56話 出発

 慣れない環境で深く眠りに付けなかったのか、薄暗がりの中、小鳥たちの囀さえずりで目を覚ました。


 朝食は、昨日の豪華な食事と打って変わって質素な食事だった。まぁ、朝からあの量は食べられないし、逆に昨日食べすぎた私たちの胃を気遣ってくれたのかもしれない。


「おはようございます父上」


 食事を済ませやることも無くなったので、廊下の大きな窓から外を眺めていたら、父が部屋から出てきた。


「おはようレオ。忘れ物のないようにな」


 いち早く皇都へ向かうため、あまりここに長居は出来ない。

 全員が起きてくればすぐにでも出発だ。


「あら?二人とも遅かったわね?他の皆はもう下で待ってるわよ」


「えっ」


「あまりにも出てこないからアルガー君がイライラし始めてたから、アタシが様子を見に来たのよ。部屋の鍵を開けていいのはアタシだけだからね」


「……ではゆこうか」


 父はまた情けない表情を見せた。またアルガーに怒られるだろう。

 いや、私たちが特別遅い訳では無いが。


 父の後ろについて下まで降りたが、父はド派手な寝癖を付けていた。本人は気付いていないようだ。

 その事でアルガーはまた呆れた表情を見せた。


 父は戦いのこと以外は結構にぶいところがある。


「ウルツ様、早くしてください。待たせているのは皇帝陛下なのですよ」


「落ち着けアルガー。どうせ次の街でも泊まるのだから同じことだ」


「……気持ちの問題です」


 アルガーはザスクリアの前だというのに、もう隠す様子もなく肩をすくめてみせた。


「ようレオ。ぐっすり眠れたようじゃねェか」


「……待たせたな歳三、孔明」


「寝る子は育つと言いますし、悪いことではありませんよ。高枕無憂こうちんむゆうは何よりの贅沢です」


 何はともあれ、こうして全員が揃った。


「さてさて、では皇都へ向けて出発しようか!」


「おう」


 歳三は襟を正す。




 外ではウィルフリードからの兵士とリーンの兵士が並んでいた。馬車も用意されている。


「本当はもっとゆっくりしなさいって言いたいところなんだけど───」


 ザスクリアはアルガーを一瞥する。


「ま、帰りも寄ってきなさい!今度はもうちょっとちゃんと準備しとくわ!アタシにお土産忘れないでね!」


「了解した。……忘れていなかったらな!」


 これはきっとアルガーが用意する羽目になるだろうと思った。


「短い間でしたが、お世話になりました!」


「レオ君もまた今度ね!」


「はい!」


 父が馬車に乗り込み、私と歳三、孔明と続く。


 アルガーはザスクリアに何か渡しているようだ。たぶんチップだろう。父は完全に忘れている。


 アルガーはザスクリアに敬礼をし、前方の馬車に乗り込んだ。


 走り出す馬車に、迎賓館の主人は頭を下げ、リーンの兵士は敬礼をする。ザスクリアは腰に手を当て手を振っていた。

 私たちは彼らに手を振り返し、リーンの街中へ進む。


 まだ朝も早いため人通りはほとんどなかった。

 もちろん、大都市ウィルフリードと比べると、中継都市のリーンはそもそも人口が少ないのだが。


 道の空いている小さな街では、すぐにその端までたどり着けた。

 今回は門番にも連絡がいっているようで、特に止められる事もなく通過できた。


 舗装された街道から再びあぜ道に戻り、馬車の揺れに尻を痛めながら皇都へ向かう。


「父上、次の目的の街はどこですか?」


「あぁ、次は──────」





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 結論から言うと、リーンを出発してから皇都まで何も起きなかった。


 道中、援軍を差し向けてくれた領地の人々にお礼を伝え、三つの街で夜を過ごした。

 領主らは父と面識はなかったようだが、いずれも帝国の英雄なら大歓迎!と快く迎え入れてくれた。


 皇都へ近づくにつれ、街も大きくなり、道も整備されている。そのため、モンスターが出没することもなければ盗賊も取り締まりが厳しい。


 初日こそ盗賊に襲撃され予定が狂ったが、後はアルガーも心穏やかに旅路を楽しめたことだろう。


 いくつかの宿場町を経て、道が石畳に整備され始めた頃、遂にその目的地が目に飛び込んできた。


「コイツはデケェな……」


「これは洛陽らくようよりも大きいかもしれませんね……!」


「父上、これが……!」


 興奮する私たちに、父が大きく頷いて答える。


「そうだ!ここが我らがプロメリア帝国の首都、皇都プロメリトスだ!」

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