4章 強くてニューゲーム

4-1. 神様誕生

 神様になるための研修は熾烈を極めた。

 シアンはノリノリでしごいてくるので、ユリアはついていくので精いっぱい。

 座学では情報理論の基礎を叩きこまれ、情報エントロピーの計算にうならされる。実技では、いろんなツールを自分のイメージの中で使いこなしながら管理データを書き換えていくことを何度もやらされた。これを使うことで、空を飛んだり、魔法のような効果を実現したりする。特に対テロリスト用のハッキングの実技が大変で、毎日何度もシアン相手にハッキングを仕掛けては返り討ちに遭って黒焦げになっていた。

 ハッキングの世界ではハックを仕掛けた瞬間が一番危険なのだ。手練れ相手には攻勢防御を食らってしまう可能性が高い。なので、ハッキングは慎重に敵の虚をつくのが大前提だが、シアン相手にはなかなか隙は作れなかったのだ。


「だいじょぶ、だいじょぶ! ユリアちゃん筋がいいからすぐ慣れるよ!」

 シアンはそう笑いながら黒焦げにしたユリアを再生する。

 ユリアは炭になった身体を元に戻してもらいながら、虚ろな目でシアンを見ていた。


       ◇


 研修最終日、ユリアはシアンの猛攻を何とか防ぎ切り、合格のお墨付きをもらった。

「これで研修は終了、お疲れちゃん! これが合格証だよ」

 ニコニコしながらシアンは白く透明なブレスレットを渡した。

「え? 何ですかこれ?」

「良く分かんないけど、星を守ってくれるお守り。星が破滅しそうになったらこれを神の力で引きちぎると守ってくれるんだって」

「そ、そうなんですね。どうやって……守ってくれるんでしょう?」

「うーん、パパが作ったので僕も良く分かんない。宇宙のかけらで出来てるんだって」

「宇宙の……かけら?」

「ここ、仮想空間だけど、このブレスレットだけは本物の宇宙でできてるんだよ」

「えっ!? オリジナルの宇宙ですか?」

 ユリアはブレスレットを光に透かして見る。中には薄い半透明の膜が無数に層をなしており、入ってきた光が複雑に反射してキラキラと多彩な色で輝きを放っている。

「ここだけ特殊処理してるんだろうね。なかなか贅沢な品だよ」

 シアンはうれしそうに笑った。

「オリジナルの宇宙って、どんなところなんですか?」

「点だよ」

「え? 点……?」

 ユリアは何を言っているのか分からなかった。壮大な大宇宙が広がっているのかと思ったら単なる点だという。

「宇宙とは情報が無限に詰め込まれた世界、空間なんて要らないんだよ。だから事象の地平面イベントホライズンの向こう、全てが点になる世界にあるんだ」

「では、点の中身がこの世界……ってことですか?」

「そうだね」

 ユリアは眉間にしわを寄せて一生懸命考えてみたが全くイメージが湧かなかった。しかし、シアンが言うのならそうなのだろう。そして、その点の中の情報がこのブレスレットに直接宿っているのかもしれない。よく見ると薄い膜には10101011001010という無数の数字が表示され、その数字は高速に変わり続けていた。

 なるほど、これを壊すという事はこの数字をこの世界にぶちまけるということ。それはリアルな宇宙が仮想空間を浸食することであり、とんでもないことになるのではないかと、ユリアは背筋がゾッとした。


        ◇


 田町のオフィスに戻ると、シアンが紅茶を入れ、ユリアに出しながら聞いた。

「明日には時間を巻き戻して送還するけど、あの星どうするか決めた?」

「はい、この地球の歴史を調べたんですが、星の繁栄には貧富の格差の解消と、若者が自由に活躍できる環境が必要かなって。なので、まずは世界を統一して環境づくりからやろうかと」

 ユリアはそう言って、ベルガモットの香りを楽しみながら紅茶を一口すすった。

「ふぅん……。いいんじゃないかな? でもこの星と似たようなもの作ってもダメだよ?」

 シアンは鋭い視線でユリアを見る。

「はい、幸いうちの星には魔法システムが動いているので、それを活用した新しい民主主義を作りたいんです」

「なるほど。この星の民主主義はちょっと古いからね。確かに新たに始めるなら真似ない方がいいかな」

「ウソがばれる魔法とか使うといいんじゃないかと……」

「え? 政治家がウソをつけなくなるってこと? それはまた面白い世界になりそうだね」

 シアンはうれしそうに笑った。

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