ケウケゲン


毛羽毛現けうけげん

 全身毛むくじゃらの姿をした妖怪。家の隅や床下など湿気が多く目立たない場所にいるとされ、出現した家の住民は病気になると言われている。また「希有希見けうけげん」と表記されることもあり、名前の通り稀にしか現れないという伝承もある。



「子供にしか見えていない世界ってあると思うんですよ」


 剣崎さんは幼い頃、実家で度々不思議な生き物を見たという。

 全身がふわふわの毛で覆われた、白っぽい生き物だった。

 最初は毛虫の類いだと思って触りたくなかったが、何度も見るうちにそれが虫ではないのがわかった。

 その生き物はまるで風に舞うほこりのようにコロコロと転がって移動しており、毛虫のような蠕動運動ぜんどううんどうは全くしない。風の向くまま気の向くまま、自由に動き回っていた。

 段々とその存在に慣れてきた剣崎さんは、次第に毛むくじゃらを追いかけ回して遊ぶようになった。

 しかし、どんなに頑張っても捕まえられない。

 手の中に入ったかと思えば、ほんの小さな隙間からするするっと出ていってしまう。体のほとんどが毛で、中身がほぼないのでは?と思うほどに軽かった。

 明日こそは捕まえよう。

 今度こそは、次こそは。

 そう思いながら、剣崎さんは成長していった。


 小学生の高学年になった頃だった。

 気付くと、あの生き物を見る機会が減っていた。

 小さいときは毎日のように見ていたはずなのに、高学年になってから見たのは片手で数えられる程度。明らかに見かけなくなっていたのだ。

 もしかして、あの生き物も寿命で元気がないのだろうか。

 そう心配した当時の剣崎さんだったが、成長と共に忙しくなる毎日の中で次第に忘れてしまい、中学校に通い始めた頃には全く見なくなってしまった。

 結局あの生き物がなんだったのか、きっと永遠にわからないのだろう。

 そう思っていたそうなのだが。


「アレはまだ、実家にいるみたいなんです」


 妻と子供を連れて実家に帰省したときのこと。

 初めて来た剣崎さんの子供は古めかしい家屋に興奮して、ドタドタと廊下を走り回って大はしゃぎ。

 まだ三歳になったばかりなので、目に映るもの全てが新鮮に感じるのだろう。

 自分も昔はこうだったな、と感傷に浸っているところに子供が目を輝かせて戻ってきた。

 舌足らずなしゃべり方で「パパ、すごいの見た!」としきりに話してくる。

 なにを見たのだろうか。

 きっと自分には馴染み深い、昔ながらの物でも見たのだろう。

 だが、子供の口から飛び出したのは意外な言葉だった。


「うちの子も“白い毛むくじゃらを見た”って言ったんですよ」


 あの生き物は子供にしか見えない特別な存在なのだ、と剣崎さんはなんとなく納得したそうだ。


「なので、“子供の言うことだから”って聞く耳を持たない人って、私は好きになれないんですよね」


 自分の子供はのびのび育てたい、と剣崎さんは話していた。



 ろうそくは残り――四十八。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る