望まぬ政略結婚

ゆーり。

望まぬ政略結婚①




―――憂鬱ね。

―――天気はこんなにいいというのに、私の心は曇り模様。


揺れる馬車の上、採光用の小窓から景色を眺めては小さく息をついてみせる。 馬車は流石と言わんばかりに装飾が施され、誰が見ても王族御用達というのが分かる外観となっていた。

ただ華美な装飾は内部の不自由にも繋がる。 馬車の中は狭く、エリス姫を除けば近衛騎士を務めるガイルが剣を立てながら常に周囲を警戒しているのみだ。

お互い口数も少なく、ガタゴトと揺れる馬車が次第に静かになっていった。


「エリス姫。 お着きになられましたよ」


エリスは隣国へとある重要な用事でやってきた。 ガイルはすぐさま降りエリスに手を差し出す。


「ついに一週間後ですね。 エリス姫のお美しい姿、今にも待ち遠しいです」


眩しい程の笑顔で言うガイルに心から笑顔を返せなかった。 彼はエリス専属の騎士で仲もいいが、だからこそ今は笑顔が嬉しくなかったのだ。 エリスは馬車を降りながら言う。


「ガイル。 その言い方はお止めになって」

「ですが、場をわきまえて・・・」

「私はいつも通りに話してほしいって言ってるの」


そう言うとガイルは困ったように視線を彷徨わせた。


「・・・分かったよ」


エリスは一週間後に隣国のクローネ王子と結婚することになっている。 幼い時分からの約束事で、いわゆる許嫁というもの。

今回の遠征は、親睦をもっと深めるため結婚までの一週間をクローネの城で過ごすということで決まった。


「エリス姫様、お待ちしておりましたよ。 ガイル様もこちらへ」


城へ着くと早々メイドに案内された。 長旅で少し疲れているというのに、休む間も与えてくれない。 チラリと横を見るとガイルも同様にメイドに恭しい接待を受けていた。

彼は近衛騎士であると同時に少々名のある貴族のため身分も高い。 更に言うなら彼は隣国でもそこそこ顔を知られていた。


「お着きになって早々申し訳ないのですが、この後に話し合いがあります。 それにエリス姫様も出席なさってほしいのですが・・・」

「分かっています」

「ありがとうございます」


話し合いがすぐに行われることは知っていた。 凝り固まった身体を解したいという欲求を人目があるという理由で抑えつつ、客室へと案内される。

場所は既に分かっているが、王族貴族というのはそういうものなのだ。 構図としてはメイドが先導し、エリスがその後を続きガイルが斜め後ろで念のため警戒するという形である。


「この城へ訪れるのは何度目だろうな」

「・・・そうね。 結構な数だと思うわ」 


―――私は小さい頃から隣国の王子、クローネ王子と結婚するように言われていた。

―――いわゆる政略結婚。

―――だから互いのお城には何度も行き来している。


「クローネ王子はいい人だよ。 エリス姫のことを大切にしてくれると思う」

「・・・えぇ」


ガイルにそう言われ胸が痛んだ。


―――ガイルは元々この国の人間だった。

―――それに貴族ということもあり、クローネ王子と昔から交流もあった。

―――だからこそ親しく仲がいいけど、それは私にとって少々複雑・・・。


会議は一週間後の結婚のためのもので、会議というより打ち合わせと言った方が近い。 ただ王族同士ということで少々厳かな形態をとっている。 会議場まで着くとガイルの前に兵士が立ち塞がった。


「何だ?」

「申し訳ございません。 ガイル様はご入室をお断りするよう言われています」

「俺はエリス姫の専属の騎士だぞ?」

「存じております。 しかし、それでもできません」


ガイルは軽く溜め息をつき尋ねた。 エリスとしてはどこまでも付いてきてくれるガイルを嬉しく思っていたため、ここでも別れずに済むのならそうしたい。


「・・・じゃあ、会議の中にこの国の兵士を入れることは?」

「それは可能です」

「ならそれを頼む。 俺は部屋の前で待機させてもらうぞ」

「はい。 申し訳ありません」


だが結局ガイルは出席できなかった。 兵士は扉を開けエリスが入るのを待っている。


「行ってこいよ。 俺はここにいるから」

「・・・えぇ」


中はクローネ王子を筆頭にメイドや執事、数人の官僚と思われる男たちが立っていた。 エリスはガイルに見送られ部屋へと入る。


「やぁ、エリス」


中にいたクローネは笑顔と気さくな所作でエリスを迎えてくれた。 既にエリスとクローネの結婚は決まっていて国民も知っている。 クローネは国民から人気があり祝福してくれる国民も多い。


―――・・・ねぇ、ガイル。

―――最後に私の本当の気持ちに気付いて?


しかし結婚を目前にしたエリスがこれ程までに憂鬱なのは、クローネよりも近衛騎士であるガイルに好意を抱いているせいだった。



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