特別話

前書き

これはファリアとの戦いが終わり、両親が帰ってくるまでの間のある日のお話。

(なろうに投稿した年末特別話です。カクヨムに転載遅れてすみません!)



本文

「……なぁ、レオ。そう気を落とすなよ。ファリアの兵士も当然死ぬ覚悟はあったはずだ。お互いそれを承知の上で剣を交え、結果としてレオが今ここで生きている。それだけの事だぜ?」


「……そうかな。……そうなのだろうな」


 私はベットの上で、うつ伏せのまま、歳三の顔を見ようともせずにそう言い放った。


「俺だって、どうしようもなかったんだぜ?俺が攘夷派の連中を散々斬り捨てて、最後には函館で命を落とした。それも全て時代のうねりに巻き込まれちまっただけさ」


 窓を開ける音が聞こえた。

 匂いから、歳三が珍しく煙草を吸っているようだ。


 私はむくりと起き上がり、歳三の背中を見つめる。


「……英雄なんて、そんな大それたもんじゃねェよ…………」


 ふぅっと吐き出したその言葉は、まるで煙とともに心の内を吐露したかのように思えた。


「なァ、……いや、こんな時に聞くのもおかしい気がするんだが───」


「なんだ?」


「『人を殺さない世界』ってのはどんなモンなんだ?」


 珍しく歳三が前置きをして、私にそう問いかける。


「…………なんでそんなこと聞くんだ」


「いや、別に思い出させたい訳じゃねェんだ。……ほら、俺らは生まれた時から侍って生き方に憧れてたんだ。農民の家に生まれた俺は、刀を持つことが何よりの幸せだった」


 歳三は私に顔を合わせることなくどこか遠くを見つめ、思い出すように、昔の自分自身を確かめるように言葉を続ける。


「そして俺はある道場を訪ねた。そこで出会ったのが近藤さんだ」


「………………」


 私は彼の思い出に土足で踏み入るのが怖く、無粋に感じたため、言葉を挟むことができなかった。


「それから俺はカモの野郎を暗殺したり、局中法度に背いた奴を殺したりした。……今考えりゃァ、もう何派が正しいだとかってのは分かんねェよな」


 カモとは芹沢鴨の事だろう。彼は乱暴狼藉を繰り返し、遂には会津藩から処分が下され、近藤の指示により暗殺された。

 新撰組の独自ルールが大変厳しく、敵より味方を殺した人数の方が多いのは有名な話だ。


「そして『鬼の副長』なんて恐れられた俺だが、最後は西洋の最新兵器を大量に輸入してきた新政府軍に負けちまった」


 それでも、歳三の率いる部隊だけは不利な戦況でも戦果を挙げている。それは紛れもなく彼の実力だ。


「なぁレオ。……いや、お前のその魂に聞きたい。人を殺さない人生ってのはどんなモンなんだ?」


「…………そう言われると、くだらない人生だったよ」


 当たり前だ。激動の幕末を生きた土方歳三と比べられる人生なんて、そうそうあるもんか。


「なんだ、つまらねェな」


「……そんなこと言う必要ないだろ」


「つまらねェよレオ。お前の前世も、今のお前も。本当につまらねェ男だ」


「だったらどうすれば良かったってんだ!」


 私は感情のままに壁を殴りつけた。


「俺は時代に負けて死んだ。だが、近藤さんや総司と共に戦った人生に少しも悔いはない。お前に命を与えられて、今度はウィルフリードの為に戦った。もちろん、あの戦いで死んでも悔いはなかった」


「…………」


「自分の手が綺麗でいることに、どれだけの価値があるのか俺には分からねェ。だがな、レオ。お前は何の為に戦ってきたのか忘れたらダメだ」


 ファリアの兵士は、ファリアの為に戦った。

 ウィルフリードの兵士は、ウィルフリードの為に戦った。

 その結果、死んで行った。


 ……私は?



「新政府軍の奴らも日本の為に戦った。その後の戦争もそうだろ?残念だが、人は争い、そして死ぬ。それは変わらねェ事実だ」


 私の抱く『人を殺さない世界』もただの幻想だ。

 私が生きた時代だって、たまたま自分が見ていなかっただけで、世界のどこかでは戦争があった。人が人を殺していた。


「目を逸らして逃げるのは簡単だ。だがな、お前にはお前にしかできねェこともあるんだ。……時間はかかるかもしれねェが、お前なら見つけられるはずだぜ」


 歳三は燃え尽きた煙草をポケットにしまい、腰掛けていた窓辺から立ち上がった。


「長居しちまったな。……まァ、今は生きている幸せを噛み締めとけって事だぜ。じゃあな」


 襟を正した歳三がドアノブに手をかける。


「───あ、いや、一つだけ悔いはあったかもしれねェな」


「…………?」


「もうあの女に会えねェのか!ってな」


「ふふ……。歳三らしいな」


 私が思わず笑ってしまったのを見て、歳三も微かに口角を上げたように見えた。

 それ以上語ることはなく、歳三は私の部屋を後にした。




 さぁ、仕事に戻らなければ。戻ってきた父と母に笑われないように、ウィルフリードを立て直すのだ。


 まずは─────






後書き

皆様、今年一年間、誠にありがとうございました。ここまでお付き合い頂いた読者の皆様には感謝の思いでいっぱいです。

この『英雄召喚』はタイトルに『戦記』とありますが、その「戦い」は単に戦争の事だけではありません。人間として誰しもが経験するような辛いこと、苦しいこととの戦いでもあります。

現代よりも遥かに厳しい異世界に転生したレオ。『英雄召喚』はそんな彼の「人生の戦い」を描いた作品でもあるのです。


これからまだまだ彼の人生は続きます。様々な戦いがこの先も待ち受けていることでしょう。どうか皆様には、これからも読者の立場としてその物語を見守ってくださると幸いです。


作者としても、初めてのこの作品に多くの戦いがありました。至らない部分もあると思いますが、これからも私の作品を愛してくだされば嬉しいです。


来年もよろしくお願いします。───駄作ハル




◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「なァレオ。年末特別話にしてはちと重すぎる内容じゃねェか?」


「言うな歳三。……私もそう思う」

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