グッバイ!聖剣デュランダル!

 ◇◆◇◆◇◆◇


 約束の乾杯から二時間程が経過し、店もそろそろ閉まる時間となっていた。俺達は宴をお開きにし、店員さんにお勘定を払って宿へと帰る事にした。


「ふにゃ~……気持ちりりでしゅ~」


 ヨウランに抱えられて店を出たメリッサの表情はすっかりトロけており、自分では歩けない程に酔い潰れていた。

 お酒は2杯くらいしか飲んでいない。しか、ジョッキを半分飲んだくらいから様子がおかしくなり、色んな人にベタベタくっついて絡み酒をするようになった。

 甘えた声のくだけた口調でベタベタくっついてきたメリッサに、普段の模範的で自分を律する僧侶の面影は全く無い。

 普段の姿も健気で可愛いが、酒で色々崩れさってしまったメリッサの姿もそれはそれで悪くはない。どちらの姿も俺にとっては天使さ。


「ヨウラン、重いだろ? 俺が変わろうか?」


「はぁ?鼻の下を伸ばして何言ってるのよ?そう言ってメリーちゃんの体をあちこち触ろうって魂胆なんでしょ?このゲス勇者が」


 俺はヨウランに提案をしたつもりなのだけど、何故だかミネルバがゴミを見るような目で俺の提案を否定してきた。


「あぁ!?ゲス勇者って何だよ!?俺がそんな事するはずないだろ!?」


「どうだか?いつも私の胸をジロジロと下卑げびた目で見てくるくせに!」


「げびっ……み、見られたくなかったら布の面積増やして胸を隠せや!いつも胸が開いている服ばかり着やがって!見たくなくても勝手に目が言っちゃうんだよ!この淫乱三十路が!」


「誰が淫乱三十路よ!これは師匠から譲り受けた大切な魔導着なんだから!それに私はまだ29よ!!」


「ぐはっ!!」


 俺の頬に黒魔導師のモノとは思えない見事なハイキックが炸裂し、俺は宙に浮きながら5メートル程ぶっ飛ばされた。

 そんな光景をみてヨウランは苦笑いを浮かべている。


「ハハハ、ヨハン、ありがとう。でも大丈夫だよ?私、ヨハンより力強いし」


 今度はミネルバではなく、しっかりと正式にヨウランから提案を断られてしまった。

 確かに、東方の拳法を扱う格闘家の方が俺より圧倒的に力が強い。

 でも、女性にはっきりとそう言われちゃうと、男としてプライドが傷つくなぁ……


「わかった、わかりましたよ。それじゃあ帰りますか……」


 俺は体を起こしながらそう言って、宿へと歩を進めた。

 あぁ~、せっかくメリッサたんの体を触りたい放題だと思ったのに……

 意気消沈をしながら宿へと戻った俺は、ラックと一緒に宿の部屋へと入っていった。女性三人と男性二人で部屋は別にとっている。


 ―バタン―


「あぁ~飲んだ食ったぁ~……眠てぇ~」


 俺は入室するなり装備をポンポンとその場へ脱ぎ捨ててベッドへとダイブした。そんな俺の姿を見て、ラックは呆れた顔をしている 。


「ヨハンさん、寝ないでください!明日の朝には魔王城へ向け出発するんですよ?装備をそんなずさんに扱わないで、しっかりと準備をしてから寝てください!」


「ラック……お前は俺の母ちゃんか?……ってか、準備って何をすればいいの?」


「忘れ物や不足したモノが無いよう、しっかり持ち物のチェックをするだとか……」


「忘れもの?『アイテムボックス』を持っている俺が忘れものをするはずないじゃん?」


「ヨハンさん!!」


「はいはい」


 ヨハンに怒られて、俺は仕方がなしに"アイテムボックス"の中身を確認する事にした。

 アイテムボックスとは、ボックスと名がついてはいるが、ベルトに装着する事が出来るポーチ型の鞄だ。とても貴重な魔導具の一種であり、大きさは手の平より少し大きい程度であるが、色々な大きさのモノが異次元空間に沢山収納できるという便利アイテムだ。

 アイテムボックスに装備やアイテムを収納している限り、それらの物を忘れたり失くしたりする事は無い。

 俺はしぶしぶ脱ぎ捨てたベルトについてあるアイテムボックスを手に取って、中身の確認を行おうとする。しかし……


「……アレ?」


「どうしたんですか?ヨハンさん?」


「いや、なんでもないよ」


 ラックにそう答えた俺であるが、実はアイテムボックスを手に取って見た瞬間に違和感を覚えていた。

 アイテムボックスのカバーが開きっぱなしになっていたのだ。ここ数日開けた覚えはないのに……。

 嫌な予感がどんどん頭の中で膨らんでいく。

 俺は背中を向けてヨハンから見えないようにし、アイテムボックスから中身を全部取り出し、急いで確認をする事にした。すると……


「無い……」


「えっ、どうしたんですか?何か失くしたんですか?」


「……いや」


 背中の方から聞こえくるヨハンの声に振り返るが、俺は焦りを隠せないでいる。

 アイテムボックスから中身を全て取り出して確認してみると、ある重要な武器を一つ失くしてしまっていた事に俺は気づいてしまったのだ。

 その失くしてまった武器とは聖剣『デュランダル』の事である。

 女神からの試練を乗り越え、女神の加護を与えられた聖剣デュランダルには一つの特性を持っている。

 普段はなんの力も発揮せず全く使いどころのない剣だ。しかし、魔王に攻撃する時のみデュランダルはその力を発揮する。

 その力とは、不死身の特性を持っている魔王を絶命させる事が出来るのだ。

 正しく、絶対に無くてはならない俺達にとって一番大切な武器だ。俺はそれをどうやら失くしてしまったらしい……。

 汗が頭からダラダラと止めどなく流れていき、体中に悪寒が走っていた。


「ヨハンさん!?どうしたんですか?さっきから様子がおかしいですよ?……まさか?……ヨハンさん?」


「あっ、えっ……」


 ラックから向けられる疑問の視線に俺はドギマギとしてしまう。ヤバい……誤魔化さないと……


「えぇ~と、実は『バスターソード』を何処かで失くしてしまったみたいでなぁ。それでちょっと焦ってしまって……」


 当然嘘である。背中を向けている為、ラックからは見えてはいないはずだが、今、俺はまさしくそのバスターソードを手に持っている。

 手に持っているが故に、バスターソードの名前をとっさに出してしまった。


「バスターソード?駆け出し勇者が国から支給されるなんて事ない大剣じゃないですか?最近使ってる所なんて見ないですし、なんでそんなに焦ってるんですか?」


「いやぁ~……まぁ、なんというか、最初に手にした思い出の大剣だからなぁ……愛着が沸いちゃて……」


 これも嘘である。バスターソードに愛着なんてこれっぽちも持ち合わせてないない。

 手入れを全くしていないバスターソードは歯こぼれをしまくり、剣先も丸くなっている。その為、物を切る・・・・ 事は出来ず・・・・・、思いっきり敵をぶっ叩く以外の使い道が無い。

 それはもはや剣とよべる代物では無かった。ただの鈍器である。つまり、ウ○コだ。

 あぁ、デュランダルではなく、バスターソードを失くしていたら良かったのに……。


「もう!だからしっかりと持ち物の確認は普段からしてないといけないんですよ!そんな大事なモノだったらしっかりと管理してください!」

「ハハハ……返す言葉も無い……」


「ったく……ヨハンさんの焦りようから、てっきり『デュランダル』でも失くしたんじゃないかと思ったじゃないですか?」


 ドキッ!


「いや、そ、そんなはずないじゃないか……」


 俺の否定に安心したのか、怪訝な表情をしていたラックの顔に笑顔が溢れる。


「ですよね~。いくらズボラなヨハンさんでも、魔王を倒せる唯一の武器である聖剣デュランダルを失くすだなんてありえませんよね。だって、それを失くされたら、今までの過酷な旅は一体なんだったんだ?って話しになりますもんね」


「バッ、バッカヤロー!さすがに俺でもそんな事はし、しねえよ!」


「ごめんなさい。ハハハハハ」


「ハハハ……」


 穢れを知らない10歳の純粋無垢な眼差しが俺の胸にチクチクと突き刺さる。

 ヤメテ!俺のライフポイントはもうゼロよ!


「ふぁ~……安心したら眠くなりました……。もう寝ますね。ヨハンさんも早く片付けて眠ってくださいね?」


「あ、あぁ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 ラックは目を擦りながらベッドへと入り、すやすやと寝息を立てて眠りはじめた。

 俺も取り出した装備をアイテムボックスの中に再びしまい、体をベッドに預けて就寝の体制へと入った。

 しかし、当然ながら寝付く事など出来やしない。


「ヤバい……どうしよう……」


 アイテムボックスは数日前から使っていない。

 失くしたのは数日前か?

 数日前からアイテムボックスは開きっぱなしになって、何処かでふいに落としてしまったのか?

 いや、そもそも普段は全く使えない『デュランダル」をアイテムボックスから取り出す事はない。

 つまり、ここ数ヶ月『デュランダル』の姿は確認していない。

 だとしたら、いつ『デュランダル』を失くしたんだ?

 ……あぁ、マジでヤバいって。


 俺はそんな事を何度も頭に巡らせて、結局朝までに入眠をする事が出来なかった。

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