第9話 善良な市民たち

 その日は急な大雨だった。警察官は通報のあった場所へ赴いた。

視界が悪かったが、10メートルぐらい先にブロック塀に寄りかかる人影が見えた。二三歩踏み出すと、向こうも気づいたようだった。

 「お巡りさんでしたか、雨の中ご苦労様です」

 「あなたこそ、こんな大雨の中、傘も差さずに冷えるでしょう」

 男は警官の渡す傘を断る。

 「これくらい、慣れてますから。あの、……ここには何をしに?」

 「ええ、この付近でストーカーがいるとの報告がありまして」

 男は頷いた。

 「ここ最近です。ストーカーが出るようになって、彼女も怖がってます」

 「彼女さんがこの近くに住んでいらしたのですか?」

 「はい」

 そういって、男は向かいのアパートを指さす。 

 「あそこの4階に。でも、今日は不審な人物は見かけていませんので大丈夫ですよ。このあたりはここ数時間誰も通っていません」

 警官は官帽を深くかぶると言った。

 「なるほど、ストーカーについての情報が欲しいので署までご同行願えますか」

 警官の差す傘に、男は身を入れる。

 二人の姿は無数の雨音の向こうに消えていく。


 

 

 

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