61話 咬牙切歯

 門が開き切ると、その両脇には大量の兵士が並んでいた。やはり門を開けるには相当な人数が必要らしい。

 そんな彼らが一斉に動き出し、一本の道を作り出す。


「さてさて……」


 ヴァルターは腕を少し上げる。


「構え!……敬礼!」


 腕章を付けた兵士の合図と共に、甲冑姿の兵士たちが胸に拳を当て敬礼する。

 ガシャン!と金属音を立てる人の波がどこまでも広がっていく様子は見ていて圧巻であった。


「では参りましょうか」


 ヴァルターはかなりゆっくりと馬を走らせる。

 それに続く私たちがちょうど差し掛かった所の兵士が、槍を地面に付き構え直す。


「ふむ。さすが宮中の警備を任される衛兵。練度が違うな」


 父の面持ちも打って変わって真剣なものに変わっている。

 歳三はどっしりと構え微動だにせず、侍の威厳を放っていた。

 孔明は羽扇を閉じ口元に当て、まるで品定めをするかのように兵士たちを眺める。


 そう言う私は緊張のあまり、固唾を飲んでこの光景を目に焼き付けるばかりだった。


「では私たちはこれより先には行けませんのでここで」


「うむ、ご苦労だったなアルガー。お前たちも少し皇都を満喫してこい!」


「は。では失礼します」


 こうして私たちの左右を警備していた皇都とウィルフリードの兵たちは離脱した。

 これより先は一般人は立ち入りできない宮中なのだと改めて実感させられた。





 だが城門をくぐったとてすぐに本城に着く訳ではない。

 幾重にも張り巡らされた通路と城壁が防衛網をなし、要所には砦が設けられている。


 だが、真っ先に私たちの目に飛び込んできたのは広大な敷地に広がる庭園だった。いや、それはもはら小さな森のようであった。


 花が蝶を寄せ、木々には鳥たちがさえずり、中央にある噴水と先王の銅像がこの国の繁栄を象徴しているかのようだ。


 ……戦費に税を費やし、我々貴族ですら節制を心がけていると言うのに、やはりある所にはあるのだ。


「…………っあ、と………うん…………」


 御者の兵士が庭園の説明をしたそうに私たちを振り返ったが、その言葉を飲み込んだようだ。彼は生来の世話好きなのだろう。

 だが生憎、私も気の利いた返事を出来そうになかったのでそれでいい。


「随分と豪勢な城だなァ?俺はてっきり江戸城を大きくした程度だと思ってたが……」


 西洋学に通ずる流石の歳三と言えども、洋風な城を目の当たりにするのは初めてだろう。


「えぇ……まるで街の中で森に迷い込んだみたいです……。成都での日々を思い出しますね……」


 情緒の欠片もない私には、これだけの土地が首都の一等地にあればどれだけの事ができるだろうか、などと考えていた。

 それはあまりに即物的で現実主義過ぎて、自分自身でも嫌気が差した。


「この庭は皇后陛下様が自ら手入れなさったご自慢の庭園なのですよ。時より上級貴族達を招いてパーティーをなさるのです。ウィルフリードの皆様もお呼びかかると良いですねぇ」


「いやはや、辺境の田舎貴族にはとてもとても……」


 ヴァルターのトゲのある言い方に私は違和感を覚えた。どうやらそれは孔明も同じようだ。


 それに、仮にも貴族である父が、陛下肝煎りだとしても所詮は平民もしくは準貴族のこの男にへりくだる意味が分からない。

 社交界、そしてこの国の政治の中枢に対する不信感はこの僅かな会話のやり取りで顕あらわとなった。


 父は、子供である私や政治には疎い歳三、来たばかりの孔明には分からないと踏んでいるのだろうか。


 しかし、子供は大人が想像する以上にずっとよく大人を観察している。まぁ、私の中身は……。

 それに孔明は歴史上類を見ないほど聡い人物だ。蜀の政治を握った彼に、政治上のことで分からぬことはないと言っても過言ではないだろう。

 歳三も新撰組という組織の、規律を一番重視した鬼の副長。上下の戒律は誰よりも理解している。


 この場にいる誰もがそのちぐはぐとした会話の意味を理解し、その雰囲気を鋭く感じ取った。


「落ち着け歳三。気にしてはならぬ」


 父は横に座る歳三に小さな声で耳打ちした。

 見ると、歳三は刀に手をかけている。


「……チッ!どうもアイツは好きになれそうにねェな」


 歳三は柄から手を離し、刀をコートの下に潜り込ませた。


「レオ。このような咬牙切歯こうがせっしな思い、忘れてはなりませんよ……!」


「大丈夫だ孔明。領民の為なら泥水を啜ってでも食らいつくさ。父上もよくそのことをわかっている。……歳三も、その力を振るうのは、然るべき時が来てからだ」


「……それは『然るべき時』が来るってことでいいのか?」


「…………さあ、どうだろうな……」


 私たちは、馬の蹄が地面を蹴る音と馬車の車輪が軋む音に紛れながら言葉を交わした。

 その胸には、静かに、しかし熱く燃え盛る炎が宿っていた。




 残念ながら、今日という日であってもその庭を楽しむことは出来ず、すぐに横の狭い通路へと通された。


「何をしている。早く全ての門を開けよ!」


「は!」


 城内は螺旋を描くように通路が作られている。その途中には鉄格子の門が設けられ、敵の侵入を阻んでいた。


「手際が悪くて申し訳ありません。何せいちいち門を閉めねばならない規則なのです」


「いや、陛下の身に万が一があっては大変です。それぐらい慎重を期す方が良いでしょう」


「ええ、確かに。近頃は反乱ばかりですからねぇ……。困ったものですよ」


 それを私たちの前で、自分が中央の、監督者側であることを知った上でそう無責任な発言をするか。

 これにはさすがの私も思うところがあった。


 しかし、飲み込む。


 争うべきはここではない。

 私たちは「ファリア獲得」という大それた直訴をこれから陛下にするのだ。無駄な戦いで傷ついたウィルフリードの為に。


 まさかこの高慢ちきな男も、行きに皮肉った人が帰りに領地を引っさげて来るとは思うまい。


 この男の鼻を明かすという意味でも、この謁見を実りあるものにしなければと決意した。

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