目的はなんだ?」


「いいわねその目、その距離感。こんな感じで人と話すのは初めてでなんだかドキドキするわ」


 そう言いながらエルシャは突然立ち上がり、私の隣に座った。

 私は思わずマントの内側にあるナイフの柄に手を掛け、腰に付けた通信機をオンにする。


「貴方意外とがっちりしてるわよね」


「君が細身過ぎるんだ」


「そうね。きっと私に貴方は殺せない。だからそれ、出してくれないかしら」


 エルシャはそう私の耳元で囁く。

 彼女の吐息が顔にかかり気を取られた瞬間、彼女が私の体に腕を回し、ナイフと通信機を取られてしまった。


「初めて見る魔道具ね。これ、外の人に渡してどっか行って貰えるよう頼んできて?」


「…………」


 目の前の少女には敵わない。この短いやり取りだけでそう分かった。



 私はナイフと通信機を持って廊下に出ると、扉の外にいる歳三に手渡した。


「おいレオ大丈夫か!?」


「心配ない。少し向こうへ行ってて貰えるか」


「了解だ。だが何かあったらすぐ呼べよ」


 私たちは小声で素早くやり取りを交わした。


「あと外にいるカワカゼたちもバレている。とりあえず内側ではなく外からの敵を警戒するように伝えといてくれ」


「あァ、それじゃまた後でな」


 私は歳三に人払いを頼み、部屋に戻った。





「あらそっちに座っちゃうの? 遠慮しなくていいのに、旦那様」


 私はエルシャに席を取られたので、若干彼女の温もりが残る向かいのソファに座った。


「君もその旦那様って呼び方はやめたまえ。私にはレオという名前があるからな」


「そう。じゃあレオ、あなたが聞きたがっていた本当の目的、教えてあげるわ」


 私は固唾を飲んでエルシャの続く言葉を待つ。


「まず、私と私の侍女たちはあのヴァルターの息がかかった人間じゃないわ。だから貴方の情報を向こうに流そうだなんて考えていないし、もちろん命も狙っていない。安心して?」


 口先ではなんとでも言える。だが私には彼女の語る目が嘘を吐いているようには見えなかった。


「じゃあ何故……。わざわざ皇女である君を私なんぞにあてがう必要がどこにある」


「あら、貴方自己評価低めなのね。先の戦争勝利の立役者で、亜人・獣人たちとの同盟の中心人物。王国との同盟延長にも一枚噛んでいたわね? そしてあの帝国の英雄ウルツ=ウィルフリードの一人息子。貴方は想像以上に価値のある人物だわ。……あと顔もスタイルも悪くないじゃない」


「褒めても何も出ないぞ」


「そう。このお菓子もう少し出たら良いなぐらいには企んでたのに、残念」


 そう言うとエルシャはふふんと笑みをこぼした。


 皇帝を彷彿とする冷酷そうな鋭い目つきの彼女だが、こうして笑っている姿を見ると一人の可愛らしい少女だ。


「これからここに住むんだからいつでも好きなだけ食べられるだろ」


「そうね。私たち、結婚して一緒に住むのよね」


「結婚はまだ先だがな」


 こうしているのはなんとも形容しがたい不思議な感覚だった。


 話している相手は皇族。遥か上の存在。命すら狙われているかもしれない危険な存在である。

 しかし彼女は同時に貴重な同年代。そして絶対的な権威によって決められた婚約者。


 正直今でもこの現状に理解は追いついていないが、意外にも悪い気分ではなかった。

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