第36話 『本当に来たんだ……』

「わぁ~……」


 駅に着いた僕たちは、早速電車に乗ると、目的地であるショッピングモールへ向かっていた。


 電車の中は比較的に空いていて、僕たちは座席に座ることができた。


 最寄りの駅から目的地までそこそこあるため、できるだけ立ち乗りは避けたかったから、座れたので安心する。


 沙知の体力的にも座れるというのは本当に有り難い。


 これも予め混雑しない時間を調べといて良かったと思う。


 内心ホッとしながら、僕は隣に座る沙知の横顔をチラリと見る。


 彼女は電車から見える外の景色を、目を輝かせながら眺めていた。


 まるで小さな子どものように、楽しそうに無邪気に見ている沙知。そんな彼女の姿を見て僕は思わず笑みがこぼれてしまう。


 どうやら沙知は電車に乗るのが初めてらしく、窓の外から見える景色を興味深そうに眺めていた。


 早々と移り変わる景色が珍しいのか、ずっと窓に張り付いたまま目を輝かせている。

 その姿を見ているだけで、自然と笑みがこぼれてしまう。


 ああ……本当に可愛いな……。


 そんな感想を抱きながら沙知の横顔を眺め続けた。電車からの景色を眺めている彼女の横顔は、とても愛らしかった。


 それに隣同士で座っているから彼女の顔がとても近くてドキドキする。


 いつもとは違う髪型。初めて見る彼女の私服。それに目に付くのは僕がプレゼントしたヘアピン。


 普段は制服姿しか見ていないから、こういう格好の彼女を見るのは初めてだ。


 新しい彼女の一面を知れて嬉しい反面、心臓がバクバクと脈を打つ。


 そしてそれが心地良いと思ってしまう自分がいることに気付く。


「ん? どうしたの?」


 僕がずっと沙知のことを見つめていることに気付いたのか、彼女は不思議そうな顔をしながら僕を見る。


「ああ……いや、楽しそうに外を見てるなって……」


「まあね、電車に乗るの初めてだし、外を眺めてると楽しいじゃん」


 そう言って沙知はまた外の景色に視線を移した。


 電車からの景色をただ眺めているだけなのに、沙知はとても楽しそうだった。


 確かに電車の窓から見る景色はちょっと楽しいのは僕も分かる。


 ただこんなにも楽しそうにしている沙知を見ていると、僕も嬉しい気持ちになってきた。


 今日はまだ始まったばかりだけど、沙知の楽しそうな姿に僕は満足していた。


 彼女が楽しんでくれていると、僕も嬉しいから。


 そしてそのまま目的地の駅に到着した僕たちは電車を降りると、改札を抜けた。


「う~ん……良い天気!!」


 外に出ると沙知は大きく背伸びをする。そして両手を空に向かって広げていた。


 確かに今日は雲一つない快晴で天気には恵まれた。


 六月も終わりに近付いてきて、暑い日が続いていたが、今日は特に過ごしやすい。


 気温も湿度もちょうど良くて、絶好のデート日和だった。


「それじゃあ、ショピングモールまで歩こうか」


「うん」


 沙知は笑顔で頷くと、手を僕の前に差し出してくる。


「ん?」


 一瞬、僕は沙知が何をしているのか分からなかった。すると沙知はキョトンとした顔で僕を見る。


「あれ? 恋人同士ってこういうときに手を繋ぐものじゃないの?」


「えっ? いや、その……」


 沙知の言葉に僕は言葉を詰まらせる。確かに世間一般的には手を繋ぐのかもしれない。


 でも、まさか沙知の方からそんなことを言ってくるなんて思わなかった。


「もしかして、違った?」


「そんなことないよ……うん、繋ぐよ」


「じゃあ、はいっ!!」


 そう言って沙知は僕の手を握ると、そのまま一緒に歩き始めた。


 僕は内心ドキドキしながら、沙知の方を見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。


 この笑顔は僕と手を繋げたから喜んでいるわけじゃない。ただ、純粋に映画を楽しみに思っているだけだろう。


 それでもいい。こんなにも近くで沙知の笑顔を見ることが出来るのだから。


 そんなことを考えながら、彼女の歩幅に合わせて、ショピングモールまで手を繋ぎながら一緒に歩く。


「沙知、どう? 歩けそう?」


「うん、大丈夫、前までだったらちょっと心折れてたかも」


「そっか」


 沙知の言葉に僕はホッと胸を撫で下ろした。どうやら、この程度の距離なら大丈夫みたいだ。これなら映画館まで行くのも問題なさそうだ。


 今日まで毎日一緒にちょっとずつ歩いた甲斐があった。沙知の体力も少しずつだけど付いてきているみたいだ。


 まあ、それでも油断は出来ないけど。


「ねえ、頼那くん」


「なに?」


「映画の時間大丈夫?」


 沙知に言われて、僕はポケットからスマホを取り出す。時間は午前十時前。


「大丈夫、結構余裕もって来てるから」


「おお~あたしの足の遅さをちゃんと考慮済みみたいだね、良かった良かった」


 沙知は感心した様子で頷いていた。まあ、確かに沙知の体力を考えたら、余裕を持って行動した方が良いだろう。


「……」


 ふと僕は沙知の顔を見る。すると彼女は何か考え事でもしているのかと思ったら、すぐに何か決めたような表情を浮かべた。


「えいっ!!」


 沙知は突然僕の腕に抱きついてきた。いきなりの行動に僕は思わず声を上げてしまう。


「さ、沙知!?」


「どう? 頼那くん的にこれって嬉しい?」


「う、嬉しいけど……その……」


 突然、沙知に腕を抱きつかれたことで、戸惑いも感じている。だが、しかし、それよりも気になることが一つ。


「沙知……胸が……」


 さっきからずっと腕を通じて彼女の胸の感触が伝わってくる。とても柔らかくて弾力のある感触が伝わってきて落ち着かない。


「アハハ、頼那くん、顔真っ赤~」


 僕の反応を見て沙知は楽しそうに笑っていた。恥ずかしいけど……でもそれでも嫌な気持ちにはならない。むしろこのままずっとこの感触を味わいたいとさえ思う。


「頼那くんってやっぱりあたしに興奮しちゃうんだ」


 そう言って沙知は更に腕を抱きしめてくる力を強めてきた。力こそは強くないけど、それでも僕の腕が沙知の胸に沈んでいく。


「あ、あの……沙知……どうして急に?」


 僕は思わず声を詰まらせながら言うと、沙知はニッコリと満面の笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんがこうしたら頼那くん喜ぶよって」


「あっ……なるほど……」


 沙知の言葉でどうしていきなり腕を抱かれたのかを察した。


 沙知がこんなこと自発的に……からかい目的ならやる。だが、デートという状況ではやらない。そもそもそういう発想がない。


 つまり、姉御の入れ知恵。


「どう? 嬉しい?」


「……はい、とても」


 これは素直に認めるしかないだろう。実際、沙知に抱きつかれて嬉しくないわけがない。


 そして沙知に入れ知恵した姉御には感謝したい気持ちだ。


「そっか、でもちょっと歩きづらいかな」


「あっ、うん……そんな身体をガッツリ寄せなくて、腕と腕を絡めるとかで……」


「うん、分かった」


 そう言って沙知は腕から離れると、今度は僕の腕を優しく抱き寄せてくる。そしてさっきよりかは少し歩きやすくはなった。


 しかし、手を繋ぐよりも顔の距離が近い。肩と肩が触れ合って、彼女の吐息が僕の耳元まで届く。


 そして、沙知の体温も直に感じてしまい、僕は思わずドギマギしてしまう。


「どうしたの? まだ顔赤いけど、あたしでそんなに興奮してるの?」


「う、うん……」


 沙知の言葉に僕は素直に答える。まあ実際当たっているし……。正直、もう理性を抑えるのが辛いくらいドキドキしている。


「アハハ、ホント、頼那くんってあたしのこと、好きだよね」


「う、うん……」


 沙知に言われなくても自覚している。僕は沙知のことが好きだ。それは間違いない。


 でも、こうして口にされると……やっぱり恥ずかしい。


 何というか……身体中がむず痒い。


 そんな僕を沙知はからかうような表情で見ながら一緒に歩く。


 そして、目的地のショッピングモールへと辿り着いた。


 沙知の体力も考慮して、余裕をもって来たから、まだ時間には余裕がある。


 まあ、沙知の体力よりも僕のほうが先に限界を迎えるかもしれないけど。


 とりあえずは映画館の場所まで沙知を連れて行こう。


 そこから更に、映画館のあるフロアまでエスカレーターで上がる。


 それから少し歩くと映画館に到着した。


「着いたよ、沙知」


「うわ~…………本当に来たんだ……」


 沙知は感嘆の声を上げながら映画館の様子を見つめていた。


 気づけば、僕の腕から手を離している。


「あっ……」


 離れた瞬間、思わず名残惜しそうな声が出てしまい慌てて口をつぐむ。


 どうやら沙知には聞こえてないみたいだ。


 良かった……聞こえてないみたいだ。


 沙知は嬉しそうな笑みを浮かべて、映画館の周りをぐるぐる見て回っている。


 そんな子どもっぽい反応をしているのを見て、思わず笑みが溢れてしまう。


「沙知、チケット買いに行こうか」


「うん!!」


 沙知は元気よく頷くと、僕の横をトコトコと付いてくる。その姿もまた可愛い。


 それから券売機で映画のチケットを購入する。今日観る映画はSF系の作品。


 今上映中の映画を調べたら沙知が観たいと言っていたのが、SF系の作品だったから、今回はそれを観ることにした。


 正直、沙知と一緒に映画に行ければ、それで良かったので、映画の内容は詳しくなかった。


「沙知、席どこにする?」


「空いてるところだったらどこでもいいよ」


 沙知にそう言われて、僕は席の空いている場所を探す。すると、少し後ろで観やすそうな席が空いていた。


「沙知、ここでいいかな?」


「うん!!」


 沙知の了承を得て、席を選ぶと、料金の支払い画面に移動する。


 沙知は自分の鞄から財布を出そうとするが、僕はそれを制する。


「あっ……沙知は出さなくていいよ」


「えっ? どうして?」


「ほらっ、今日は僕が誘ったから、沙知はお金出さなくていいよ」


「でも、あたしも楽しみで観るわけだからあたしが払うのは当然じゃない?」


 沙知は納得のいかない様子で、僕に反論してくるが、僕は首を横に振る。


「いや、その……せっかくのデートだからちょっとカッコつけさせて欲しいな」


「う~ん……別にそんなことでカッコつけなくてもいいのに」


 沙知は口を尖らせながら言うが、僕は引き下がらない。せっかくのデートなのだから、ちょっとした見栄くらい張らせてほしいものだ。


「まあ、今日は僕に奢らせて」


「う~ん、そこまで言うなら……分かったよ」


 沙知は渋々といった様子で納得してくれた。


 僕はホッと胸を撫で下ろすと券売機でチケットを購入する。そしてそれを沙知に渡した。


 すると彼女は嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると僕も嬉しくなる。


「ありがとう」


「ううん、どういたしまして」


 僕がそう言うと、沙知はニッコリと微笑んでくれる。そんな彼女の笑顔を見ると僕も自然と笑みが溢れてしまう。


 チケットを購入して僕たちは、まだ少し時間があったから近くにあるゲームセンターで時間を潰すことにした。


 何の変哲もない普通のゲームセンターだけど、沙知からすれば知らない目新しいものばかり。


 終始興奮した様子でゲームセンターの中を見て回っていた。


 それから上映が始まる前に売店でポップコーンと飲み物を購入しようと列に並んでいたのだが……。


「すごい!! 今ポップコーンってこんなにも種類あるの!?」


 メニュー掛かれているポップコーンの商品を見て、沙知は目をキラキラさせていた。


 どうやら想像していたものよりも種類が豊富だったから驚いているみたいだ。


「王道の塩に……キャラメル……イチゴ? チョコ? えっ? チーズ?」


 メニュー表を見て困惑している沙知。そんな彼女を微笑ましく見ていると、不意に腕を掴まれて激しく揺さぶられる。


「ちょっと、頼那くん!! どれが美味しいの!? ねえ、どれがオススメ!?」


 沙知にそう訊かれて僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。正直、僕もポップコーンは普通のしか食べたことがないからよく分からない。


「えっ!? どうしよう……こんなにも種類あるなんて……う~ん……」


 沙知はメニュー表を見つめながら、唸り声を上げている。どうやらかなり悩んでいる。


 本当に沙知はポップコーンが好きみたい。


「そんなに悩むならあとで頼んでテイクアウトする?」


「あっ、そっか!! それもそうだね!! じゃあそうしよう!! そうと決まれば、買うのは塩とキャラメルのハーフにしよう!!」


 そう言って沙知は早速店員さんに注文をした。どうやら沙知のポップコーンは決まったみたいだ。


 それから数分後、僕と沙知はそれぞれ自分のポップコーンと飲み物を購入して映画館の中へと入っていった。


「わぁ~ドキドキする~」


 席に座ると、沙知はワクワクした様子でポップコーンを食べながら館内を見渡す。


 まだ始まってもいないのにこんなにテンションが高いのを見ると、ずっと楽しみに待っていたんだなって分かる。


 僕も飲み物を飲みながら映画の始まりを待つ。その間も沙知は楽しそうにしながらポップコーンを食べていた。


 そんな彼女を微笑ましく思いながら、僕はスクリーンへと視線を移すと、ちょうど映画が始まった。


 それから僕たちは時間を忘れて、ずっと映画を観ていたのだった。

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