139話 爆砕

「了解した」


 私の命令を受け、ルーデルは待っていましたと言わんばかりの勢いで『Drachen Stuka』形態になり鉤爪を爆弾に巻かれた縄に引っ掛けゆっくりと持ち上げた。


「うぉぉ! これはかなりキツイぞ! 爆装量は50kgが限界だ!」


 そうこぼしながらもルーデルはすいすいと上空に昇った。

 それにハオランも追従し、腕を組んで滞空しながらルーデルの姿を見守っている。


 以前、竜人はガタイのいい父を運んでいた。恐らく80kgは悠々と運べる。

 それに比べると人型をそのまま残すルーデルは多少搭載重量に劣るようだ。


「──行くぞ!」


 少し手前から急降下したルーデルはいつもより機体が重いからか、翼がヒューという悲鳴にも似た風切り音を立てた。

 爆弾を確実にゴブリンたちの頭上に落とすためギリギリで爆弾を手放す。


 爆弾が地面にぶつかった瞬間、その衝撃で信管代わりの魔石が反応し小さな爆発を起こす。

 その爆圧で樽は弾け飛び木片と共に屑鉄、火薬、魔石粉末がブレンドされた内容物を撒き散らす。


 信管魔石の爆発は火薬に火を付けた。火薬は次々に連続的な燃焼を起こす。そう、大爆発である。


「ギェェェ!!!」


 この時点で爆発の中心にいたゴブリンたちの四肢はもがれ、爆圧で頭が弾け飛んでいるものまでいた。


 しかし悪夢はまだ続く。


 火薬の爆発により魔石粉末同士がものすごい早さでぶつかり合い、魔力暴走を起こす。そう、次は魔力の大爆発である。


 一瞬赤や緑に煌めいた魔石を中心に無数の爆発が起こした。

 この爆発は今までで一番のもので、十分離れたと思っていた私たちの所まで爆風が届いた。


「盾を構えろ! レオ様をお守りするんだ!」


 轟音に掻き消されながらタリオが叫ぶのが聞こえた。


 爆発が大地を揺らし鳥たちが一斉に飛び立つ。


 爆煙が晴れたそこにはゴブリンの姿はなく、丸く抉り取られた地面と消し炭となった草木があるだけだった。


「す、……! す……! す、す、素晴らしい!!! み、み、み、みみみ見たかいミラ! 実験は成功だよ!!!」


「はい! 凄いですお師匠様っ!」


 今日はグラマラスな姿をしたヘクセルがミラの肩を揺さぶる。


 ヘクセルの異常なまでの興奮もよく分かる。私の心臓も外まで聞こえそうなほどバクンバクンと音を立てていた。


「とんでもねェもんができちまったなァ……」


 どんな訓練を受けた兵士でも、どんな特別なスキルを持つ将軍であっても消し炭にされてしまえば意味がない。

 この爆弾は戦略的兵器と呼べるゲームチェンジャーと成り得る。


「れ、レオ様……、ルーデル殿が見当たらないのですが……」


「え?」


 タリオにそう言われて改めて見てみると、確かにルーデルの姿は地上にない。

 まあ飛んでるのだろうと視線を上に向けるととんでもないものが目に入った。


「ぁぁ……ぁぁぁ……──ああああああァァァ!」


 爆風で打ち上げられたルーデルが黒い煙を撒き散らし回転しながら降ってきた。


 立ち込めていた煙が消えてハオランもルーデルの惨状に気が付き追いかけたが、すんでのところで間に合わずルーデルは頭から地面に叩きつけられた。


「あれは流石に死んだな」

「死んだぜありャ」

「死んだでしょうね」

「そそそそんな! 貴重な実験台がぁぁぁ!!」

「お師匠様落ち着いてくださいっ!」

「ルーデル殿!」


 口々にそう勝手なことを言っていたが、ルーデルは手を掲げ親指を立てて見せた。


「レオ! この男まだ息があるぞ!」


 ハオランがルーデルを抱き抱える。


「ミラ、治癒魔法を使ってもらえるか」


「は、はいっ!」





 ミラの応急処置を受けたルーデルはハオランによって緊急搬送。残された私たちは爆発半径や破片の飛距離などできる限りデータを集めてから帰還した。


「兵士各位は今日見たことは他言禁止だ。これは今のところファリアの最高軍事機密に値する」


「り、了解しました……」


 兵士たちは額に脂汗を浮かべている。

 前線で戦う兵士からすればあんなふざけた兵器は恐怖以外の何物でもない。


「ヘクセルとミラはあの爆弾の量産体制を整えてくれ。今まで以上に資金と人員を投入する。今までのように必要な時に手伝いを出すのではなく別施設として生産工場を作る」


「な、なんだか大層な話になってきたね……」


「それだけ重要なことだ。警備の兵も増員しよう」


 30kg爆弾だけでなく、より小さな爆弾を大量に抱えて絨毯爆撃を行った方が効果的かもしれない。何も敵を消し炭にせずとも戦闘能力を奪えればいいのだから。


 そうした派生型の制作も考えれば、やはりヘクセルとミラを中心とした研究所だけに研究、開発、製造を全てやらせるのは重荷すぎる。


「歳三、孔明。私たちは戦争というものを根本から見直す必要がある」


「難しい所もありますね。私の経験が活かせないとなると、一介の軍師として再び一から勉強しなければなりません」


「特に俺なんかは、地上で剣と刀を振り回してどうにかなる時代が終わっちまった感は多少感じてるぜ」


 時代の流れとは残酷なものだ。科学力の粋を集めた兵器の前には長年培った技術も時には無力である。


「いや、依然として陸軍の存在は重要だ。爆弾がなければ戦えない空軍に対して陸軍は防御陣地の構築や占領戦において欠かせないからな」


 航空主兵論や空軍万能論が唱えられても陸軍は必要とされている。

 一方的ではどうにもならない。結局は人と人が向かい合わなければ戦争は終わらないのだ。


 その過程が戦闘であっても交渉であっても。

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