87話 軍備

「すまんな歳三、興味も無いのに付き合わせて」


「気にすんな。ただ魔法が使えねェってのはちょっと残念だったがな」


 歳三はそう言うと口を横一文字に固く結んだ。


「タリオの話だと孔明は魔法を使えるらしい。本人の言う『秘策』とやらもそれだろう。……同じ召喚者の英雄なのに何が違うんだ?」


「うーん、俺には分からねェな……。……ヘクセルに魔導具の研究をやらせるなら、レオは自分自身の能力を研究したらどうだ?その方が次の召喚も迷わないだろ」


 以前、孔明召喚の時は、歳三も近藤勇などの名前を挙げていた。

 歳三の思いを押し切って私が孔明を選んだ。後から迷いを見せるのは歳三にも、そして歳三と再び会うチャンスを奪った近藤らにも申し訳が立たない。


「そうだな。孔明にも話を聞いて色々考えてみよう」


 召喚主と召喚者がそんな会話をするのもどこかおかしいが、まさに運命を左右するスキルであるだけに、『英雄召喚』に対する理解度の深さは重要なのも事実だ。


 私たちは顔を隠しつつ、今度は反対側の道を通って街を探索しながら屋敷へ戻った。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「ただいまー」


 出迎えてくれるマリエッタはもう居ない。

 代わりに、と言ってはなんだが、タリオが私の元を訪ねてきていた。


「レオ様!お話があってお待ちしていました」


「どうかしたか?」


「はい。軍の再編成が諸葛亮殿の指示の元、完了しました!そのご報告です」


「早いな」


「というのも、ただ指揮系統を整えただけなので。特に装備の損失が激しい弓兵については後日新装備が来るまで待機となっています」


 矢を撃てばなくなる。その矢もタダではない。


 三国志演義に、矢にまつわる孔明の有名な話がある。


 時は赤壁の戦い。魏の大軍を前に、蜀と呉が共同戦線を張る。

 呉の天才軍師である周瑜しゅうゆは、蜀で同じく天才軍師と噂される諸葛亮の才能を恐れた。そこで周瑜は孔明に無理難題を押し付け、なにかに付けて処刑しようと考えた。


 それは戦いを前に矢を十万本集めること。孔明はそれを三日で達成できると言いのける。


 三日後、深い霧が立ち込める夜。船に人の大きさほどある藁束を並べ、曹操率いる魏の大船団に近づく。

 それを見つけた魏軍は夜襲だと思い、人影が浮かぶ船に矢を射掛ける。


 そう、敵軍に矢を撃たせて見事に十万本を回収したのだ。当然三日で職人たちに矢を作らせるのは不可能だった。

 しかし孔明は三日後に霧が深まるのを予見し、策を弄したのだ。


 ……と、話が逸れた。


「弩は一発ごとが強力な武器だ。今までのようにとりあえず矢をばら撒くという戦いではないから大丈夫だろう。本体もすぐにでも試作品を作り訓練に移ろう」


「了解です」


 今は準備期間だ。焦らず一つ一つ解決していこう。


「悪りィなタリオ、そっちに行けなくて」


「いえ、なんだかんだ大丈夫です。訓練はウィルフリードで小隊長クラスだった方が率先して行っています。元ファリア兵との折り合いはまだ良いとは言えませんが……。それも、いずれは時間が解決するでしょう」


「それなら良いんだが……」


「ちなみに、これが諸葛亮殿が作った企画書です。レオ様のサインがなかったのですが、良かったのですか?」


「ああ、一任しているからな。どれどれ……、私も読ませてもらおうかな───」


 私はタリオから企画書を受け取った。

 そこにはびっしりと細かく新制ファリア軍の部隊が書かれており、各部隊の隊長や供与される装備まで記されていた。


「こ、これを孔明が一人でやったのか……?」


「はい。それも街の代表団との会談後、半日もない内に」


「流石だな。こりァ軍師殿の腕前に期待するレオの気持ちが分かったぜ」


「いや、私も想像以上だよ……。はは!将軍土方くん」


「ア?」


 私の言葉に歳三も企画書を覗き込む。


『ファリア総大将 レオ=ウィルフリード』

 そう書かれた下に

『ファリア将軍 土方歳三』

 とある。


「な、なんだコイツは……!」


「仰々しく聞こえるが、所詮我々は国ではなく小さな地方貴族だ。再編したファリア軍は約千人。私が大将、孔明は軍務大臣、歳三が将軍……。いいじゃないか形なんて。やることは同じだ」


「そ、そうかもしれんがな……」


 孔明と歳三で少々言葉の使い方に差異がある。それが歳三を困惑させているのだろう。


 孔明の言う「将軍」とは、軍隊のリーダーである将校。対して歳三の思う「将軍」とは、徳川を代表とする国のトップである征夷大将軍。

 地位全くが違う。


「呼ばれ方なんてすぐになれるさ」


 私はそう説得するが、歳三は恥ずかしそうに頭をポリポリと搔く。


 元からウィルフリード約一万の軍を三番手として支えた歳三にはかえって役不足に感じるかもしれない。

 こればっかりは時間が解決する問題だ。




「───あぁ、そうだタリオ。明日、私の着任について領民たちに挨拶をしようと思っている。その知らせと準備を兵たちに任せてもいいか?」


「了解です。至急兵士を集めてきます!」


 そう言い残し、タリオは走り去った。


 新制の統治体制が整っていない以上、自由に私自身の手で動かせるのは軍隊ぐらいだ。

 もう少しだけ彼らにはハードワークに追われて貰うことになる。


「さて、ひと段落したところで、さっき話した『英雄召喚』の研究について付き合ってくれるか?」


「おう。一人目の英雄として、協力出来ることなら何でもするぜ」


 孔明にいい所見せられて、歳三にも火がついたようだ。

 まぁ、すぐ孔明にも話を聞くのだが。


 私たちはヒントになるかもと、昔話に花を咲かせるながら書斎へ向かった。

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