19話 さようなら

「いよいよ始まるんだな……」


「あァ。……白旗上げとくか?」


「いや、それはもういい」


  北門の主塔から見た敵陣は、昨日と明らかに違う陣形。そしてなにより、中央には四基の攻城塔と、二台のカタパルトがあった。


  幸いなことに、まだ兵を補充したりと準備があるのかそれらは動き出していなかった。


「正面から迎え撃てると思うか?」


「いや、無理だろうな。仮にこの北門が耐えられたとしても、他のところが動き始めれば、確実に手が回らなくなってお終いだ」


「だろうな」


  つまりは、我々に残された選択肢はただ一つ。


「西門から打って出て、敵包囲網を突破!そしてそのまま敵本陣に急襲をかける!壁上に弓兵のみ残し、後の全兵力を西門に移動させろ!」


「は!」


  兵士たちが一斉に散らばる。彼らが各方面の兵士に伝え、西門に集結した時、最後の戦いが始まる。


「私たちは一度、最後に会議をしよう。ゲオルグたちを集めてくれ」


「分かった!」


  そう言い残し、歳三は走り去った。





───────────────


  全員が集まるまではまだ時間がかかるだろう。私は歩いて屋敷に向かった。


  何度も通ったこの道を通り、見慣れた街並みを眺める。


  民たちは家に籠り、兵士だけが慌ただしく走り回っている。


  まるで自分だけが取り残されたかのように思えた。


  時間の流れが遅く感じられた。


  この景色を、生きてまた見られることがあるのだろうか。



  私はぼんやりと、そしてフラフラと足を屋敷に向けて踏み出す。


「レオ様、お屋敷までですか!?乗ってください!」


「……あぁ、すまない」


  伝令の彼が通りがかりに私を拾ってくれた。


  私は、無骨で冷たい鎧にしがみつく。


「君、名前はなんという?」


「僕ですか?僕はタリオです!」


「タリオ君か、覚えておこう」


「光栄です!」


  覚えたところで、後で恩賞を渡すことさえ叶わぬやもしれぬが。


  馬の上の乗り心地は良いものとは言えない。私も乗馬は一応出来るが、好んで乗りたいと思うほどではなかった。



 "A man on a horse is spiritually as well as physically bigger than a man on foot."- John Steinbeck



  私はそんな言葉を思い出した。


  私は、最期の時は敵に囚われてでは無く馬の上で、などと思った。


  タリオのような若者を死地へ送り出し、自分だけ生き残るなど出来ないと、私の尊大な虚栄心がそう思わせた。


  自分一人死ぬ事が彼らへの弔いになるはずもないというのに。


「タリオ、死ぬなよ」


「いえ!命に代えてでもレオ様をお守りします!」


「いや───。…………そうか」


  彼は私のために命を投げ捨てることも厭わない。


  その私は今から死ににゆこうとしている。


  抜き差しならないこの事態に、もはや自分の頭と感情が食い違っていた。





───────────────


「到着しました!」


「ありがとうタリオ」


  私は手を借り、馬から降りた。


「それではご武運を!」


  そう言い残し、彼は本来の仕事へと戻って行った。小さくなっていくその背中を眺める。



「レオ様!外は危険です!早く中へ!」


  そう声をかけられるまで、私は立ち尽くしていた。


「マリエッタ、至急武器庫から私の武器と鎧を持ってきてくれないか」


「……!まさかご自身が出陣なさる訳ではないですよね!?そんなこと私が許しませんよ!」


「止めないでくれ……」


「だめだよレオくん……」


  マリエッタとシズネは当然私を引き止めた。



「おいレオ、何してんだ!早く済ませるぞ!」


  馬で駆けてくる歳三に遮られ、マリエッタはこれ以上反論することなく武器庫の方へ向かった。


  何か話しかけようとするシズネを横目に、私は会議室に向かった。


「ゲオルグたちは?」


「すぐに来る!それよりレオ、さっさと覚悟を決めやがれ!……敵はもう動き始めたぞ!」


「……・・!」


「あと一時間もしないうちに攻撃が始まる!北門だって何時間持つか分からない!」


  もう、残された時間はない。


「すまん遅くなった!こいつらを拾ってたら時間がかかっちまった!」


  ドタバタと大きな音を立ててゲオルグたちも到着した。セリルやベンもちゃんと来ている。


「それでは手短に。……まず、歳三、ゲオルグ、ナリスの攻撃部隊は西門より出撃。敵傭兵部隊を早急に撃破し北の敵本陣に急襲」


「あァ!」


「腕がなるな!」


「窮地にこそ勝機を見出すしかないですね」


  勇敢な戦士に敬礼を。


「ベンたち義勇兵は北門で、万が一突破された時には迎え撃つ準備をしていてくれ。……ただし、万が一攻撃部隊が壊滅した場合は、共に命を捨てる必要は無い。降伏し救命するのだ。セリルと共に戦後のウィルフリード復興を頼んだ」


「はい!」


  ベンは体の前で拳を握りしめる。


「その言い方、まるで自分が死ぬかのようですねレオ様?」


「セリルよ、痛いところを突いてくれるな。……私が仮に敵に捕まったとして、父や母はどうする?私を人質に敵はどんな要求をするだろうか」


「うむむ……」


「それに私一人がどさくさに紛れ逃げたとして、帝国貴族として帰る場所など無いよ」


  そうだ。もはや退くことは許されない。


「レオ!自分の境遇を嘆くのは後にしろ!一番まずいのは反撃することすら間に合わなくなることだ!」


「そうだな。……では、諸君らの健闘を祈る!」


「おう!!!」


  私の号令とともに彼らは会議室を飛び出し、それぞれの戦場へ向かった。


「レオは俺と一緒に来い!」


「あぁ、ちょっと待ってくれ」


  数人だけが残された会議室には、私の装備を持ったマリエッタとシズネの姿があった。


「ありがとうマリエッタ。……今まで本当にありがとう」


「必ず戻ってくると約束してください!出ないと私はウルツ様やルイース様になんと言えば……」


「ごめん」


  私は彼女から装備を受け取り、別れを告げた。


「シズネさん。短い間だったけど、あなたと会えてよかった。その……、お元気で……」


「レオくん……」


  私は彼女の白く細い手を取り、握手をした。彼女の指は冷えきっていて、すこし震えているのが分かった。


  いや、それは私の震えだったかもしれない。


「さぁ!早く!」


「行こうか」


  歳三は私の腕を引っ張る。


「歳三!」


  マリエッタが叫ぶ。


「すまんな……」


  歳三はマリエッタを一瞥し、私を連れていった。






───────────────


  私は歳三と一緒に馬に乗り、西へ向かった。


  私たちは終始無言だった。


  西門前に着くと、そこには総勢千人の兵士が陣形を組んでいた。私と歳三はその真ん中を進む。


「おい!そこの兵士!この坊ちゃんを引きずり下ろせ!」


  私は歳三の言葉が理解できなかった。しかし、後ろから覗く彼の顔は今までに見た事のないくらい真剣な面差しだった。


「は!」


  なんの因果か、その兵士はタリオだった。


「おい何をする!離せ!」


「申し訳ありませんレオ様。……しかしあなたはここで死ぬべきじゃない」


  タリオは私を後ろから羽交い締めにする。私は体を持ち上げられ、抵抗虚しく逃げることは適わなかった。


「レオ、お前は上から見届けろ。……生きて新時代を見届けろ」


「どういうことだ歳三!」


  私はタリオに引きずられ、壁上まで連れてこられた。眼下には歳三たちが隊列をなしているのが見える。


「いいか!よく聞け!」


  歳三が先頭で叫ぶ。


「目指すは敵本陣!北門が突破されるまでに敵の大将を討ち取れ!ウィルフリードの為に!今!その命を捧げろ!」


「おおおおお!!!!」


「ウィルフリード万歳!!!!」


  男たちの声で大地が揺れる。


「行くぞォォォ!!!開門!!!!!」


「やめろ歳三!」


  跳ね橋が下ろされる中、歳三は私の方を見上げた。


「……じゃあなレオ」


  歳三は刀を抜き、天に向ける。


「やめろォォォォォ!!!」


「──────突撃ィィィィ!!!」


  歳三は刀を振り下ろした。その合図とともに、一斉に騎馬隊から橋を渡っていく。


  私の声は、歳三の声と騎馬の駆ける音でかき消された。


「クソ……。お前まで私を置いて行ってしまうのか……」


「…………」



  私は涙で霞む景色の中、遠ざかり届くはずもない彼らに手を伸ばした。

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