102話 命運
「──レオ、少しは休めたか?」
朝焼けの空を眺めていると歳三がやって来た。その彼の手は微かに血で汚れていた。
それは敵兵のものか、或いは逃亡しようとした味方のものか……。
私には到底味方を斬れなどという命令は出せない。だがそこまでしてでも兵を敵に向けさせないと戦争は出来ないのも事実だ。
歳三は私の知らないところで、手を汚している。
私も自分の望む未来を掴むため、その道を血で染め上げないといけないのだ。
「ああ……。体はもう十分にに疲れが取れたようだ」
「そんじゃ孔明の所に行ってみようぜ」
「そうだな」
本陣には既に錚々(そうそう)たる面子が揃っていた。
孔明はもちろん、父、アルガー、アルド、団長、その他ザスクリア=リーンを初めとする戦争に参加している各領主たちとその補佐役の人物。
私の知る限りの帝国の最高戦力がここに集っているのだ。
「レオ様!ちょうどお迎えにあがろうと思っていたところです!」
「ありがとうタリオ」
私はタリオから水を受け取った。彼は気遣いのできる良い奴だ。
死なせたくない。
「ハァーイ!久しぶりねレオくん」
「お久しぶりですザスクリアさん」
「君たち、今は再会を喜んでいる場合じゃないぞ……。しかしレオ殿、出来ればこうして会いたくなかった……」
「そうですね団長。ですが、やるしかない……」
私たちは懐かしい面々と顔を合わせた。既に現地で戦っていた人たちの表情には疲れの様子が伺える。
私は行動開始直前の作戦会議に参加するため、その末席に腰を下ろした。
「──それでは、本日の主役が揃った所で作戦の最終確認とさせて頂きます」
もはや堂々と孔明が取り仕切っていた。
その方が間違いないし、私としては安心だが、初めて見る人らからすれば訳も分からぬ異世界人に命を預けるのは気が乗らない事だろう。
その証拠に、既に何度も話し合いを繰り返した後であるだろうに、未だに困惑の表情を浮かべるものも多い。
しかしそれでも孔明の言に従うのは、帝国の英雄たる父のお墨付きがあるからだろう。
「まずは昨日到着したばかりで士気も練度も高いウィルフリード、ファリア軍が攻勢を仕掛けます。装備も充実しており、更には新兵器の数々が投入されます。これにより、かなり戦線を押し上げることが可能だと予想します」
孔明の連弩やヘクセルの魔道具。これら初めて見る兵器に敵は動揺することだろう。
「この間に我々が運んだ物資を使い、今まで前線で戦っていた部隊は速やかに補給を行ってください」
特に傷や疲れの目立つ人たちが大きく頷いた。
「その後、攻勢を仕掛けるウィルフリード、ファリア軍に合流し、敵に畳み掛けます。それまでこの両軍だけでどれだけ戦えるかが肝となります。……善戦を期待します」
「英雄の名に恥じぬ戦いをお見せしよう」
父の言葉に孔明は微笑で応じた。
「そしてこの作戦の核となるのがレオ=ウィルフリードの敵本陣への突撃。……これを必ず成功させなければなりません」
皆の視線が一斉に私に向く。
「よって、レオの護衛には最高戦力を付けます。……まずウィルフリード軍より、ウルツ=ウィルフリード、アルガー=シュリン」
かの王国との大戦で名を馳せた二人の名前に、誰もが納得の言葉を呟く。
「次にファリア軍より、土方歳三、タリオ」
これには皆騒然とする。いきなりの和名と苗字も持たない一兵。しかし、彼らはこの戦いで武功を挙げ、その名を大陸に轟かせることとなるだろう。
その暁には、タリオにも爵位と、アルガーと同じシュリンの苗字を与えよう。
「更には帝国近衛騎士団の皆様にも護衛をお願いします」
「護るのは我々の得意分野ですからね」
団長は土と乾いた血で汚れた、優しく、美しい顔を私に向ける。
「レオが妖狐族の里にたどり着いた後は、全てレオの交渉に懸かっています。……これについて何も策を与えられなくて申し訳ありません。……頼みましたよ、レオ」
「ああ。私が、必ず、この戦争を終わらせてみせる」
皆の視線が痛い。
敵味方合わせて十万は優に超える命が私に懸かっているのだ。
しかし、この世界で私はただの一般人ではない。貴族として帝国に尽くし、転生者としてこの世界に平和を築く為に武器を取る。
私の武器は、言葉だ。
「私からの説明は以上です。後の細かい判断は昨夜お伝えした分と各人にお任せします。……何かご質問があれば今のうちに」
「──レオ殿が失敗したらどうする?」
名前も知らない男が孔明に問うた。当然の疑問だろう。私とて成功させる自信はない。
「実の所、レオが失敗するとはあまり考えていません。私たちが掴んだ内部情報、ツテ、そしてレオ自身の強い意志。私はこれに乾坤一擲(けんこんいってき)の大仕事を任せられると信じています」
「悪いが俺はそう思えない」
「……仮に交渉に失敗したとしても、敵軍が味方の本陣に突撃を仕掛けたとなればあちらも混乱が生まれ、前線を下げるしかないでしょう。いずれにせよ我々に有利な状況が作り出せます」
「しかし、獣人族の鼻をどう誤魔化す?敵の前線を突破出来ても奴らは直ぐに追いつきやられてしまうぞ」
「特に警戒が手薄な所はウィルフリード諜報部の手によって判明しています。また、匂いによる索敵については私に秘策が。……御安心ください」
孔明の秘策は多少の検討がつく。
「──他に質問はないようですね。……それでは皆様、どうかご武運を」
「「「おう!!!」」」
すぐにでも作戦を実行に移すため、皆我先にと飛び出して行った。
「今から作戦を伝える。兵に準備を急がせろ!」
「我々は補給の手伝いだ!ウィルフリードとファリアの連中に手柄を全て持っていかれる前に補給を終わらせるんだ!」
「早く手を動かせ!敵は待ってくれないぞ!」
外からは先程まで大人しく孔明の話を聞いていた男たちの怒号が聞こえてくる。
「……死んだらダメよ、レオくん」
「心配ありがとうございますザスクリアさん。……生きて帰ってこれたらまた美味しいご馳走をお願いします」
「フフ、そうね!私も死なない程度に頑張るわ!じゃあね!」
「さてレオ、俺たちも行こうぜ」
「最初は我々も全力で敵とぶつかり合う。流石に剣を抜き戦うことはしないが、前線で指揮を執る以上は命の危険もある。……作戦が始まる前に死ぬなよ」
「ええ父上。私たちの死に場所はここではありません」
平穏で幸せな日常の中、家族や友人に看取られる最期。それはこの世界で一番の贅沢だ。
それでも、私はそれを目指す。
誰もがそんな最期を当たり前に迎えられるように。
今は目の前の兵士たちに死んでくれと頼み、突撃の命令を出すのだ。
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