第27話 『何を見せられてんだ……』

 放課後、僕はテストの勉強会のために沙知の家にお邪魔していた。


「何か久し振りに沙知の部屋に来た気がする」


「そりゃ、頼那くんを部屋に入れるのは、初めて会ったとき以来だからね」


 沙知はそう言いながら鞄を勉強机に置くと、勉強道具を取り出した。


 僕も鞄を床に置いて、中から勉強道具を取り出そうとする。


「何か緊張するな」


「あはは、別にお姉ちゃんの部屋に何度も勉強しに来たことがあるんでしょ?」


「そうだけど、それでも異性の……それも彼女の部屋にお邪魔するとなると緊張するよ」


 僕はそう言いながら適当に教科書を何冊か取り出すと、机の上に置いた。


「そんなもんなの?」


「そんなもんなの」


 沙知の言葉に僕はそう返すと、鞄の中に入っていたテスト範囲表を机の上に広げる。


「今日はどこを勉強する?」


「ちょっと待って」


 僕が範囲表に目を向けて、そう尋ねると突然、バサッと何かが落ちる音がした。


 その音を聞いて僕は視線を上げる。

 すると、そこには制服を脱ぎ始めている沙知の姿があった。


「ちょっ……ちょっと、沙知!?」


「ん? 何?」


 驚く僕に対して沙知は普通に返事を返してくる。その様子から察するにわざとじゃないみたいだ。


 そんな彼女の姿を見て僕はドキッとしてしまう。ブラウスの第二ボタンまで外したことで見える白くて綺麗な彼女の肌。


 そして彼女の豊満な胸を包み込む可愛らしい黄色いブラジャーが僕の視線を奪って離さなかった。


「えっと……その……」


 僕は思わず目を背けてしまう。すると、沙知は意味が理解できないのか首を傾げた。


「どうしたの?」


 そう言いながらも制服を脱ぐのを止めない沙知。彼女の服を脱ぐ音だけでドキドキしてしまう。


「その……着替えるなら言って欲しかったかな……?」


 僕は正直に思っていたことを沙知に伝えた。すると彼女は納得がいったのか手をポンッと叩いて笑みを浮かべる。


「あっ、もしかして、あたしの下着姿が見て、発情した?」


「発情って、いやまあ……確かにそうだけど……沙知は恥ずかしくないの?」


 あまりにもストレートな発言に僕は思わず聞き返してしまう。すると沙知は平然と答えた。


「別に~、だってただの布切れと裸だよ? そんな見ても面白くないでしょ?」


 沙知はそう言うと床に落ちていた制服を拾って、ベットの上に置く。その際、彼女の大きな胸が圧迫されて苦しそうにしているのが分かった。


「ん? どうかした?」


 僕がずっと彼女を見ていたからか沙知が不思議そうにそう聞いてきた。僕は慌てて視線を反らす。


「い、いや……何でもない……」


 僕はそう答えると、沙知は今度はスカートを脱ぎ始めようとした。


「ちょっと、外出てる」


「え? 別に良いのに」


「いや、僕が良くないから!! 着替えたら言って!!」


 僕は慌ててそう言うと、沙知は渋々といった様子で頷いた。僕は急いで部屋の外に出ると、大きく息を吐く。


「はぁ~……心臓に悪すぎ……」


 そう呟きながらも僕の頭には沙知のブラジャーに包まれた大きな胸がこびりついていた。


「あんなの見せられたら……ムラムラするに決ま──」


「何にムラムラするだって?」


 僕が沙知の胸のことを口にしていると、突然声が聞こえた。振り返ると、そこにはキョトンとした顔の沙々さんが玄関で立っていた。


「さ、沙々さん!?」


「ここはオレの家なんだから何をそんなに驚くんだ?」


「あ、いや……その……」


「まあいい」


 沙々さんはそう言うと靴を脱いで家に上がってくると、僕の前までやって来た。


「それで今日はどうした?」


「えっと、沙知が勉強会をしてくれるって言って」


 僕は思わず正直に話してしまう。すると、沙々さんは意外そうな顔を浮かべた。


「あいつが誘ったのか?」


「は、はい……」


「そうか……珍しいこともあるもんだ」


 沙々さんはそう言うと、僕から視線を外して沙知の部屋を見る。


「それで勉強会しに来た島田、沙知の部屋の前で何をしているんだ?」


「えっと……それは……」


 僕が口ごもっているとガチャっと沙知の部屋の扉が開いた。


「頼那くん、着替え終わったよ?」


 そう言って姿を現した沙知は、動物の柄が入った黄色いパジャマに着替えていた。


 若干サイズがあっていないのか、お腹の辺りがチラチラと見えてしまっている。


 正直、目のやり場に困る格好だ。まあ、下着姿よりかは何十倍もマシだけど。


「あっ、お姉ちゃん、おかえり~」


「ただいま」


 沙知の言葉に返すと沙々さんは僕の方に目を向けた。そして僕をジーッと見てくる。


「な、何ですか?」


「なるほどな」


 僕の答えに沙々さんは不敵な笑みを浮かべてきた。一体何がなるほどなのか、全く分からない。


「島田がムラムラするって言ったのは、これの着替え姿を想像していたからか」


「い、いや……そんなことは……」


 僕がそう否定すると沙々さんはニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「別に隠さなくても良いぞ? 好きな女子の着替え姿に欲情するのは至って普通のことだ」


「いや、その……」


「違うよ、お姉ちゃん」


 僕が困っていると沙知が会話に割って入ってきた。彼女は僕と沙々さんを交互に見るとニコッと笑う。


「頼那くんがムラムラしていたのは、あたしの下着姿にだよ?」


「なっ……さ、沙知!!」


 僕の反応を見て楽しそうに笑う沙知。そんな僕の反応を見て、沙々さんは驚いた反応をする。


「下着姿? もしかして……沙知、島田の前で着替えようと……」


「うん、そうだよ?」


「お前、正気か?」


 沙々さんは信じられないといった様子で聞いてくる。その反応に沙知はキョトンとした。


「何か問題あるの?」


「大アリだ!! そもそも島田の前で着替えるなんて…………」


 沙々さんはそう言うと、僕の方に目を向けた。その目は『お前もそう思うよな?』と僕に同意を求めてくる。


 そんな彼女の目に僕は全力で頷く。その反応に沙知は納得いかないと言わんばかりに首を傾げた。


「別に良いじゃん、下着って言ったってただの布切れだよ?」


「いや、布切れって……お前は……」


 沙々さんは呆れた様子で言うと深く溜め息を吐いた。そして僕に同情の眼差しを向けてくる。


「ホント、よくこんなのと付き合えるな……」


「あはは……まあ、好きだから」


 僕が臆面もなく答えると、沙々さんは顔を赤くした。


「そ、そんなストレートに言えるのか……島田は」


「まあ……事実だから……」


 沙々さんの反応で自分が凄いことを口にしたことに気付く。そのせいで僕も顔を赤くした。


 すると、沙知は面白そうに笑って僕と沙々さんの間に割って入ってくる。


「頼那くんはあたしのこと、欲情するくらい好きなんだもんね」


「沙知!?」


 悪戯っぽく笑う彼女に僕は思わず声を荒げる。すると、沙々さんは頭を抱えるように再び溜め息を吐いた。


「はぁ~、島田はこんなにも一途なのに、この愚妹は……」


「愚妹って、お姉ちゃん!! いまあたしのことバカにした!?」


「そりゃ、バカにもするだろ」


 沙々さんはそう言うと再び僕に目を向ける。彼女の目は呆れているようだった。


「やっぱり、この愚妹よりオレと付き合うのが最善だぞ、島田?」


「えっ? いや……その……」


 沙々さんにそんなことを言われて僕は戸惑ってしまう。そんな僕の反応を見て沙知の表情が暗くなり始める。


「やっぱり……頼那くんはお姉ちゃんの方がいいんだ……」


 不味い、沙知がコンプレックスを刺激されている。僕は慌てて沙知をフォローしようとする。


「そんなことはない!! 僕は沙知のストレートな言い方も驚くけど、好きだから」


「……」


 沙知は無言のままで僕をジーッと見つめてきた。これはおねだりしているときの顔だ。


「そ、それに沙知の純粋なところ可愛いし、そんな顔も可愛いよ」


「えへへ、そんなに褒められても……まあ、この通りだけどね!!」


 沙知は嬉しそうにそう言うと胸を張ってみせた。どうやら僕の言葉で機嫌が直ったみたいだ。


 僕は安堵する。そんな彼女の姿を見て、沙々さんは何度目か溜め息を吐いた。


「オレは……何を見せられてんだ……」


「あ、あはは……」


 そんな沙々さんの言葉に僕は苦笑いで答えることしかできなかった。


「それじゃあ、頼那くん、勉強会始めよっか!!」


 機嫌を良くした沙知は僕の腕を引っ張って、部屋の中に連れていこうとする。


「えっ? うん、それじゃあ、沙々さん、また今度」


「あ、あぁ……それじゃあ、頑張れよ」


 沙々さんは僕の言葉にそう返すと手を振ってきた。僕もそれに応えるように手を振ると、沙知に引っ張られるがまま彼女の部屋に入った。


 そして、僕は沙知と勉強会をすることになった。


 沙知と勉強して分かったことは、彼女が意外と教えるのが、上手いとことだ。


 学校の授業よりも分かりやすい。そして僕の分からないところを順序立てて、説明してくれる。


 人に教えるには、人の三倍理解していないといけないというが、まさにその通りだと思う。


 彼女の説明を聞いていると、すぐに僕の中にある靄が消えたような気がした。


 沙知は本当に天才なんだと改めて実感した。


 ただ、問題があるとすれば、それは話が必ずと言っていいほど脱線することだ。


 気が付けば、僕の疑問に対しての深い説明になっていることが多い。絶対にテストには出ないであろう、雑学を聞かされることもあった。


 それでも、沙知の説明は分かりやすいので、僕は彼女の話を真剣に聞いていた。


 そして、勉強を始めて一時間ほど経ったときだった。


「あ~疲れた~」


 突然、沙知がそんなことを言い始める。彼女はそのままベッドの上に倒れるように横になった。


「沙知、大丈夫?」


 僕は彼女のことが心配になり声をかける。しかし、返事はない。


「……もしかして寝てる?」


 僕はそう言いながら彼女に近付くと、彼女は目を閉じてスヤスヤと寝息を立てていた。


「寝ちゃったのか……」


 僕はそう呟くと彼女の寝顔をジッと見つめる。


 普段は楽しそうにしている彼女だが、こうして黙って寝ている姿を見ると、本当にモデルみたいに美しい顔をしている。


 整った目鼻立ちに艶やかな髪。きっと誰もが美人だと認める容姿だ。そんな彼女だから寝ているだけでも絵になる。


「僕には勿体ないレベルで綺麗で可愛い彼女だよな……」


 僕は思わずそう呟いてしまう。本来なら釣り合うはずのない彼女と僕が付き合っていることが、本当に不思議な気分だ。


 僕は沙知に布団をそっと掛けてあげる。こんなに気持ち良さそうに眠っている彼女を邪魔したくはなかった。


 僕はちょっと休憩と沙知の近くに座った。それから何をするわけでもなくボーッとしていた。


 沙知の部屋は一度来たときと変わらず、黄色の家具や小物が多い。あとは動物の置物やぬいぐるみが沢山ある。


 本棚には図鑑やサイエンス系の参考書や雑誌など色んな本があって沙知の知的好奇心を物語っていた。


 その中によく見ると、気になる雑誌が一冊だけあった。


「あれ? これって……」


 僕はそれを手に取って、確認してみる。それはとてもボロボロで年季の入った雑誌だった。


 僕は気になってパラパラとページを捲っていく。そしてページを捲るたびにそこに書かれていることに驚いた。


「これって……」


「ん~、頼那くん……?」


 僕が雑誌を捲っていると、突然沙知が目を覚まし起き上がってきた。僕は慌てて雑誌を元の場所に戻して、沙知のほうを見る。


「あれ? 何で頼那くんが……ここにいるの?」


 寝ぼけているのか目を擦りながら沙知は聞いてくる。そんな彼女に僕は苦笑いしながら答えた。


「勉強会するって、沙知の部屋に呼んだの覚えてない?」


「あ、そういえば……」


 沙知は自分の頬をペチペチと叩くように触る。そして徐々に意識が覚醒してきたのか辺りをキョロキョロと見渡す。


「あ~あたし寝ちゃったのか~」


「うん、ぐっすりと」


「あはは……何かごめんね? あたし多分疲れたみたいで……」


 沙知はそう言いながら謝ってくる。僕は首を横に振って答えた。


「良いよ、気にしないで」


 ただでさえ体力のない沙知だから、疲れたなら仕方ない。僕は沙知にそう伝えると、彼女は申し訳なさそうにしながらも微笑んだ。


「ありがとう、頼那くん」


「どういたしまして、今日はもうお開きにする?」


 僕の質問に沙知はう~んと首を傾げる。


「多分、まだ大丈夫だと思うけど……変にやっちゃうと、明日体調崩すかもしれないし……今日は終わりにしようか」


「そうだね、じゃあまた明日ってこと?」


 僕がそう言うと沙知は頷いてみせる。そんな彼女の様子に僕は安心した。


 すると沙知が何か思い付いたかのように手を叩いてくる。そして少し考えたあとに口を開いた。


「ねえ、頼那くんさえ良かったら、もう少しだけお話しない?」


「うん、良いよ」


 僕がそう答えると沙知は嬉しそうに微笑んでくれた。そんな彼女の笑顔にドキッとする。


 それからしばらく他愛のない話をすることになった。と言っても沙知の話を永遠と僕が聞いているって感じだけど。


 僕は沙々さんが持ってきてくれた紅茶を飲みながら、彼女の話を聞く。その時間がとても心地良かった。


 しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付いたときには日も沈みかけていた。


「そろそろ暗くなってきたから帰るね」


「え~もう?」


 僕が立ち上がると沙知は不満そうに頬を膨らませる。


「もうって、結構長居したよ?」


 僕は苦笑いしながら答えると沙知は納得いかないのか不満そうな態度を見せる。


 そんな彼女の態度に僕は困ってしまう。その反応もまた可愛らしいから許すけど。


「明日もあるし、今日は帰るよ」


「む~、分かった……」


 沙知は不満そうながらも納得してくれたみたいだった。僕はホッとして荷物を持ち直す。


「それじゃ、お邪魔しました」


「うん、ばいばい頼那くん」


 僕が帰るのを沙知が見送ってくれる。僕は彼女に手を振ると、沙知も嬉しそうに手を振ってくれた。


 こんな風に彼女と恋人みたいなやりとりができるようになるなんて、一週間前の僕は想像もしていなかっただろう。


 今の自分の状況に少しだけ驚きつつ、僕は沙知の家をあとにした。


 帰り道、日も沈み少し涼しくなった風を感じながら、幸せな気分に浸っていた。


 そんな中、ふと、僕はあることを思い出す。それは沙知の部屋で見つけたあの雑誌のことだった。


「あれって……もしかして……」


 僕は書かれていたことを思い出す。それと同時に前に彼女が口にしたことも思い出した。


「やっぱり、そうだよな……」


 僕はそう考えると、自分の中であることを思い付いた。それはきっと彼女にとって、知りたいことの一つのはずだ。


「よし、決めた」


 僕は一人そう呟くと、自宅への道を急いだ。今回の自分がやるべきことが分かったから、居ても立っても居られなかったから。


 そして僕は自宅に着くと、自室に直行。そのまま鞄から勉強道具を取り出して、机に向かった。


 そして再び勉強を始めたのだった。

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