第15話 『誰か来てるの?』

 それから沙々さんに例のゴーグルを付けられて、沙知のときと同じようにあれやこれや説明を受けた。


 まあその機能については既に沙知から聞いているだが……。


 そんなことを考えながら沙々さんの説明に耳を傾ける。しかし専門用語ばかりで全く理解ができない。


 あとゴーグルのモーター音を聞くだけで興奮するとか、このゴテゴテした見た目だけでテンションが上がるとか……。


 僕にはちょっと分からない世界の話だなと思いつつも、ここまで熱く語ってくる沙々さんに僕は驚いていた。


 一見クールそうな彼女が子どものように目を輝かせながら語っている。


 その姿にどこかギャップを感じながらも、不思議と違和感は感じない。やっぱり沙知とそっくりだからだろうか。


 それから一通りの説明を聞いた後、ゴーグルは外してもらえたのだが、沙々さんはとても満足そうで僕も何故かホッとするのだった。


「すまない、話しすぎたな……」


 そんな反省した様子の沙々さんを見ると僕は何だか可笑しくて笑みがこぼれる。


「気にしてないよ」


 僕がそう答えると沙々さんも安心したようで穏やかな笑顔に戻った。ただ少し照れくさそうに頬を掻いている。


 それからお茶を飲みながらしばし談笑した僕たちは、ゆっくりと休憩を取った後、勉強を開始することにした。


 途中、何度か休憩を入れながら、僕は沙々さんの指導の下、テスト範囲の復習と重要事項の確認などを行い、あっという間に時間は過ぎていくのだった。


「今日はここまでにしよう」


 日が完全に沈んだ頃、僕の疲れ切った様子を察したのか沙々さんがそう提案してくる。


「分かったよ、今日はありがとう」


 僕はその提案に素直に従うことにした。さすがにいつもしないことをしているせいか疲労感が半端ではない。


「どうだ、これからやれそうか?」


 そんな沙々さんの問いに僕は考える。


 正直自信もないし、本当に沙知に勝てるのかと不安に思っている。ただ……。


「うん……やれそう……いや、やる……」


 それは確かな気持ちだった。沙知に僕の気持ちを信じてもらうために負けられないし、何より沙知と真剣に向き合いたいと思ったから。


 もちろんまた明日になったら不安がぶり返すかもしれない。いや、多分、ずっと不安が消えることはないと今は思っている。


 でも、それでもやると決めたからには絶対にやると僕は決めたのだ。


 そんな僕の答えに沙々さんは微笑んでくれた。


「そうか……」


 それだけ言って、沙々さんは立ち上がると、ノートや文房具を片付け始めた。


 僕も自分の文房具をカバンにしまうと、部屋から出る準備をする。


「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」


 そう伝えると沙々さんはお見送りしてくれるのか一緒に部屋から出てくれる。そのまま玄関まで行くと、靴を履いてから沙々さんのほうを向く。


「今日は本当にありがとう」


 僕は改めて沙々さんにお礼を言った。何から何まで僕の面倒を見てくれた彼女には頭が上がらない。


「気にするな、オレが好きでやったことだ」


「それでもお礼は言わせて欲しいよ」


「そうか……だが、テストまでこれから毎日続けるんだ、いちいち礼など言われると、こちらとしてはむず痒い、礼は島田があいつに勝ったときにしてくれ」


 そんな沙々さんの言葉に僕は笑いながら分かったと伝えた。


 沙々さんにちゃんとお礼が言えるように僕自身が頑張らなくてはと決意を固めた。


 そんなことを考えていると、ふと、沙知の部屋の扉に視線が行く。


 今、彼女は何をしているんだろうかと気になったのだ。

 すると、タイミングが良いのか悪いのか、丁度扉が開かれた。


「あれっ?お姉ちゃん、誰か来てるの?」


 そう言いながら沙知は室内から顔を出してくる。そして、こちらへと視線を向けた瞬間、僕と目と目が合う。


 すると沙知の目が一瞬見開かれた後、パタンと静かに扉を閉じた。


 しかし、すぐにまた扉が開き、沙知が部屋から出てきた。


 出てきた沙知の服は学校を休んだため、当然制服ではなく私服だ。


 寝間着だろうか。彼女が好きな色である黄色がメインとした可愛らしい動物が描かれているパジャマだった。


 ただ若干サイズが合っていないのか、大きめの胸元のせいで、屈んだりしたら見えてしまいそうで少しドキドキしてしまう。


 ただそれ以上に僕は彼女の寝間着姿を見て、こんな状況だというのにドキッとしてしまった。


 それにヘアスタイルはいつも学校でしているようなポニーテール姿ではなく、髪を解いている状態だった。そのため印象が少し違って、ちょっと可愛く見えてしまう。


 そんないつもと違う沙知の姿に僕の鼓動が早くなるのを感じるのだった。


 そんな沙知に見惚れていると、彼女はそのまま玄関の前までやってくる。そして沙々さんの後ろで僕をじろじろと見つめてきた。


 何故か無言で見つめてくるので、僕は思わずたじろいでしまう。


 そんな僕の気持ちなど知らないであろう沙知は、ひとしきり僕を見た後、いつものような笑顔で僕に話しかけてきた。


「えっ!?もしかしてお姉ちゃんの彼氏!?」


 まるで僕とは初めて会いましたと言わんばかりの沙知の反応。


 やっぱり沙知は僕のことはまた忘れているみたいだ。それは分かっていたことだが、実際にされると堪えるものがある。


 僕はそんな気持ちを堪えていると、沙々さんは呆れ顔で答えた。


「おまえは何を馬鹿なことを言っているんだ」


「えぇ~?だってお姉ちゃんが男の子を家に上げているのって初めてじゃない?」


 沙知がそう反論すると、沙々さんは呆れながらも真面目に答える。


「そもそも島田とはそんな仲じゃない、ただの友だちで、家に上げたのも勉強会のためだ」


「へぇ……そうなんだ……」


 そんな沙々さんの言葉に納得しながらも疑っている様子の沙知は僕と沙々さんの交互に視線を向ける。



 僕はそんな沙知に何を話していいか分からないでいた。すると、沙知はこちらに顔を近づけて僕を見つめる。しかもとてもニヤニヤとした笑みを浮かべながら。


「もしかして……大人の勉強会って奴?」


「なっ!?」


 いきなりの言葉に僕は顔が真っ赤になるのを感じる。そして焦りながらしどろもどろに答えた。


「い、いや、別に……そういうことはしてないから!!」


 そんな僕の様子を沙知はますます面白そうに笑う。


「あははっ、顔真っ赤にして面白いね」


 そんな無邪気な笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込んでくるのは本当に心臓に悪い。


 彼女の顔がとても近くて、僕は思わず視線を外しそうになる。


「あまりからかってやるな」


「イタッ!!」


 沙々さんが沙知の頭に軽くチョップを入れる。沙知は叩かれた頭を撫でながら、上目遣いで沙々さんを睨み付けた。


「もうっ!!痛いよお姉ちゃん!!」


「おまえが島田をからかっているからだ」


 沙々さんはそう言い放つと、沙知は少し拗ねたように頬を膨らませると口を開いた。


「えぇ~だってお姉ちゃんが男の子を連れ込むなんて初めてだもん」


「さっきも言ったが、テストの勉強のために連れてきただけだ」


 沙々さんはそう言い聞かせるように答えると、沙知は首を捻ってから沙々さんに言った。


「テスト?何の?」


 沙知は頭に疑問符を浮かべ、まるで意外な答えが返ってきたことを表すような態度だった。


 それに対して、沙々さんは呆れた顔で説明する。


「学校の、もうすぐ中間だ、そのために島田に勉強を教えていた」


「ああ!!そっかそっか!!あったねそんなの!!」


 沙知はポンッと手を叩くと、納得したように頷く。そして少し考えるような素振りを見せてから、再び口を開いた。


「でも、テスト勉強ならお姉ちゃんじゃなくてあたしに頼れば良いのに、あたし学年トップだから頭良いよ」


 そんな提案をしてくる沙知に対して、僕は思わず胸が痛くなった。


 彼女は僕との約束も忘れている。そんな事実が僕を締め付けてくる。


 そんな僕の表情を沙知は不思議に思ったのか、僕を覗き見る。


「あれ?どうしたの?」


 沙知が首を傾げるので、僕は慌てて表情を取り繕い答える。

「い、いや別に何でも……」


「そう?なら良いけど」


 そんな僕の反応に沙知は少しだけ怪訝な表情になりつつも、あまり追及する気はないらしくあっさりと引いてくれた。そんなやり取りを見ていた沙々さんが口を開く。


「さて、とりあえず今日はもう帰れ島田……」


 沙々さんに促されると、僕は玄関の扉を開けて外へと出る。


 外へ出るとすっかり暗くなり、街灯が明々と灯っていた。そんな周りを見ていると、沙々さんも外にやってくる。沙知はさすがに出てこなかったので、少しほっとした。


「島田……あいつは相変わらずあの調子だ……それでもやるのか?」


 沙々さんの問いかけに僕は迷いなく答える。


「もちろんだよ」


 僕が力強く伝えると、沙々さんは真剣な眼差しで僕を見つめながら口を開いた。


「そうか……なら最後まで付き合うぞ……」


 そんな沙々さんの気遣いに僕は素直に感謝した。やっぱり良い人だなと再認識する。


「ありがとう……」


 僕がそうお礼を伝えると、沙々さんはフッと笑って見せる。そしてそのまま彼女は家のほうへと歩き始めた。


 そして玄関の前に立つと、僕のほうヘ振り返り口を開く。


「それじゃあ、またな島田」


「また明日」


 そう伝えると沙々さんは家の扉を開けて中に入る。それを見届けた後僕は一人自宅へと帰るのだった。

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