【活動開始】

 夜が明けて、いよいよ今日から第二の人生が始まることから、俺は早くに目が覚めてしまった。

 恒例の早朝マラソンとトレーニングを終えた朝の9時頃に、皆が続々と集合してきた。

今日は平日でターゲットの三人が会社のため、夕方ちょい前から本格的に動こうと決め、それまでは今日届く大量の機材やらを、皆で準備することにした。

様々な荷物が届くなか、何日か後には西東京の一軒家に荷物を運ぶことを前提に、卓三に簡易的なセッティングをアドバイスしてもらう。

 そして予定通りに事が進んで夕方となり、いよいよ三人を張ろうということになった。

しかし、剣とたかこがしんどくなってしまったので卓三と共に二人もアパートに残ってもらい、今日は俺とりんで二人を張ることに。協議の末、俺が上川、りんが溝口の行動を張ることになった。

卓三から三人の写真をスマホに送ってもらい、小型の盗撮カメラを持ち二人で出発。俺はいよいよ始まることにワクワクしながら電車に揺られた。

 卓三の会社は新宿のオフィス街にある、わりと小さなビルにあった。片道一車線の小さい道路を挟んで向かいの沿道にベンチが何個か並んでいたため、俺たちはとりあえず怪しまれないように、ふたりでベンチに座って待つことに。

りんは緊張のせいか言葉を発さなかったため、「俺らは素人なんだから、ミスしてもしょうがないよ」と声をかけた。

夕方五時半過ぎ、まず溝口がビルの入り口から出てきた。りんが立ち上がり俺に若干不安そうな笑みで一回うなずき、溝口の後を付け始める。

ああいう不安そうなりんの顔も可愛いなと浮かれていた俺の視界に、見覚えのある男が入ってきた。上川だ。なぜか上川は道路を渡り、こちらにまっすぐ向かって来る。俺は焦ってすぐにスマホを出し画面を眺めた。すると上川は俺の座っている隣のベンチに腰を掛けた。何をしているのだろうとばれないように上川を見ると、上川も自分のスマホを見ている。

しかし、何か様子がおかしい。ずっとスマホを見ているのではなく、結構な頻度で会社のあるビルを確認しているようだった。しばらくすると、ビルからどこにでもいるようなOL風の女が出てきた。

 女の姿を確認した上川は立ち上がって女と同じ方向へ歩きだし、道路を挟んでその女も上川をチラチラ見ながら歩いている。

『おいおい、いきなりビンゴですか?』

 俺は上川の後をつけ始めた。

二人は新宿駅から山手線の電車に乗った。しかし、一緒になることはなく一つ車両をずらして乗っている。降りたのは池袋。二人は互いにチラチラ見合い、完全にこの世が二人の世界であるかのような雰囲気を醸し出している。

俺は電車内から、小型カメラのスイッチを入れて撮影していた。よく盗撮変態野郎が持っている側面に小さな穴が開いているカバンで。

しかし、俺が撮っているのは若いピチピチのOL女性ではなく、油ギッシュなおっさんだ。

駅の改札を出て、ようやく二人の距離が縮まった。二人で飯でも食うのかと思いきや、一本小道を入って、よくあるおんぼろの民宿っぽいホテルに入っていく。ホテル街にある、あからさまなラブホテルには入らない所を見ると二人はゲスな不倫には慣れているようだ。

二人がホテルに入る所をばっちり録画した俺は、二人が入った後におんぼろホテルの入り口に近寄り休憩時間を確認。2時間で6千円。今日は平日。上川くらいの年齢なら、おそらくそんなに長くいないだろうと推測して、とりあえず上川が家に帰る所まではおさえようと決めた。

そして、卓三に電話をし、これまでの報告と上川が帰宅するまでは追うことを告げる。また、ほかの皆には自由にしてくれて構わないことと、皆が部屋を出る時にはポストに鍵を入れておいてくれと頼んで電話を切った。

卓三は会話の節々に「信じられない」と何度もつぶやいていた。

上川が会社の女と不倫するはずがないと思い込んでいたのだろうか。ま、人間なんてそんなもんだと俺は冷めた感じで上川とそのOLを待った。

 時刻は二十時を回ろうとしている。『そろそろ家に帰らなくて良いんですか?ゲス不倫の上川さん』と思いながらホテルの入り口を見ていると、案の定二人が出てきた。

俺は急いで撮影を再開して、後を追う。

 二人は池袋の駅で別れを告げ、別々の路線に向かった。OLはJRの方へ消えていき、上川は東武東上線の方へと向かい電車に乗った。

上川の最寄駅は東上線の大山駅。南口は商店街で活気づいているが、上川は閑静な方の北口を出た。

帰宅途中、交差点の角にあった「立ち飲みと串焼きと刺身」と書いてある飲み屋に入った。

酒とたばこの匂いを無理矢理つけて、女の匂いをごまかすのだろうか。

そこで一杯やってから、一本小道を入った所にある三階建の一軒家に入っていった。場所と家から年相応に稼いでいると感じた。

 俺の張り込みは、ここで終了。初日にしては出来過ぎた結果に達成感を感じつつ、高円寺へ帰った。

アパートに戻ると卓三とりんが待っていた。たかこと剣は夕食を食べた後にホテルに帰ったらしい。だいぶ具合が良くなったと聞いて安心した。りんが簡単な夕食を準備してくれ、それを食べながら今日の収穫を話す。

卓三は撮ってきた映像をパソコンに落として、編集しながら驚いてばかりだった。

 相手のOLは会社の受付嬢で卓三も見たことがあり、会社での上川とそのOLの接点が全くなく不思議がっていた。しかし、そのあとは何だか楽しそうに編集を再開。

俺はりんの収穫を聞いた。りんによると溝口は会社帰りに、歌舞伎町にある特殊な風俗に寄ったという。詳しく聞くと何やら幼児プレイの風俗らしかった。しかし、店に入ったと思ったらすぐに出てきたらしい。りんの推測によると、その日はお気に入りの子が休んでいたのだろうとのことだった。

その後、溝口のあとをつけると地下鉄丸の内線に乗り南阿佐ヶ谷駅で降りて、ちょっと歩いた所の自転車置き場に預けてあった自転車に乗って家に向かったという。

それを聞いて、詳しい住所は俺が調べることと、初めの日にしてはよくやってくれたとを伝えると、りんが一枚の紙を渡してきた。

 見ると詳しい住所と部屋の番号が書いてある。

「え?何これ?どうしたん?だってチャリで帰ったんでしょ?」

 俺が驚いて聞くと、りんはこれでもかというようなドヤ顔で、しかも俺の肩をだいぶ強い力で叩きながら自慢げに言った。

「っていうかさ、私を誰だと思ってんのよ。学生の頃陸上でインターハイ行った長距離ランナーのりん様よ、りん様。普通に走って追いかけましたよ。あっ、もちろんばれないように、いかにも体力づくりでいつも走ってますって感じでね。でもさすがに疲れたから帰りはタクシーで帰ってきた。はいこれ」

 俺はりんからタクシーの領収書を受け取り、その料金を払いながらお酒を出して、卓三と二人で褒め称えてりんをもてなした。

りんはあまり褒められたことがないらしく、最後は恥ずかしそうに、はにかんでいた。

 次の日は剣もたかこも元気になり、皆で行動することになった。

剣は昨日の挽回をしたいと一人で田中の調査をおこない、たかことりんは溝口の風俗通いについて詳しい調査をすることに。

卓三には今日もアパートに残ってパソコンに向き合ってもらうことした。

俺は上川の弱みが予定より早く掴めたため、たかこから情報をもらい、たかこの相手となる元旦那とホストの今の居場所だけでも探すことにした。

皆がそれぞれの役割のもとにアパートから出て行く。俺も新宿まで皆と一緒に行き、新宿から山の手線で目黒駅まで出て、目黒から東急電鉄で武蔵小山に向かった。

 まずはたかこからもらったメモを頼りに、元旦那の住所に向かう。

住所のマンションに着き集合ポストを見ると、皆川という名の下に小さく鈴木真理子とあった。皆川武志が元旦那の名前なので、おそらく皆川はここに住んでいるということだろう。下の鈴木真理子という名が気になったので、とりあえずインターホンを鳴らしてみる。何の返答もない。そこで管理人室を覗き六十代のおばちゃんが居たので、NHKの受信料の取り立てを装って聞いてみた。すると二人は同棲しているとのこと。

 ここでもあっさり目的が達成できたために、俺は何か特別な力を持っているのかもしれないと思いながら、次の目的地六本木へと向かった。六本木に着いて、今度は教えてもらったホストクラブを探す。つっても駅を出た道をまっすぐ歩いたところにある細長いビルであったため、速攻で見つかった。

とりあえず看板を見てみる。居た。火咲道也。こいつだ。今ではここのナンバーワン兼、店長になっているらしい。看板にある写真の中で一番大きく、一番すかした感じで写る火咲の写真だけ撮って退散した。

 今日の俺の予定は終わったが、まだ時間があったため、昨日りんから聞いた溝口のマンションの下見に行くことに。南阿佐ヶ谷に着いた俺は、昨日りんが走って後をつけた道のりを歩いてみたが、結構な距離だった。

溝口が住んでいるマンションは、五日市街道沿いにある一階がコンビニのレンガ造りの五階建てマンション。部屋番号から一番上の角部屋だ。屋上とベランダの作りと、マンションの周りの人の多さを確認して高円寺へと戻った。

 高円寺のアパートに帰ると、まだ誰も帰ってきてなく、卓三がパソコンに向かい作業をしていた。

 俺の姿を見ると開口一番卓三がテンション高めで言った。

「あっ連くん。できましたよ!」

 俺はいきなり何を言っているのかわからずに困惑していると、卓三が改めて言った。

「あっごめんなさい。言ってなかったけど色々設定やらをやりつつ、ちょっとしたアプリを作っていたんですよ」

 それでも何を言っているのかわからずに質問。

「アプリ?・・・え?スマホの?」

「正解です。そうなんですよ。このアプリは俗にいうゴーストアプリっていうやつで、人のスマホにインストールすると勝手に操作できたりするんですよ」

 俺は、いまいちまだよくわからず、すんごいわかりやすく説明して欲しいとお願いすると、卓三は嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。

「ゴーストアプリってのは、普通アプリを落とすとアイコンが画面に出るでしょう?でもこれは全く出ないんです。しかも、他から遠隔操作できちゃうアプリで、例えば、相手のスマホで勝手にこっちから遠隔操作してレンズに移るものを撮影したり、見ることができたりするんです。もちろん、そのスマホの個人情報も見放題。とにかく、アプリを入れたスマホを、相手にばれずに乗っ取れるんです」

「マジで?そんなことできるの?っていうか、そんなん作れんの?すごくない?」

 俺はぶっちゃけカルチャーショック並みに驚いた。卓三は何だか自信に満ちた表情になり、嬉しそうに話を続ける。

「しかも僕が作ったのはさらに進化させて、色々利用した後に遠隔操作でそのインストールしたアプリを完全に削除できるんですよ。だから色々情報を抜き取ったり弱みを握ったりしたら、削除してしまえば何も証拠が残らず、誰にもバレることはないんです」

 俺はもう凄すぎて、なんて言ったらいいかわからなかった。そうこうしていると、次々と皆が帰ってきた。

 まず、剣が浮かない顔をして帰宅。聞くところによると田中は普通に会社で仕事をして、仕事が終わったら普通にまっすぐに家に帰って終わったとのことだった。

続いてりんとたかこが帰ってきて、今日の成果を報告。それによると溝口は、今日も仕事終わりに幼児プレイの風俗に寄ったという。二人は溝口が店に入る同じタイミングで、その店で働きたい人を装って店内に入り色々探ったそうだ。

すると、溝口はそこの一人に一方的に惚れ込み、ストーカーまがいのことをしていることがわかった。

とりあえず溝口の方は幼稚プレイネタでは若干弱いため、明日俺が家にカメラと盗聴器を仕掛けることにした。もしそれが困難であれば、ストーカーネタをうまく利用することにする。

田中の方だが、どうやらネタを作るしかないと思い、女性陣に協力を求めることにした。

 俺が瞬時に考えた作戦はこうだ。りんとたかこで会社帰りの田中を待ち伏せし、田中が出てきたら、どちらかで逆ナンをして何とか酔わせてホテルの入り口まで連れて行き、写真を撮る。

 ちょっと説明が足りないと思い補足を考えていると、以外にもすぐに二人はノリノリでやる気を出していた。

「面白そうじゃん。やろうよりんちゃん。でも私はブスだからナンパはりんちゃんやって。私は写真を撮る係になる」

「え?良いけど。でも・・・」

 俺はその会話を聞いて、口を挟む。

「あのさ、その逆ナンする係は、今決めないでよ」

「え・・・」

 たかこが困惑した表情になる。そこへりんが加勢した。

「そうだよ。とりあえず私が先にやるけど、私がダメだったら、たかこさんも挑戦するんだよ」

 たかこが何を言ってるんだ的に、さらに困惑した感じになったので、今度は俺が加勢する。

「前にも言ったけどブスとかってのは、あくまでも人の好みだからさ。まぁその場で二人で上手くやってよ」

 たかこが何か言いかけたが、俺はそれを遮った。

「とりあえず田中の方はそんな感じでよろしく。あと剣くんは明日、溝口を見張って欲しい。それで常に俺と連絡を取り合って、溝口の行動を教えて欲しいのよ。それをもとに俺は溝口の部屋に侵入しようと思うから」

 剣は役割を与えられて嬉しそうに返事をしたが、りんが口を挟んできた。

「っていうか。どうやって侵入するん?鍵あるの?」

 俺は『ほれ来た』と思い、得意げに言った。

「いや、鍵はないけど、実は今日奴の部屋を確認しに行ってさ、したら奴の部屋が最上階の角部屋で、まだ九月の残暑が厳しいじゃん。大体がベランダの窓の鍵を閉めないと思うんだよね。つか俺なら絶対に閉めないからさ。だから屋上からロープを引っ張って降りようと思ってるよ」

 りんは納得しなかった。

「いやいやいや、それは想像であって、確実じゃないじゃん。もし開いてなかったらどうするの?」

「まぁその時は引き返して、そのストーカーされてる子?に探偵のふりでもして解決する代わりに協力してもらおうと思ってるよ」

 りんは、ある程度は納得してくれたようだった。

今日は女性陣にも活躍してもらったため、出前を取って食事をとり解散した。


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