第4話

 夏に騎士団から来ていた手紙で、例の立派なレッドドラゴンを含めた成獣した6頭のドラゴンたちの献呈が命じられて以来、レオのいる小屋は少し寂しくなったがその分寝るスペースには困らなくなっていた。

 ヒューゴが屋根に雪をかぶった小屋へ様子見に行くと、少しゆとりができた寝床でレオは小さく丸まっていた。

 レッドドラゴンは、本来は火山地帯に住むドラゴンで特にガウコの寒さは彼らに本来厳しいものであった。

 ヒューゴは外よりも暖かくなるように作られた小屋の室温計が25度を下回っているのを確認すると、小屋のある丘の裏へと降りて行った。そこには焼却炉の大きな口があった。赤の小屋はその建っている人工的に作られた丘全体が炉になっており、冬はそこへ薪もくべて暖をとる構造になっていた。

 丘状の炉の温度が上がりすぎないように薪をくべるのはヒューゴにとってもなかなか簡単にはいかないもので、くべてはしばらく小屋の温度を確認する、という往復を繰り返しているうちに朝ご飯ができてしまうこともしばしばであった。

 ヒューゴが小屋の掃除を済ませるレオがコートの裾を口の先で挟みヒューゴは思わず後ろのレオの顔へとバランスを崩す。


 「ったく、こういうのは好きな女の子にされるからときめくんだよ。」


 そういいつつも顎の下の方へと腕を回し、思い切り撫でてやった。目をつぶってしばらく撫でられていると気が済んだのか、コートを放して朝食を食べに行く事を許してくれた。

 

 家の前の通りを降りていくと、鎧を身に着けた男2,3人が家の前でヒューゴの父を囲んでいた。

 「…ですが、この夏に献呈したばかりで私の農場にはとても騎士様たちお役に立つようなドラゴンは育っていないのです。」

 「だから、それらすべてを買い取って我々の帝国内の農場で早期に育成し、使い物になるようにすると言っているのだ。」

 「し、しかしそのような育て方をしてはドラゴンたちはそう長くは持ちませんよ。それに正式なドラゴン献呈に関する証明書などがないと渡すわけには…」

 「我々の、帝国のやり方にたてつこうというのか。それに書類なら昨日そちらにお送りしたはずだが?あまりしつこいようなら、武力行使も辞さないぞ。この家にはお前の子供らもいるのだろう?おとなしく従うことをお勧めするが」

 「騎士様がそんな…。帝国もここまで落ちたのですね。」

 「帝国と言っても所詮は権力に目のくらんだぼんくらの集まりよ。」

 「…なるほど」


 父の目が鋭く光ったように見えた。


 「と、とにかく明日また来る。それまでに用意しておけよ。」


 男たちの筆頭格のような騎士はそう続けて言い捨て、部下を引きつれ歩き出した。少し歩いたところで思い出したように敬礼をし、農場から去って行った。

 遠くから父たちの会話を盗み聞いていたヒューゴは父が家の中に入るのを確認して、そーっと家のほうまで小走りで戻った。


 朝食が始まる前に父が言いずらそうに、先ほどの騎士との会話の内容を打ち明けた。

 「そ、そんなのあんまりだよ、父さん!いっそガウコの騎士団に連絡してそいつらぶっ飛ばしてもらおうよ!」

 四男の文字通りぶっ飛んだ発言にため息すら出なかった父親は、それを無視して話をつづけた。

 「あの騎士たち、おそらくだが、反帝国側に寝返った元帝国騎士だろう。発言や正式な献呈に関する書類を持っていなかったし、あれだけ装備が汚れているなどありえない。それに、昨日届いた献呈に関する手紙に押された判が、偽物だった。ただの悪党というわけではない分かなり厄介だ。」

 「…じゃあ、ドラゴンたちは、渡すしかないんだね…?」

 ヒューゴの問いに黙ってうなづく。

 「少なくとも見える範囲にいたドラゴンたちはな。それに今頃小屋を見て回っているだろう。だから…、この家に隠してある子供ドラゴン以外は、明日…」

 そこまで言うと食卓はひっそりと静まり帰ってしまった。


 朝食後にヒューゴは急いでレオの下へ向かうと体を隈なく確認し傷などがついていないことに安堵した。

 黙ってレオの頭部を抱きかかえた。コート越しでもレオのあたたかさがヒューゴの胸へと伝わってきた。

 すでに心の中にできてしまった喪失感を紛らわすために、こうすることしかできなかった。

 普段とは違う飼い主の様子に驚いたレオだったが、何かを悟ったようにおとなしくヒューゴに抱かれたままでいた。

 冬だというのにレオの額には汗が流れていた。ヒューゴの目から流れる汗だった。

「…お前は、まだ火だって、吹けないのにな。それに、…れに、飛ぶのだってまだまだへたっぴなんだよぉ…。なのに、なんで…だよぉ。」

 ヒューゴは初めてレオという名前を付けてしまったことを後悔した。


暖かい涙が小屋の室温を少し上げた冬の朝であった。


そして日が暮れ、冷え切ったガウコに再び朝が来ようとしていた。

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