41話 英雄譚

「───そこで颯爽とレオが現れたってワケだ!」


「ハハハ!その話はアルガーの倅からも聞いたさ!」


 父の書斎に顔を出すと、何やら楽しそうな話で盛り上がっていた。どうやら重要な打ち合わせは終わったようで、今はお互いの武勇伝でも語っているのだろうか。




「失礼します父上。母上は書類を抱えて部屋に戻りました。今日の晩御飯は各自だそうです」


「おおレオ、よく来た。分かったよ。……それよりレオもこっちに来て父に息子の初陣を聞かせてくれ!」


 父は奥の机から笑顔で手招きをする。手前のソファーに座る歳三も得意顔でこちらを見る。


「なるほど、歳三から私の話を聞いていたのですね」


「あァ。レオも随分活躍してたからなァ!」


 私は歳三の向かいに座った。


「レオ。まずはお前の初陣が勝利であったことを嬉しく思う。そして、領主として、このウィルフリードを守ってくれたことに感謝したい」


「いえ、そんな……」


 父は頭を下げ私にそう言った。


「聞いたところによると、お前自身も戦果を挙げたらしいな。……どうだ?今もその事は覚えているか?」


 嫌なところを突く質問だった。しかし、打って変わって真剣な父の目を見ると、誤魔化すことは出来ないと悟った。


「……はっきりと覚えています。あの時の手の感触は今でも忘れられません……」


「……そうか。だが、それも帝国貴族としての大事な経験となるだろう。実戦を知らない指揮官ほど迷惑なものはないからな」


 父は私をじっと見つめる。


「今は辛いかも知れないが、いつかお前をずっと強くしてくれる。レオ、よく頑張ったな」


 そう言うと父は席を立ち、私の横に座った。そしてそっと頭にゴツゴツとした手を乗せる。その重さと温かさに、私は思わず涙腺が緩んだ。




「だがレオにはすまないことをしたと思っている。かなり前からファリアの情報は掴んでいたんだがな……」


 そう言えば、私がまだまだ幼い頃にも度々「ファリア」の名前は聞いていた。


「実は俺達が今回の魔物討伐に指名されたのにはちょっとした裏事情があるんだ」


「裏事情、ですか……?」


 そんなことは私も知らない。


「あぁ。ほら、「反魔王共闘同盟」の失効が近いだろ?だから今回はファルンホルスとの国境に位置するウィルフリードが大軍を北方に出すことによって、向ける戦力は隣国ではなく魔王領である、という政治的アピールってことさ」


 確かに「反魔王共闘同盟」は人間同士を結びつける大きな枠組みだ。それが無くなるということで他国との緊張も高まっているのだろう。


「そんな裏事情があるもんだから、中途半端に兵を残す訳にもいかなかった。歳三やレオにも話しておくべきだったな。すまなかった」


「いや、知らされていたとしても、残された俺らに出来ることは限られたさ。ウルツが気を病むこたァねェぜ」


「ありがとう歳三。そう言って貰えると助かる」


 いくら情報戦で勝っていたとしても、結局打てる手数は変わらなかった。その中で最善手を取れたから今のウィルフリードがある。それだけだ。





 そう言えば情報で思い出した。


「父上、ウィルフリード諜報部とはなんなのでしょうか。その彼がファリアに調査に行かせて欲しいと私に直訴したので、書状を持たせて行かせましたが……」


 父の眉がぴくりと動く。


「アルドか。あいつには好きに動いて貰っている。元々皇都で働いていた人間だから、腕は信頼出来る」


「皇都の人間ですか」


「アルドが必要だと思ったのなら、きっと、何か掴んでいたんだろう。……何やらスパイの話もあったからな。あいつなりに心配してるのかもしれん」


 まぁ、あいつは考えを口にも顔にも出さんからよく分からんがな!と父は笑い飛ばした。父がそこまで言うなら信用出来る人間なのだろう。




「そう言えばヘルムート団長と会ったらしいな。あいつも見た目に似合わずごり押す性格だからな!おかげで助けられた」


 貴族ながら実力派の父と、知的ながら強行策も取れる団長。どこか似たような二人は、以前は戦場で生死を共にした仲なのだろう。


「皇都からの援軍がこんなに早く来ると思っていなかったファリアは大混乱でした」


「だとしても敵より少ない兵数で突撃する当たり、まだまだ衰えていないみたいだな!」


 ん?そう言えば団長はかなり若く見えた。しかし父とファルンホスト大戦争を経験したとなれば、それは十年以上前の事のはずだが……?


「あの、父上。団長っておいくつなんですか?」


「うーん、確か七十とか言ってたか?」


「な、七十歳!?」


「あぁ、あいつはエルフと人間のハーフだからな。見た目じゃ分からないかもしれないが、そこらの女より綺麗な顔をしてるのは、先祖を辿ればエルフの血が濃いからだ」


 なるほど、この世界ではそんなこともあるのか。確かに多様な種族がいればその混血がいてもおかしくない。




「おっと、余計な話までしてしまったな。レオ、もうすぐ夕飯の時間だから部屋に戻ってなさい」


「分かりました。お休みなさい父上」


 父は言葉を返す代わりに、私の背中をぽんぽんと軽く叩いた。


「歳三、明日は休養日にすると戻ったら兵たちに伝えてくれ」


「おう。警備の兵士以外は自由行動にするぜ」


 こうして軍事組も解散となった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 次の日、朝食を摂りに食堂まで行くと、そこには懐かしい景色が広がっていた。


「おはよう、レオ」


「さぁ、早く座りなさい」


「おはよぉレオくん」


「おはようございますレオ様。お食事の準備は出来ています」


 久方ぶりの、家族全員揃っての食事だ。


「皆さんおはようございます!」




 やはり食事は会話も調味料だ。戦中の食事は何も味を感じなかった。こうして皆と話ながら食べる温かな食事が、結局のところ一番美味しい。


「───あぁ、そうだ母上。私が書いた意見書はお読みになられましたか?」


「えぇ。人口増加による街の拡大方針についてね」


 せっかく壁が壊れたので、直すついでに街を拡大しようという私の考えだ。


「今すぐに、というのは難しいわ。なにせ全ての壁を壊すとなると、結局北の壊れた所を直す方が早くて安いもの。でもレオが真剣に街のことを考えてくれたのは嬉しいわ」


「そうですか。……分かりました!では案の一つにということで!」


 とりあえずは壁は直す方向でいくようだ。




「それと、父上、母上。大切なお話があります」


「うむ。なんだろうか」


 父は私に顔を向ける。私はごくりを唾を飲み下し、言葉を続ける。


「次の『英雄召喚』についてです」


「ほう!遂に魔力が貯まったのか!」


 私はブレスレットを見せた。中央の魔石はほのかに光を放ち、その模様はまるで目のような筋を描きながら波打っている。


「はい。次の英雄は「諸葛亮」という男にしようと思っています」


「うーん。やっぱり名前を聞いただけでは何も分からないわ」


「……だが、レオが決めたことなら俺たちに反対する理由などないさ!」


「そうね。レオが選んだ方ならきっと素晴らしい人物に違いないわ!」


 まずは父も母も私の『英雄召喚』に賛成してくれるようで良かった。しかし、丁寧な説明を欠かしてはいけない。


「食事が終わったら一度会議室に集まって貰えますか?彼のこと、ちゃんと伝えておきたいんです」


「うむ。分かった」


「えぇ。もちろんよ」


 二人とも頷いてくれた。プレゼンというのは久しぶりだが、好きな分野だからか腕が鳴る。


「あれれぇ、レオくん。そうやってお勉強をサボるのかなぁ?」


「し、シズネさん……」


「あらあら」


 食堂に笑い声が響く。そんな毎日がまた戻ってきたのだと、私は嬉しく思えた。

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