132話 飛躍

 私は完成したいくつかの無線魔道具をウィルフリードまでの道のりに等間隔に配置した。

 万が一にもこの技術は流出させる訳にはいかないので護衛の兵士も各地に数名ずつ設けた。この程度の出費なら余裕で採算が取れるだけの可能性を秘めている。


 雑務をこなしつつその日を待つこと五日後。この世界で初めて長距離間通信が行われた。

 内容は伝言ゲーム方式で伝えられた「やり方はこれであっているだろうか」という、父から発せられたという言葉であった。


 母や父の声を直接聞くことができないのは残念だが、兵士が言葉を取り違えなければ確実に情報は伝わるほどに感度は良好であった。


「……おはようございます父上。こちらまで無事に伝わっております。今後は機密事項ではないことや緊急の要件がありましたらこちらにお願いします。……と、送れ」


『……了解しました。繰り返します。おはようございます父上。こちらまで無事に伝わっております。今後は機密事項ではないことや緊急の要件がありましたらこちらにお願いします。……で、よろしいでしょうか』


「問題ない。送れ」


『了解しました……』


 私はテラスでお茶を片手に無線機と向かい合っていた。


 これには呼び鈴がないので誰かが張り付いていないといけないのが問題だ。だが逆に言えば問題はそれぐらいしかない。


 今後始まるであろう政治闘争において、緊密かつ速やかな連絡のやり取りは最重要である。まさに渡りに船だったということだ。


 この初期型は今のところファリアとウィルフリードのみを結んでいる。

 だが今現在ヘクセルが取り組んでいる改良型の研究と制作が終われば、私の協力者かつ信頼に足る各貴族にもこれを送り付けるつもりだ。


 どんな大金にも代え難いこんな代物を受け取れば従わざるを得ないだろう。それに遥か未来をゆく技術を私たちが有していると知らしめれば、裏切る気もそうそう起きまい。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 それから数日後、私の積もりに積もった雑務が全て片付く頃になって初めての亜人種がやってきた。

 それは予想通り、空を飛び一番早く来れるハオランたち竜人族だ。


 ウィルフリードから何の連絡もなかったため、彼らはどこにも寄らずに一直線にファリアへ向かってきたようだ。


「久しぶりだなハオラン。絶対に来てくれると信じていた。……それにしてもよく迷わなかったな」


 兵士の知らせを聞いて門の前まで出向くと、二十名ほどの竜人を従えた人間形態のハオランが仁王立ちをしながら待っていた。

 後ろの竜人たちも、他の獣人らとは違い、その特徴を完璧に隠し人間の姿となっている。


「地図で見た方に飛んできたはいいがこれほどまでに遠いとは思っていなかったぞ。だが以前見かけた紋章が目に入ったのでもしやと思ったのだ。……そなたらも変わりないようで何よりだ」


 ハオランはそう言いながら手を差し出してきた。

 これは私の後ろで未だ警戒している兵士たちへのアピールだろう。私もありがたくその思惑に乗せてもらおう。


 私はハオランの手を取りわざとらしく長い握手をしながら言葉を続ける。


「竜人族は半数が山間部などで暮らし、半数は人間と同じような生活を体験してみるという風に孔明から聞いているが、それで大丈夫か?」


「ああ。その通りだ」


「では案内の者をすぐに呼ぼう。住む場所の準備はできている。……ハオランと他に何名かの代表者は私と共に来て欲しい。共に暮らす上でいくつか約束事などがあるのでその書類に承諾のサインをお願いしたい」


「そなたが必要だと言うならそれで良いだろう。リーフェン、ルーシャン、行くぞ」


「それじゃあついてきてくれ」






「────と、これで最後だ。ご協力感謝する」


 ハオランたちは書類に私には読めない、恐らくは竜人たちの間で使われる文字で名前を記していった。


「ではリーフェンは街の方へ、ルーシャンは山の方へ行き人間たちのルールを間違いなく伝え、必ず守るように命じろ」


「了解しました族長」

「仰せのままに族長」


 リーフェンと呼ばれた女の竜人は部屋の扉の前で一礼し屋敷から出ていき、ルーシャンと呼ばれた男の竜人はテラスから飛びさっていった。


「それで、ハオランはどっちに住むんだ?」


「我は可能であればこの屋敷に住まわせて貰いたい」


「ほう……」


 それは自分が族長だから特別な待遇をしろ、という意味ではなさそうだ。

 私の監視をするなら近くがいい、ということだろう。


「ただの空き家なら近場にいくつかある。屋敷は部屋が埋まっているので庭に離れを作る形なら対応できる」


「我が種族は元来、家がなくとも問題はないのでわざわざ空き家を用意する必要はない。屋敷なら廊下でもいい」


 ハオランは意地でも屋敷がいいようだ。


「客人に部屋も与えないなどと知られれば貴族としての私の面子に関わる。……地下に今は使っていない物置ならあるが──」


「そこでいい」


 即答だった。


「分かった。地下室は石造りで冷たい雰囲気だ。何か家具などが欲しかったら言ってくれ」


「問題ない。我らは前は洞窟などに住んでいたからな」


 そう言うとハオランはおもむろに立ち上がる。


「さて、決めることは全て決めた。そろそろそなたのその力をお見せ願いたいところだな」


 ハオランにとって本題はそちらだ。

 私も重々承知の上、準備をしてきた。


「…………いいだろう」


 私はブレスレットをなぞった指で、暴食龍の邪眼にそっと触れた。



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