第27話 エーベリュックの企み 2
「六大魔をおぬしの世界へ送り込む」
「……なんですって?」
出会ってからずっと、不機嫌な顔ばかりだったエーベリュックが満足そうに笑った。
「
最初こそ頭が痛くなったが、考えてみれば全ての元凶たる六大魔そのものを召喚術で異界へ送ることができれば、連綿と続いてきた災禍の鎖を断つことが叶う。
とはいえ、最初は亡霊騎士が出現しなかったので、てっきり小僧の術は六大魔を刺激できるほどの完成度ではなかったと思うたのだがな……」
そこで一度、エーベリュックは言葉を切って目を細めた。
「どうしてどうして、おぬしには立派な呪いがかかっているではないか。
六大魔に選ばれたおぬしにはすでに奴らとの強い繋がりがある。こんな機会は二度と巡ってこない。
おぬしが贄の呪いで死ぬ前に、その繋がりを利用して多少の変更を加え、六大魔ごとおぬしを元の世界に帰還させることが出来れば、この世界から六大魔が去るという寸法だ」
(私が死ぬ前に変更が必要なのね……)
環は聞き逃さないように注意しながら、ナイスアイデアと言わんばかりに厄介ごとを押し付けようとしているエーベリュックを遮る。
「今の話だと地球に、私の世界に六大魔が来ることになるんじゃないですか?」
エーベリュックは高笑い男を思い付きで突っ走ると言ったが、エーベリュックも同じにしか見えない。これならまだ、地球へ引っ越そうと予算を使い込んだ高笑い男の方がマシだ。
「そうだと言っておろう。なに、おぬしの世界には星を何度も壊せる兵器があるのだろう?
もしかしたら、それで六大魔が滅ぼせるかもしれぬ。
「駄目ですよ。手に負えないから
環は強い口調で否定した。こんな馬鹿げた試みなんてさせてはいけない。
「今、おぬしに経緯を含めて教えてやっただろう」
「はいっ!?」
あっさりとのたまうエーベリュックに、環は青筋を立てて聞き返した。
「帰還したおぬしが国主に事情を告げればよい。好きなだけ兵器でもなんでも使え」
「ま、まさか……。私に話してくれたのはそのため……?」
「それ以外に理由はなかろう。なんのために時間を割いて話してやったと思ったのだ」
「……いろいろ喋ったのは私を生かして帰すつもりがないからだとばかり……。口封じするから何を知られても問題ないと思っているのかと……」
「なぜ殺す相手にわざわざ話さねばならんのだ。無駄な行為ではないか」
エーベリュックの顔に不可解だと書いてある。ある意味もっともな意見ではあるが、賛成することはできない。
「それじゃあ、今聞いたのは全て……引き継ぎだったってことですかっ!?」
「引き継ぎ?」
「業務の引き継ぎですよっ! つまり六大魔の引き継ぎっ!
お前が後任だから後は良きにはからえ。
「六大魔の引き継ぎ…………く、くっくっく。わはははは」
考えるようにくり返したエーベリュックが、目元を押さえて笑い出した。
「なにがおかしいんですかっ!」
「い、異界の女よ。つくづくおぬしは変わった女だ。いや、異界の者にかかると、六大魔でさえ単なる業務の一つになるのか……くくく。面白い」
「ちっとも面白くなんてありませんよ」
地球に災厄を持ち帰れと言われた方としては笑うどころではない。肩の震えが収まったエーベリュックが、複雑な笑顔を浮かべた。
「
「儀式なんて止めればいいんです。もっといい手を考えましょう? 私も手伝いますから」
なんとか回避しようと必死な環に、エーベリュックはふっと笑った。
「おぬしが? なにを手伝えると?」
「わかりませんけど、異世界人の視点で物事を見たら、新しい解決策が見つかるかもしれません。きっとお役に立ってみせます。試用期間をください。ひと月で構いませんから」
「時間か……それが可能ならば良かったのだがな」
「エーベリュックさん?」
呟いたエーベリュックが表情を消す。
「神殿の禁忌を犯して亡霊騎士が現れた以上、最早
「あ……」
環ははっとした。
(そうだった。今日も白の騎士が出てくるんだった……)
衝撃の情報がありすぎて肝心なことを忘れていた。
「あれらが出てくる前に、赤の月に関わる呪いの始末をつけねば、
「
「追っ手がかかったのはおぬしだけではない。あの場で召喚に関わった
「じゃあ、私だけでなくエーベリュックさんたちも呪われている……」
「そうだ。とはいえ、神殿の禁忌に触れた呪いだけだがな。おぬしはそれに加えて小僧がかけた六大魔への贄の呪いも受けておる」
「ふたつも……」
環は唇を引き結びながら、対応策がないか忙しく考えた。
「……エーベリュックさん、その、呪いの始末とやらをつければ、追っ手はいなくなるんですか?」
「さよう。神殿との関わりを絶てば良い」
「できるんですか?」
エーベリュックはうなずいた。
「うむ。呪われた神殿で儀式を行わねばならんのが手間だがな」
「だったら、まずは追っ手を断つ対応だけにしませんか? そのあとでタルギーレを良くする方法を一緒に考えましょう?」
「それはできん」
「どうしてです?」
「赤き月への贄の呪いは、止める手立てが存在せんのだ」
「存在、しない……」
「おぬしの呪いの進行は遅いが、長くはもたない。おぬしが魔物化して
「……」
環はエーベリュックがフクロウの姿で現れた夜に言われたことを思い出していた。
――なんとか生きているようで安心した。
あの言葉は環の無事を喜んだ言葉ではなかった。六大魔を地球に送りつける儀式ができることを喜んでいたのだ。
環は
自分一人が犠牲になるだけならば、馬鹿だったと諦めることができるが、このままだと地球を巻き込んで故郷に災いをもたらすことになる。
(……故郷に?)
ふと、環の中で疑問がよぎる。災いに見舞われるのは、地球だけで済むのだろうか?
六大魔の魔力でこの神殿が封じているという魔物はどうなる?
「……エーベリュックさん。あなたがやろうとしている召喚術って、この神殿の魔力を使うんですよね?
神殿の魔力が少なくなったら、ここに封じられている魔物はどうなるんですか?」
「……封じる力が弱まれば、当然のように魔物は自由になるだろう」
「確か、神殿のある場所は強い魔物が封じられているんでしたね?」
「その通り。上の隠し部屋で記録を調べたが、この地に封じられておるのは天竜だった。それを抑え込めるだけの膨大な魔力が残っておったので、この神殿を選んだのだ」
「てんりゅう……?」
環の脳裏に、隠し部屋で見た本のイラストが浮かぶ。西洋のドラゴン。あれが出てくるということだろうか。
「
理解していない環の反応に、慣れたといわんばかりにエーベリュックは教えてくれた。
「……儀式をしたら、その天竜が出てくるんですか?」
「さて、実際に儀式をするまでどうなるかわからん。なにしろ検討時間がなくてな。封印が解かれるのは
もしかしたら何も起こらぬかもしれんが、すでに小僧が一度儀式で魔力を引き出しておるので、次は恐らく封印が解かれるだろう」
「あなたは、この土地に魔物が放たれてもいいって言うんですか?」
「……構わん。
環は怒りに震えた。手の平を強く握りしめる。
「そ、そういうところですよっ!」
「……なにがだ?」
「いまだにタルギーレが嫌われてる理由ですよっ!
世の中が立ち直るためにタルギーレは世界の敵でいるですって? 何百年も前の話でしょう? いつまで引きずってるんですか!?
それでいて、こそこそ密入国して、他の国に迷惑なことをやらかしているんでしょっ!?
あなたたちが嫌われているのは、過去のことが理由なんかじゃないっ! 今、現在、進行形で行われている、あなたたちの行為が原因ですよっ!
召喚術を復活させるんじゃなくて、もっと別の方向に努力しなさいよっ!」
「……口が過ぎるぞ。異界の女よ」
エーベリュックが不機嫌な表情になった。しかし環は引き下がるつもりはなかった。
「環ですよ。いい加減、異界の女呼ばわりは止めて下さい。荒れ果てた国を立て直したいなら、いじけてないで頭を下げたらどうです!?
馬鹿にされても、恥をかいても、協力を求め続ければいい。
過去は変えられなくても未来は違う。国民に安寧をもたらしたいなら、こっちの国々と仲良くして、味方を増やすべきです。
今みたいなことを続ければ、タルギーレはいずれ滅びますよ」
エーベリュックが環を鋭く睨みつけた。
「事情も知らん部外者が好き勝手言ってくれるではないか」
「部外者? こんな目に遭わされて部外者なわけないでしょう! とっくに当事者ですよっ! 私には文句を言う権利があります!」
環は負けじと言い返した。
「口の減らん女だ……」
「口が減らないついでに言わせてもらうと、あなたたちの儀式には協力しません。
私が帰ることで、地球にも、ここの人たちにも迷惑なんてかけられない。……こんなことなら、昨夜のうちに白の騎士に殺されていればよかったわ」
後悔をにじませた最後の言葉に、エーベリュックが反応した。
「もう白の騎士が出たのか?」
「ええ、それが?」
「やはり神殿の呪いは、六大魔と繋がりのあるおぬしを危険と判断したか。お喋りはここまでだ。異界の女よ、嫌でも儀式に付き合ってもらうぞ」
「断るって言ってるんですけど?」
「交渉は決裂だな」
「交渉なんてしてないじゃないっ! 私の利点が一つもないのに聞けるわけないわっ!」
環は噛みつくように言った。調達部として聞き流すことはできない言葉だ。
「やれやれ、故郷で死を迎えさせてやろうというのがわからんとは」
「罪もないここの人たちに魔物を放って? そして故郷に六大魔を持ち帰れと?
馬鹿を言うのも大概にしてくださいよっ」
「おぬしが帰還したところで影響の出る親族は既におらぬだろう? それに縁もゆかりもない
環は眉をひそめた。環がエーベリュックに伝えたのは両親が死んだことだけなのに、なぜ天涯孤独だとわかったのか不思議だった。
しかし今はそんなことはどうでもいい。環は憤然としてエーベリュックを睨んだ。
「私は確かに一人ぼっちですよ。死ぬなら家族のお墓があるところの方がいいに決まってるわ。だけどね、だからって災厄を持ち帰るほど落ちぶれちゃいないわよ。
私の国には、私みたいに災害で大切な人を失った人が山ほどいるのよ。みんな必死に毎日を生きてるの。そんなところに新たな災厄を持ち込めって? 冗談じゃないわね」
環はふんっと鼻を鳴らした。
「そしてここの人たちはね、それこそ縁もゆかりもない私を助けて、親身になってくれたのよ。一宿一飯の恩義も返せていないのに、魔物を置き土産にするなんて死んでもお断りね」
「理由はそれだけか?」
「私にはそれで十分な理由よ。木津の人間を見くびらないで」
きっぱりと言った環はエーベリュックを真っ直ぐに見る。エーベリュックは息を吐いて首を振った。
「……そうか。どうしても分かり合えぬようだな。残念だ」
「それに関しては同意見ね。私も残念でならないわ」
お互いに一歩も引く気のない赤い目と睨みあったあと、エーベリュックがゆっくり首をかしげた。
「……それで、おぬしはどうやって儀式に
環はにっこりと笑った。
「そうね、試してみたいことがあるの……」
言い終わる前に、環は隠し持っていた和式ナイフを素早く開き、迷わず自分の首を突き刺した。恐怖もためらいもどこかに吹き飛んでいて、利用だけはさせるまいと、ただただ必死だった。
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