第22話 『君の言葉があたしの心に残り続ける』

 彼に告白されてあたしはまずは疑問が頭に浮かんだ。なんで彼はあたしなんかを好きになったんだろう。


 会って一時間も満たない相手に好きになる要素なんて見た目くらい。


 あたしは見た目だけなら美人だし、男の子なら誰でも靡くだろうと思っていた。けど、同じ見た目のお姉ちゃんがいるわけだし、それはないか。


 それに話の流れ的にあたしが散々からかったから仕返しに好きって言った可能性もある。


 彼はあたしの予想以上のリアクションを取ってくれるから、その反応が面白くてからかってた所もある。


 それなら確かに告白してあたしを狼狽えさせるのも分からなくない。かわいいね。けど、残念。その手には乗らないよ。


「はいはい、どうせからかってるんでしょ?」


 そう言ってあたしは茶化すように彼の告白を流して、ニヤニヤと笑った。


「アハハ、恥ずかしがってウソを言うなんて君も可愛いね」


 しかし、彼はあたしの茶化しには乗らずにあたしから視線を逸らさず 、真っ直ぐと見つめてこう言ってきた。


「本気だ……」


 その彼の目は嘘を付いている目じゃなくて、真剣そのものだった。


 視線が一切逸れず、ただあたしを見続けてくる。本気の人の目。それがあたしを捉えて、離さなかった。


 あたしに対して茶化したり、ウソをついていないことははっきりと分かった。けど……。


「でもさ、君ってばあたしがどれだけ面倒か知らないでしょ、だってあた──」


「知ってる……」


 あたしが自分の欠点を口にしようとした瞬間、彼はあたしの言葉を遮り、そう言い切った。


「知ってる……君の身体が弱いことも、君が人でなしで、他人のことなんてすぐに忘れることだって……」


 その彼の言葉を聞いた瞬間、あたしの頭の中には疑問でいっぱいになった。


 あたしの何を知っているの? なんでそんなことまで知ってるの? なんで? なんで? なんで? と頭の中を疑問が次々と沸いてくる。


 今まで一度だって彼とは接点がないはず。なのに、まるで他人に心を覗かれて恐怖している感じだった。


「運動もできない、料理だってできない、一人でまともに校内を歩き回れない、人をからかうのが好きだし、勝手に実験のモルモットにしたり、正直まともじゃない人だって分かってる」


 つらつらとあたしの欠点を話す彼にあたしは腹が立ってきた。


 自分で理解していて、認めていても他人に指摘されるのがこんなに腹が立ったことなんて今まで一度もなかった。

 あたしは沸いてくる怒りをそのまま彼にぶつけてしまった。


「そこまで分かってるならあたしのこと好きにならないでしょ」


 こんな欠点まみれのあたしなんて好きになる人いない。恋も愛も知らないあたしのことなんて誰も好きになんてなってくれない。


 すると、彼は真っ直ぐとあたしを見つめてこう言った。


「好きになるよ」


 彼の言葉にあたしの怒りは行き場をなくしたみたいに霧散していった。むしろ彼のことが理解できなくて、混乱してしまっていた。


 あたしのことを知ってる、欠点も理解してる、なら何でこんなあたしを好きになったの? その部分だけがどうしても理解できなくて。


「……わからない」


 思わずその言葉が口から出てしまった。自分が理解できないものが目の前にあると不安になる。


 それでも理解しようと思考を巡らせていると、あたしは一つの答えに辿り着いた。


「もしかして同情? それともこんな子ならワンチャンイケるかも? みたいな理由かな?」


 どうせあたしの体が弱いことを知って、可哀想だと思ったからそんなあたしを好きになったんだ。そういう打算的な感じなんだと思った。なら納得いく。これなら理解できるし、説明がつく。でも……彼はそれを否定した。


「違う!!」


 力強く否定する彼の言葉にあたしはビクッとした。それは怒鳴られたからではない。


 否定されたときの彼の目が、本気であたしは怖くなってしまった。だって、理解ができなかったから。


 同情じゃない。打算でもない。なら何が理由であたしのことが好きなの。


 知り合ったばかりの彼が何を考えているのか全く分からない。ただ、あたしが理解できることは、彼があたしの欠点を理解していて、それでもなおあたしを好きだと言っているということだけだった。


「……じゃあ……なんで……なんで君はあたしなんかのこと好きになれるの?」


 好きになる理由が分からなくて、つい彼にそんな質問をしてしまった。


「ずっと君が気になっていた……初めて会った時から……そして、君と一度恋人同士になったときも」


「!!」


 彼の言葉にあたしは今度こそ頭が真っ白になる。一瞬、何を言われたのか理解できなかったけど、だんだんを理解が追い付いていくと、思わず彼から視線を逸らした。


「あ、あたし……知らない……君と……恋人に……なったことなんて……」


 あたしは記憶を必死に思い出してみるが、そんな記憶はどこにもなかった。となると彼がウソを付いているか。それともあたしが忘れているのか。しかし、彼がウソを付く理由が無い。だとするなら忘れているのは……あたし。


「そうだよね……君が覚えてないのも僕は知っている」


 彼は淡々とした様子でそう話す。まるでいつものことだったかのように、その事実を受け入れたように。


「わかんない……わかんないよ……なんで……」


 自分のことを忘れるような相手を好きになるの? どうしてそれを知っていながら、あたしのことを好きで居られるの?


 理解ができなくて、頭を左右に振り、思考が動転して、両手で頭を押さえて、あたしは自分の髪をぐしゃぐしゃに乱し始めた。


 そんなあたしに彼は一歩一歩、近付いていく。それが怖くてあたしは分からないと呟きながら、一歩一歩、後ろに下がっていく。けど、それもすぐに終わりを迎えてあたしの背中には壁が当たり、それ以上下がれなくなっていた。


 理解できない恐怖と逃げられない恐怖で、あたしは逃げ場のない不安と焦燥感でいっぱいだった。すると、彼はあたしの頭を優しく撫でた。ゆっくりと頭を撫でつける優しい手付きに、あたしはビクッと肩を上下させ、顔を上げた。


「なんで……あたしを好きになるの? 恋人だった……君のことを……忘れて……傷つけて……男ならこんな女いらないでしょ?」


「そうだね、正直めちゃくちゃ傷付いた」


 あたしの言葉に彼は苦笑しながらそう言うと、そのまま続けて言葉を紡いだ。そして──


「君と一緒に過ごすのがとても楽しかったから」


 彼から出た言葉はとても単純なものだった。一緒に居るのが楽しかったから好きになる? そんな子供じみた理由であたしを好きになったというの? 理解ができない。それに……。


「そんなあたし……ワガママで自分勝手な女なのに」


「知ってる、僕がいくら頑張ってもきっとそれは直らないだろうなって思っている」


 あたしの悪態に彼は意地悪そうに微笑みながら、そう返した。それに対してあたしはなにも言い返せなかった。だって事実だから……。すると、彼はこう言ってきた。


「でもいいんだ、君と関われば関わるほど君を知っていく、新しい君の一面を知るたびに余計に君を好きになっていくんだ、だからもっと君を知りたい」


 その言葉であたしは言い表せない感情で胸が締め付けられる。それは苦しいようで、心地よくて、嬉しくて、暖かかった。


 彼はあたしのことを知りたいって言ってくれる。その言葉はあたしにとってこの世で一番信じられる言葉。


 あたしの根底にある衝動。あたしがあたしであるための根源。それが彼を突き動かしている。


 それは信じられる。なら本当に彼はあたしのことが……。


 もし、そうなら知りたいって思った。人を好きになるってどういうことなのか知りたいって感情が、衝動が溢れてくる。だけど……。


「他人を好きになる気持ちなんて……わからない」


 彼が何を言っても、あたしには信じることができなかった。他人を好きになる気持ちなんて分からないし、それに言葉ではいくらでもそう言える。


「じゃあ証明してよ……」


 手っ取り早くあたしは、彼に対して証明を要求した。それは無理難題。あたしよりテストの順位が上だったら信じるという条件を出した。つまり、学年一位なら信じるって言っているようなもの。


 彼が勉強がどれだけできるのかあたしは知らない。けど、元から成績が良くても悪くても、あたしがいる以上、学年一位なんてそう簡単に取れるものじゃない。


 それができるのは、お姉ちゃんくらい。だから、無理難題を彼に要求している。


 どうせ、言葉だけで出来もしない。そんな無茶を言われて本気でやる人なんて……。


「わかった」


 短くそう返事をする彼にあたしは驚いてしまった。そんな簡単に安請け合いしていいの? 


 彼に自分がどれだけ無謀なことをしようとしているのか、理解しているのか不安になって言葉を掛ける。だけど……。


「君に信じてもらえるならなんだってする、だから、僕が君に勝ったら僕のことを信じてほしい」


「バカだよ……君……」


 彼は本気だった。それが痛いほど伝わってくる、まっすぐな目であたしを見てくる彼がとても眩しく感じて、あたしは彼から視線を真っ直ぐ受け止める。


「いいよ……君が勝ったら……君の言葉を信じてあげる」


 そして、あたしは彼とそう約束した。絶対に勝てない条件を出して、無理難題を押し付けたのにもかかわらず。


 一応彼に対して誠意は見せようと、彼の名前を聞き、ノートに今回の約束を一応書き残しておく。


 絶対に彼があたしに勝つことなんて無いだろうけど、念のため、あたしが約束を忘れないように。


 本当に君はバカだ、わざわざな勝ち目のない勝負を受けるなんて。


 あたしは約束を書き記したノートを鞄にしまうと、すぐさま、鞄を持って教室から出ていこうとする。


 さっさとこの場から去りたくて、少し歩幅を早く動かして、歩く。


 そんなあたしに対して彼はあたしの背中に言葉を掛けた。


「沙知」


 その呼び掛けにあたしの足はピタリと止まる。そして、ゆっくりと身体を彼の方へ向けると、彼はあたしに対してこう言った。


「絶対勝つよ」


 揺るぎのない闘志が籠った瞳を向けて、そう宣言する彼にあたしは何も答えず、再び足を前へと出して歩み出した。


 背中越しの彼から視線を外しながら、廊下を歩き始めた。


 なんで? どうして君があたしなんかにそこまで言うの? どうせ、その言葉は口先だけの大層な言葉。だって本気であたしのこと好きになる人なんているはずないんだから……。


 あたしはそう決めつけて、長い廊下を抜け昇降口へと向かった。


 ただ、君の言葉があたしの心に残り続ける。

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