135話 一雁高空
「ハオラン、本当の姿をルーデルに見せてあげてくれ」
「……?良いだろう」
私の突然の頼みに若干戸惑いながらも、ハオランは背を少し屈めるといつもの竜人形態へと一瞬で変わった。
「──なんだこれは!」
常識ではありえないその光景に、流石のルーデルも驚きを隠せないようだ。
「私がルーデルを特別な力でここに呼び出したように、この世界は元の世界とは似て非なる世界だ。このように人間以外の種族もいれば魔法なんてものもある」
私の目配せに何かを察した孔明は、わざとらしく羽扇を大きく掲げる。
次の瞬間、突風が私たちの周りだけに巻き起こり、草木が吹き飛ぶ。そうして私の前に飛んできた腕程の太さがある木を、歳三は火の魔法を纏わせた刀で切り捨てた。
「……どうやらとんでもない世界に来てしまったようだな…………」
そう言うルーデルの表情はどこか楽しげだった。
「さて、それじゃあルーデル、飛んでみろ」
「……?」
「きっと今のルーデルなら飛べるはずだ。機体性能に縛られることもなく、自由にな……」
「どういうことだ」
「私のスキル『英雄召喚』。それはただ歴史上の英雄を呼び出すだけの力ではない。私が描いた英雄の姿で召喚されるのだ」
歳三は享年三十四より若く見えるし、孔明は病に伏したとされる晩年の姿とは裏腹に元気で若々しい。
ルーデルにおいても、戦争で失ったはずの片脚はそこにある。
「であればルーデル。お前はもう自分の想いだけで空を飛べるはずなのだ」
「……なるほどな。このどこか不思議な感覚は久しぶりの生身だからではなく、新たに与えられた力だったのか」
孔明の時と同じように、ルーデルも何か自分の中で掴むものがあったらしい。
「ハオランとやら、そのように姿を変えるためにはどうすればいい」
「そうだな……。我々は本来生まれた時からこの姿だ。そしてやがて飛ぶことを覚える。その時の、空を飛んでゆく感覚をイメージして全身に力を込めるのだ。……もっとも、翼を持たず一度も飛んだことのない人間にこれが役立つとは思えんが……」
ハオランは腕を組みながら、文字通り高い目線から多少見下したようにそうルーデルに告げる。
しかしルーデルの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「空を飛ぶ感覚……。ハハッ!それなら忘れるはずもない!来い、俺の中のStuka!いや、『Drachen Stuka』!」
そうルーデルが叫んだ瞬間、背中からは軍服を突き破り片翼だけで2mはあるだろう巨大なドラゴンのような翼が生え、腕は硬質な鱗に覆われ手は鋭い鉤爪を持った恐竜のように変化した。
「今なら飛べる──!」
ルーデルは少し膝を屈め助走をつけると、片手で軍帽を抑えながら空へ飛び立った。
その時私たちにぶつけられた風は孔明が起こしたそれより遥かに強く、私は思わず目を瞑ってしまった。
「ハハハッ!最高の気分だッ!頬に風を受け翼で空気を切り裂き進む感覚がこれほど素晴らしいとはッ!」
頭上でそう叫ぶルーデルは、目で追うのが難しいほどのスピードとありえない軌道で飛び回っている。
「やってみたいッ!どこまで飛べるのかッ!」
「待てルーデル!」
私がそう制止した所で彼の耳には届かない。一度飛び立った彼を止めることは誰にもできないのだ。
「……ハオラン、追いかけて貰えるか」
「盟友の頼みとあれば。……それに人間の力を見誤っていた自分への戒めとしても」
なんだか随分素直だなとも思ったが、強い者を強いと正直に認めることができるのは竜人族の良いところだと再確認できた。
遥か彼方へと飛び去っていくルーデルとそれを追いかけるハオランの背を見送った私たちは、嵐が去った後のようにぽつりと庭に残された。
「レオ、お前本当にあれを使えるのか?」
「うーん……、どうだろうか……」
誰の命令にも従わない、唯一従うのは出撃命令だけのルーデルをきちんと使うのは不可能だと確信した。
「ですが竜人と合わせた“空軍”という考えは賛同します。戦いの三次元化というのは私の時代ではせいぜい地の利を活かした高所からの攻撃程度でしたからね。奇策ではなく戦争の中の一本の主軸として空からの攻撃を組み合わせた策略……。実に興味深いです」
「…………?」
私は一人キョトンとしているタリオの肩を「分かるぞ」という気持ちを込めて叩きその場を後にする。
兎にも角にも、ルーデルが戦力になるかどうか、零か百かの賭けで見事百の方を掴めた安堵だけが私の中に残っていた。
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