第34話 『大切にするね』

「あいつにプレゼントを贈りたいだと?」


「うん、女の子って何を貰ったら喜ぶか、僕にはさっぱりだからさ、それで沙々さんにアドバイスをもらえないかなと思って」


 先週のショッピングモールでのこと。


 沙々さんの買い物の手伝いをした後に、僕は彼女に沙知へのプレゼントを選びたいから何かいいアイデアがないか訊ねたのだ。


「別にアドバイスするのは構わないが……あいつにか?」


「うん、沙知に贈りたいんだ」


 僕がそう答えると、沙々さんはう~んと小さく唸る。何か悩んでいるようだ。


「あいつは人と感性がずれてるところあるからな……」


「それは常々思うよ」


 沙々さんの口から出てきたのは、沙知に対して非常に失礼な言葉だったが、それを否定することができない僕もいる。


 沙知の感性はかなり独特だから、僕でもたまについていけないときがあるから。


 そんな僕の発言に沙々さんは苦笑する。


「まあ、変な置物とかキーホルダーを贈るよりは実用性のあるもののほうがいいだろうな」


「そうなると日用品とか? アクセサリーとかになるかな?」


「そうだな、その辺りなら喜ぶだろうな」


 やっぱりそんなとこだよなと思いながらも、色々と考えてみる。


 確かに沙知はどちらかと言えば合理的なものを好む傾向にある。


 沙知の部屋にある日用品や家具とかは黄色重視。しかも黄色を好んでいるが理由は記憶力向上に繋がるからと、かなり実用性に重きを置いたものだ。


 動物のぬいぐるみも多いけど、それもリラックス効果と自分の趣味を反映させているものだ。


 その傾向からして、黄色で実用的で動物が付いているものは、喜ぶはず。


「ちなみに沙々さんは恋人からアクセサリーとか贈られたら嬉しい?」


「まあ、嬉しいな」


「へえ……そうなんだ……」


 僕の質問に沙々さんは即答する。その言葉に僕は少し呆気にとられる。


 クールでカッコいい沙々さんでもやっぱりアクセサリーとか贈られたら、嬉しいんだ。


「なんだ……その反応は……何か言いたいことでもあるのか?」


「いや、別に……沙々さんにもそういうところあるんだなって思ってさ」


「……お前、オレを何だと思っているんだ?」


「いや……その……」


 そんな僕の反応に対して沙々さんがジト目で僕を見る。僕はそんな視線から逃げるように目を泳がせる。


 そして、少し間を置いてから沙々さんが口を開く。


「まあ、一口にアクセサリーと言っても、贈るものによって様々な意味があったり、意味を込めることができる」


「そうなんだ……」


 僕がそう呟くと、沙々さんはこくりと頷く。


 どうやら沙々さん曰く、恋人に贈るアクセサリーには様々な意味があるとのことらしい。


 婚約指輪や結婚指輪のように恋人へ贈る指輪ももちろんだが、他にもネックレスやブレスレットなどの身につける装飾品にもそれぞれ意味が込められているのだとか。


「なるほど……プレゼントのを贈るのも奥が深いね」


「まあ、何も考えずに贈るのも良くないが、考えすぎるのも良くないからな」


「確かに……」


 沙々さんの言葉に僕は深く納得する。確かに意味だとかなんだとか考えすぎて、沼にハマって何も選べなくなるのは良くないよな。


「まあ、難しい話はこれくらいにして、アクセサリーや小物を扱っている店を見て回るか」


「うん、ありがとう沙々さん」


 それから何件かアクセサリーや小物を取り扱っている店を回って、沙知に似合うものを探す。


 そして、最後に訪れた店で、僕は探し求めていたものを見つけた。


 そんな経緯で、沙知へのプレゼントはキリンのシルエットがワンポイントで入ったヘアピンに決まったのだった。



 沙知は取り出したヘアピンをまじまじと見つめる。


「うん……その、どうかな?」


 僕は照れ臭さに頬を搔きながらそう訊ねる。


 普段女の子に贈り物なんてしたことないし、しかもこんなタイミングで渡したもんだから少し緊張している。


 そんな僕に対して沙知は不思議そうな表情を浮かべる。


「なんで、これをあたしに?」


「沙知って動物とか、黄色が好きだからキリンのヘヤピンなら喜ぶかなって思って」


「確かに……どっちも好きだけど……そうじゃなくて、なんでこのタイミングで?」


 沙知は僕がわざわざこれをプレゼントしてくれたことに疑問があるようだ。だから僕は素直に答えることにする。


「僕たちが付き合い始めて一ヶ月記念にと思って」


「……」


 僕の言葉に沙知はよく理解をしていないのか、軽く首を傾げる。やっぱり沙々さんの言う通り、こういったことには鈍いみたいだ。


「恋人同士って……一ヶ月とかそんな月単位で……贈り物するもんなの?」


「まあ、そうみたい」


 正直、マンガとかドラマの知識でしかないけど、恋人同士は一ヶ月とか記念日に贈り物をするものらしい。


 だから僕も沙知と付き合い始めて一か月が経ったから、何かプレゼントしようと思った。


 しかもちょうどデートの日が一ヶ月記念と近いからちょうどいいと思って買った。


 本当はデートの終わりくらいに渡そうと思っていたけど、沙知の体調が悪くなったから、今になってしまった。


「そうなんだ……でも、なんでヘアピンなの?」


「それは……」


 プレゼントにヘアピンを選んだ理由を聞かれて僕は少し緊張してしまう。


「それは?」


 沙知が僕を見て、言葉を復唱する。そんな沙知に対して僕は小さく深呼吸してから間を置く。


 確かにただプレゼントにヘアピンを選んだわけじゃない。ちゃんとした理由もある。


 だけど、いざ本人を目の前にしてそれを言うのは少しだけ勇気がいる。だから恥ずかしいけど伝えることにする。


 それは今の彼女にとって必要な言葉だと思ったから。それは僕が彼女に伝えなければならない言葉だと思ったから。


 僕は意を決して口を開いて、その想いを伝える。


「それは……沙知と一緒に居たいって気持ちの証明……というより誓いみたいなもの……」


「誓い……?」


 よく分かっていない様子の沙知に僕は続けて口を開く。


「うん、僕が沙知とずっと一緒に居るって……その誓い」


 そう、ヘアピンは僕からのメッセージだ。


『これからもずっと傍で支え続ける』という僕の想いの表れ。


 ヘアピンを相手に贈るという意味は『一緒に居たい』という意味だ。


 だからヘアピンをプレゼントしたんだ。しかも沙知の好きな動物のヘヤピン、黄色が沙知のイメージにぴったりだったから。


 黄色い動物と言われればキリンが真っ先に思い浮かんだから、僕はキリンのヘヤピンを選んだ。


「だから……沙知がどんなに身体のことで辛い思いをしても……僕はずっと沙知の傍に居るから……だから……」


 スウ……ハア……と深呼吸をする。顔が熱くなっているのを感じるし、きっと今の僕の顔は真っ赤だろう。

 だけど、自分の気持ちをちゃんと伝えたくて勇気を振り絞って言う。


「僕は沙知とは別れるつもりがないし……沙知とずっと一緒に居たいから」


「……」


 僕の言葉に対して、沙知はただ黙って聞いている。それから手に取ったヘアピンをまじまじと見つめる。


「頼那くん……」


 そしてポツリと僕の名を口にする。そんな沙知はベッドからゆっくりと起き上がってくる。


 それから沙知は僕の方を向いて、こちらを見つめてくる。彼女の瞳は泣いたせいか、少し赤く腫れていた。

 そんな沙知に対して僕はただただ見つめ返すことしかできない。


「……あたし……家族以外の人から……プレゼントを貰ったの初めて……」


「そうなの?」


 沙知から告げられた言葉に、僕はそう反応すると、彼女は小さく頷く。


「うん、だから、いま初めて……頼那くんからプレゼントを貰って……分かったことがあるの……」


「分かったこと?」


 僕が訊ねると、沙知は小さく頷いてから話を続ける。


「こんなにも他人が自分のことを想って何かをくれることが……こんなに嬉しいことだってこと」


 そう話す沙知の目には、涙が溜まっていた。さっきまでの悲しみで出た涙じゃない。嬉し涙だということが一目で分かった。


「さっきまでずっと不安だった、自分の体質で頼那くんを振り回すことは分かっていたけど、実際こんなことになって、頼那くんに迷惑かけてすごく不安で……嫌で……」


 沙知の目から涙が溢れて頬を伝っていく。そんな泣き顔を見られたくないのか彼女は手で涙を拭う。だけど、拭っても拭っても涙は止まることはなかった、それどころかどんどんと溢れてくる。


「だから……別れるって言われても仕方ないって思っていた、だってあたしよりも普通な女の子の方が……いいに決まっているから……」


 嗚咽を堪えながら、沙知は涙声でそう続ける。もう彼女の目からは滝のように涙が流れている。


「でも……頼那くんがこのヘアピンをプレゼントしてくれて、その意味を聞いて……あたしは安心したの……」


 沙知はヘアピンをギュッと握り締める。そのヘアピンを持つ手は小刻みに震えていた。


「だから……ありがとう、頼那くん」


「うん……こちらこそ受け取ってくれてありがとう」


 僕がそう伝えると、沙知は嬉しそうにニッコリと笑った。そんな沙知を見て、僕も思わず微笑む。


「頼那くん……」


 そう言って沙知はこちらにゆっくりと手を伸ばしてくる。そんな彼女の行動に僕は思わず首を傾げてしまうと、彼女は小さく笑う。


「ヘアピン……着けて」


「あっ、うん……」


 僕はヘアピンを受け取ると、そのまま彼女の綺麗で長い黒髪に着ける。


 女の子にヘアピンを着けてあげることが初めてだから、着けるのに手間取る。


 それに沙知の顔がすごく近いから、余計に着けづらい。


 そんなことを思いながら僕は彼女にヘアピンを着け終わる。そして、そのまま手を離すと、沙知はベッドから立ち上がって鏡で自分の姿を確認する。


「どう? ちゃんと着けれてる? 変な感じじゃない?」


 上手く着けれた自信がないから沙知に訊ねると、彼女はこちらを振り向いて微笑む。


 その笑顔はとても嬉しそうで僕も思わず見惚れてしまう。


「ううん、別に変じゃないよ……それよりもどう? 似合ってる?」


 沙知はそう訊ねながら僕の目の前までやってくる。その行動に思わずドキッとしてしまう。


「う、うん……よく似合ってると思うよ……」


「そっか……」


 沙知は小さく微笑む。そんな沙知に僕は見惚れていた。


 好きな女の子が自分の贈ったプレゼントを身につけている。


 それはとても特別なことなんだなって、改めて実感する。


「ねえ、頼那くん……」


「何? どうかした?」


 沙知が僕のことを呼ぶので、僕は彼女の顔を見てみる。


 そこには涙や悲しい顔ではなく、僕が惚れた、僕が一番好きな彼女の笑顔が浮かんでいた。


「ありがとう、大切にするね」


 その言葉に、僕は思わずドキッとしてしまう。その彼女の笑顔はとても眩しくて、可愛いらしいものだったから。


 そんな沙知の笑顔を僕は一生忘れることはないだろうと思った。


 それからしばらく僕たちは一緒にいた。だけど、まだ体調がすぐれないのか、沙知は横になりたいと言ってきたためベッドで休む。


 そして今、僕は沙知が横になっているベッドの前にいた。


「ねえ……頼那くん……来週……映画に連れてってくれる?」


「もちろん」


 沙知の頼みに僕は二つ返事で頷いた。すると、沙知は嬉しそうに笑いながらこう続ける。


「もし、また今日みたいに体調崩れたら?」


「そのときはまた今日みたいにお見舞いに行くし、映画もその次の週に行けばいいよ」


「ホント?」


「うん、約束だよ」


 僕が小指を差し出すと沙知もすぐに気付いて僕の小指に自身の小指を絡める。


 そして互いに指切りげんまんをするのだった。


 そんなやり取りをした後、僕は沙知の側で彼女の他愛ない話を聞いていた。


 話している彼女の顔はもう落ち込んだ様子はなく、いつも見ていた屈託のない笑顔だった。


 沙知が笑顔でいれるようになって、僕も本当に嬉しかった。


 今日のデートは流れてしまったけど、その代わりに彼女にとってとても価値があるものを贈れたと思っている。


 僕たちの関係はまだ始まったばかりだ。お互いのことを深く理解し合えるのはこれからだろう。


 でも、僕は彼女の笑顔を絶やさないように支えていこうって改めて誓うのだった。


 それからまた一週間が経った。沙知はというと、月曜日こそは休みはしたものの、火曜日から無事に学校に登校することが出来た。


 それに金曜日まで体調を崩すことなく学校生活を過ごすことができた。


 沙知が登校した日の登下校はなんと沙知自ら一緒に歩きたいなんて言ってきた。


 少しは体力を付けたい意志が、垣間見えただけでも僕は嬉しかった。


 そして迎えた土曜日のデート当日。


 天気は雲一つない快晴で、少し暑いくらいだった。


 僕は早めに起きてデートの準備を始める。すると、スマホからメッセージの受信音が聞こえてきた。


 そのメッセージの相手はもちろん沙知。沙知には起きたときにデートに行けるか行けないか教えてほしいと予め言っておいたのだ。


 メッセージを確認するとそこには──


『今日、めっちゃくちゃ元気!! 映画すっごく楽しみ!!!』


 そんな文章と共に、満面の笑みを浮かべる動物のスタンプが添えられていた。


 どうやら沙知は元気いっぱいのようだ。そのメッセージを読んで僕は安心すると同時に、早く沙知に会いたいと思うようになり、僕も早く家を出ることにした。


 沙知を迎えに彼女の自宅まで来た僕はインターホンを鳴らす。


 すると、家の中からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。それからドアがガチャッと開く。


「おはよう頼那くん」


 そう言って笑顔で出迎えてくれたのは沙知だったが、僕は彼女の姿に言葉を失った。


 何故なら今日の沙知の服装は、ベージュ色のオフショルダーのトップスと膝上くらいの黄色いスカート。


 そして髪には、僕がプレゼントしたキリンのシルエットが入ったヘアピンが付けられていた。


「あの……沙知? その格好は……?」


 僕は戸惑いながら思わず彼女に訊ねた。すると彼女は不思議そうに首を傾げる。


「この格好のこと?」


「うん」


 僕が頷くと、沙知は笑顔でこう答えた。


「良いでしょ~、この服お姉ちゃんがプレゼントしてくれたんだ~」


 自慢するようにクルリとその場で回って、僕に見せびらかせるのだった。

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