土下座勇者

 ◇◆◇◆◇◆◇


 時は再び現在へ



 魔王を囲み、デュランダルによるトドメの一撃を躊躇ちゅうちょしはじめてから10分が過ぎようとしていた。躊躇と言うか、実際出来ないんだけどね。デュランダル失くしたから……

 魔王への慈悲により躊躇ためらっていると思ってくれていた皆も、さすがに疑問に思いはじめたようで……


「あのぉ~……ヨハンさん」


「ひゃい!?」


 ラックの呼び掛けに、俺は声を上ずらせて返事をしてしまった。


「いい加減にしてくれませんか?さすがに長すぎますよ?慈悲をかけるのもいいですけど、魔王が回復したらデュランダルでもトドメを刺せないので、早くトドメを刺さないと再び魔王にダメージを与えないといけません。それじゃあ魔王も余計に可哀想じゃないですか?」


 そう言ってラックは俺を方を見ながらなんて事ない表情をしながらも、魔王のダメージが回復しないように、『ガトリングガン』という特殊で変な鉄の武器を連射して魔王に攻撃をしていた。

 ガトリングガンの「ダダダダダ!」という音と、魔王の「ギャアアアアアアアア!」と言う断末魔が魔王城に鳴り響く。

 ラック、なんて恐ろしい子……


「勇者さん……もう早くトドメを刺してください。こんな生き地獄を味わうくらいなら死んだ方がマシです。地獄の鬼もこの少年よりかは幾分優しいでしょうよ……」


 ボロボロになった魔王が低姿勢で命乞いをしてきた。

 いや、だからトドメをさせないんだって……ちょっと黙ってくれよ……


「ラックちゃんの言うとおりよ。もうここまできたら魔王が可哀想になってきたわ。はやく一思いにやってあげなさいよ?」


 痺れを切らしたミネルバがラックに同調して、イライラとした表情しながら俺を詰めてくる。メリッサとヨウランも困ったような顔をして俺を見つめていた。


 あぁ……どうしたらいいんだ?

 額から汗が滝のように流れていく。


「まさか……ヨハンさん……」


 ラックは俺の様子を見て何かに気づいた様子だ。俺はラックの一言にドキッとして、肩をビクッと震えさせる。


「ど、どうしたのかな?ラック?」


「ヨハンさん。アイテムボックスの中身を確認してもいいですか?確か、何かを失くしてたっぽいですよね?」


「……えっ、だからそれは『バスターソード』で……」


「いいからグダグダ言わずに中身を見せてください」


 ラックはそう言って、魔王に向けていたガトリングガンを俺の方に向けてきた。それに俺は思わず「ヒィ!」という声が口から漏れてしまう。


「さぁ、早く」


 ラックはガトリングガンをガチャガチャ上下に揺らして俺を脅しながら問い詰めてくる。


 あぁ……もう無理だ……オワタ……


 俺は観念して、腰につけていたアイテムボックスをラックに渡した。

 ラックはアイテムボックスの中身を次々取り出し、探りを入れはじめる。


「アレ?ヨハンさん?これって確か『バスターソード』ですよね。失くしたって言ってませんでした?」


「えっ、いや……」


 重たいバスターソードを両手に持って更に俺を問い詰めてくるラックであった。


 怖い……この圧力……本当にこいつはまだ10歳なのか?


 そんな光景に、メリッサは「勇者様……」とボソッと呟き、目を潤わせて心配そうにこちらを見つめている。

 あぁ、ごめんよ。慕っている勇者がこんなサイテーポンコツ野郎で……


「どういう事なのかしっかりと説明しなさい。このゴミクズ勇者が。さもないと……」


 ミネルバもマジックロッドを俺に向け、ラック同様、氷の表情で俺を脅し問い詰めてくる。ヨウランは何とも言えない苦い顔をしている。

 俺はゴクッと生唾を一回飲み込んだ。

 ……謝るときは……潔くだ……





「スイマセンでしたぁぁぁぁぁ!!!」





 俺は高らかに宙を浮いてジャンピング土下座を行い、大声で勢いよく皆に謝罪をした。

 それを見ていたラックは「なんで謝っているんですか?しっかりと説明してください?」と謝罪理由の説明を冷淡な口調で求めてくる。

 そりゃあ、土下座するだけでは逃がしてくれませんよね?


「あのぉ……実はなんですけどね……失くしたのはですね……『バスターソード』なんかでは無く……え~と、そのぉ……『デュランダル』なんですよね……」


 俺は土下座のままとうとうデュランダルの紛失を告白した。

 ミネルバとヨウランは「はぁ!?」と口を揃えて驚き、ラックは「やっぱり……」と言いながら眉間に右手を添えて首を振り、呆れている様子であった。

 メリッサは……俺はメリッサの様子を知るのが怖くて、メリッサの方に目を向ける事が出来なかった。

 きっと失望をし、悲しい表情をしているに違いない……

 一連のやり取りを見て、デュランダルがこの場に無いことをしった魔王は安心したみたいだ。先程の低姿勢から一気に元気になり、土下座をしている俺に纏わりつきながら調子に乗りはじめた。


「えっ、勇者たんデュランダル失くちゃったの?えっ、唯一ワシを倒せる大切な武器なのに失くしちゃったんですかぁ?プークスクスクス!えっ、馬鹿なんですか?ちょーウケるんですけどぉ?勇者ざまぁ!!ざまぁ、ざまぁ!!マジでざまぁ!!ねぇ?勇者ぁ?今どんな気持ちぃ?ねぇ?ねぇ?」


 元々殺したい程に憎い魔王が、更に殺したくなるような挑発を俺にしてくる。

 くそ……デュランダルさえあればこんな奴……

 仇である魔王・・・・・・を目の前にして殺せない事に歯痒い感情が俺を胸に去来するが、そんな思いを払拭するかのように凄惨な光景が繰り広げられる。


「うるさいですよ?」


 ー ダダダダダダッ!! ー


「ギャアアアアアアアア!!」


 調子に乗った魔王にラックはガトリングガンによる無慈悲な制裁を与えた。蜂の巣みたいに穴だらけになった魔王はピクピク震えて動けなくなっている。

 次は俺の番か……


「ヨハンさん。失くした事に一体いつ気付いたんですか?宴の後、宿に帰って持ち物の確認をしていた時ですか?」


「……はい、そうです」


「じゃあ、なんでミーティアの街を出発する前に言ってくれなかったんですか!?魔王城に乗り込んだ意味が全く無いじゃないですか!?」


「返す言葉もございません。……出発する前に言おうとは思っていたのですが、皆様が宿の前で私にかけて下さりました期待のお言葉を受けて、とても言い出し辛くなったと言いますか……」


「えっ、何?じゃあ私達のせいだって言うの?」


 俺の弁明に、ミネルバが見下した目で指摘をしてくる。


「いえ!滅相もございません!今のは言葉の綾と言うのものでございます!皆様に怒られ、失望されるのが怖いという、全ては手前勝手で肝の小ささからしてしまった愚行でございます!当然、皆様のせいなんかじゃ決して……」


「ふん、クズね」


 ミネルバはそう言って、土下座している俺の顔付近に落ちるように、地面へ唾を吐き捨てる。

 俺に唾を直接吐き付けないミネルバ様、なんてお優しいのでしょうか。

 そんな光景を見てラックは「はぁ~」とため息を漏らしてから質問を続けた。


「いつ失くしたか心当たりはあるんですか?」


「……いえ……全く……。普段は全く使えないデュランダルをアイテムボックスから取り出す事は無いので、正直いつからデュランダルが失くなったか皆目検討もついてない状態です……」


 俺の返答にラックは再びため息をもらし、気まずい空気が俺達の間に流れていた。


 はぁ……俺も魔王のようにガトリングガンでお仕置きをされるのか……

 魔王は不死身だからいいけど、人間の俺があんなので蜂の巣にされちゃったら、グロくてアーティスティックな奇抜オブジェになっちゃうよ……

 普通に死んじゃうよ……


 俺の体はお仕置きの恐怖でガタガタと震え出す。しかし、暫くの沈黙の後に、ラックの口から放たれた言葉は意外なものであった。


「……仕方がありませんね。これ以上ヨハンさんを問い詰めても何の意味も無さそうですし、取り敢えず旅のルートを戻ってデュランダルを探しますか……」


「えっ?」


 あれ?お仕置きは無し?ってか、一緒に探してくれるの?


「あのぉ~……ラックさん?」


「なんです?」


「もしかして、許して頂けたのでしょうか?」


 見上げながらお伺いをする俺に、ラックは呆れた顔が崩さないまでも穏やかな口調で話しはじめた。


「許すも何も、失くしてしまったものは仕方がないじゃないですか?このままヨハンさんを吊し上げてデュランダルが出てくるならそうします。……まぁ、言い出しづらい気持ちは分からなくもないですからね。ヨハンさんの様子がおかしかった事に気付いていて何もしなかった僕にも責任がありますし……」


「ラック……」


 ラック……なんて優しいんだ。あれ、目に汗が入ったのかな?何故だか涙が溢れて止まらない。

 そして、優しいのはラックだけでは無く……


「そうだね。ラックの言うとおり、宿から出てきたヨハンの様子はおかしかったしね。あの時ヨハンにかけた言葉がヨハンを追い詰めたのなら、私達にも責任はあるよ。だから気を取り直してデュランダルをもう一度探しに行こう!ヨハン!」


「ヨウラン……」


 ヨウランもラックに同調して俺を許し、ガッツポーズをしながら庇ってくれた。あぁ、ヨウランたんマジ天使。

 そして、このパーティーにはもう一人天使がいらっしゃる。


「勇者様、ごめんなさい。勇者様の苦悩を分かってあげられなくて……。辛かったですよね?苦しかったですよね?でも、もう大丈夫です。正直に話し、誠心誠意謝罪をしてくださった勇者様にはきっと、デュランダルを与えてくださった女神様も許してくださるはずです。さぁ、顔をあげてください。一緒に頑張りましょう」


「メリッサ……」


 あぁ……慈悲深きすぎんよぉ~メリッサたん……なんでそんなに慈悲深いのぉ?あっ、ただ単に天使だからか?

 もう皆の優しさでオイラ胸が一杯だよ。

 本当に、本当に最高の仲間達だ……

 俺は世界で一番恵まれている勇者だよ。


 だが……


「あっ、私は全然許していないから。絶対に罰は受けてもらうから」


 ミネルバはニコっと笑いながら俺に断罪を告げた。


「ですよねぇ~」


 まぁ、こんな事をしでかして何のお咎めも無しは都合が良すぎる。甘んじて罰を受けるとしよう。

 パーティーメンバーに一応の許しを受けた俺は土下座から立ち上がり、皆と一緒に魔王城を出ていこうとした。

 しかし、魔王がそれを黙って見過ごすはずはなく……


「なぁにワシを放置して魔王城から出ていこうとしているのだ!?貴様らがしょうもないやり取りをしている間にワシは全回復をしたわ!……フフフフフ、このまま生きて返すとおも……」


「うるさいですね」


 ー ダダダダダダッ!! ー


「ギャアアアアアアアア!!!」


「全てを焼き付くす業火の炎よ、全ての闇を焼き払い、混沌なる世界に業火の輝きを……"インフェルノ"!!」


「ギィエエエエエエエエ!!!」


「"龍虎撃滅雷神拳りゅうこげきめつらいじんけん"!!!」


「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「聖なる光よ、その慈しみを持って邪悪なる存在に女神の裁きを!……"ホーリー・アロー"!!」


「ボォエエエエエエエ!!!」


 全回復をして威丈高に俺らの前へ立ち塞がった魔王はであるが、ラック、ミネルバ、ヨウラン、メリッサの順番で最強攻撃を受け、あっけなく撃沈した。

 皆はボロボロになり、再びピクピクしながら動けなくなっている魔王を一瞥する事もなく、魔王城から出ていこうと歩を淡々と進める。


 怖ぇ~……

 絶対にこのパーティーメンバー達を本気で怒らせてはいけない。気をつけよう……


 ……そんなこんなで、失くしてしまった聖剣デュランダルを探す為に、俺達は再び旅に出るのであった。

 勇者"ヨハン・プリテンダー"様の新たな伝説が今、幕を開ける。


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