3-9. 六十万年の営み

 少しずつ大きくなっていく海王星……。

 よく見ると表面には筋模様が流れ、ところどころ暗い闇が浮かび、生きた星であることを感じさせる。

 目を上げれば、十万キロにおよぶ壮大な美しい楕円を描く薄い環が海王星をぐるっと囲み、その向こうを濃い天の川が流れている。

 ユリアはその雄大な大宇宙の造形に圧倒され、思わずため息をついた。


 どんどん海王星へと降りて行く一行――――。


「さぁ、大気圏突入よ! 衝撃に備えて!」

 ヴィーナは楽しそうにそう言うと、何重かに張ってあるシールドの先端が赤く発光し、コォ――――っと音がし始めた。

 やがてその光はどんどんと輝きを増し、直視できないくらいにまばゆくなっていく。


「こ、これ、大丈夫なんですか?」

 ユリアは顔を手で覆いながら聞く。

「失敗したらやり直すから大丈夫」

 ヴィーナはこともなげに答える。

「や、やり直す……?」

 ユリアが言葉の意味をとらえきれずにいると、レヴィアは、

「時間を巻き戻してもう一回やるってことじゃ。女神様を常識で考えちゃイカン」

 と言って、ポンポンとユリアの肩を叩き、ユリアは絶句する。


 やがて発光も収まり、一行は雲を抜け、いよいよ海王星へと入って行く。

 目の前に広がる真っ青な星の表面はところどころ台風の様に渦を巻いており、まるで荒れた冬の海を思い起こさせる。


「こんなところに私たちの星があるんですか?」

 ユリアは怪訝けげんそうに聞く。

「そうよこの星の中に地球は一万個ほどあるのよ」

「一万個!?」

 ユリアはその途方もない話に唖然とする。

 この荒れた海の様な世界に、自分たちの星を含め、一万個もの星があって無数の人が息づいているというのだ。

 ユリアはジェイドの手をギュッと握り、ジェイドを見る。

 するとジェイドは温かいまなざしで優しく微笑み返し、うなずいた。


 海王星はガスの惑星、地面はない。一行は嵐の中、青に染まる世界をどんどんと下へと潜っていく。

 徐々に暗くなり、下を見ると恐ろしげな漆黒の世界が広がっている。それでもどんどんと深くもぐっていくので、ユリアは思わずジェイドの腕にしがみついた。


 真っ暗な中を進むと、やがてチラチラと遠くの方に明かりが見えてくる。何だろうと思っているとそれは巨大な構造体の継ぎ目から漏れる明かりだった。

「えっ!?」

 人の気配すらない壮大な惑星の中にいきなり現れた、何の飾りつけもない無骨な巨大構造物、その異様さにユリアは圧倒される。

 それは広大な王宮が何個も入りそうな巨大な直方体で、上部からはまるで工場の様に煙を噴き出していた。さらに近づくと、漏れ出る明かりに照らされて、吹雪の様に白い物が舞っている様子が浮かび上がる。

 そして、その構造物はよく見ると向こう側にいくつも連なっていて、まるで吹雪の中を進む巨大な貨物列車の様に見えた。


「これが地球の実体『ジグラート』よ」

 ヴィーナは淡々と説明する。

「な、なんで、こんな所に?」

「ここはね、氷点下二百度。太陽系で一番寒い所だからよ。コンピューターシステムは熱が敵だから……。あ、あなたの地球はこれね」

 そう言って、奥から迫ってくる次のジグラートを指さし、近づいて行く。

 ジグラートは高さが七十階建てのビルくらいで、その高さの壁が延々と一キロメートルくらい向こうまで伸びている。その巨大さにユリアは圧倒され、言葉を失う。

 漆黒の壁面パネルは不規則にパズル状に組み合わされており、そのつなぎ目から青白い灯りが漏れ、その幾何学模様の造形は前衛的なアートにすら見えた。

 これが自分が生まれ育ってきた星……という事らしい。壮大なオンテークとその森や美しい南の島の海、泳ぎ回る魚たち、そして、王都とそこに住む十万人の人たち、それらがすべてこの構造体の中に息づいているという。それはあまりに飛躍しすぎていてユリアはうまく理解できなかった。


「これ作るのに、どれくらい時間かかったと思う?」

 ヴィーナはニヤッと笑ってユリアに聞いた。

「え? これ……ですか……? うーん、千年……? いや二千年とかですか?」

「六十万年よ」

 そう言ってヴィーナは肩をすくめた。

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