書籍化できない僕らの歩み

影津

第1話 一次選考落選

「くそ、また一次選考も突破できないのか」


 苛立ちも募ったが、どっと押し寄せてきたのは自分への落胆だ。うっぷんが溜まっていたわけではない、過度の期待もしていない。ただ、情けなさとやるせなさが募った。物を書き始めてもう何年にもなる。最初は三年書いて芽が出なかったら諦めるつもりだった。三年なんかあっという間だ。何も成しえない。何者にもなれない。入試に手こずって、学校になじめたと思えばもう、就職活動。来年は卒業論文に手こずるのだろう。小説を書く時間は、思いのほか少ない。就職が決まれば、もっと書く時間は減るのだろう。額に汗の一つでも落ちてくれればいいものを。何も落ちなかった。熱帯夜に、虫の声。十八時の結果発表のサイトを、もう一度上から順に作者名と作品名で追っていく。どこにも俺のペンネームは見当たらない。


 ラインの通知がきた。


「画伯……」


 最近ツイッターで知り合った同い年ぐらいの作家志望の学生だ。ラインを教え合ったのは、同じ新人賞に応募すると聞いたからだ。画伯の名前も一次選考通過者の中には見つけられなかった。


〈〇〇賞どうだった?〉


〈俺、落ちたわ〉


 送信ボタンを押してため息をつく。


〈そうか。まぁ、半年後にもう一回あるし〉


 半年後にもう一度ある。その言葉の意味を知っているか? またのご応募をお待ちしておりますほど、空しい文面はない。出版社は俺のレベルは必要ない。もしくは、目に留まる何かを俺はまだ持っていない。または、単純にカテゴリーエラー。お前を必要としていない。そう言われたのと同じだ。


 俺はいつからプロを目指しただろう。物心ついたときは、読書が嫌いだった。読書感想文が嫌いだった。そんな俺が書きたいと思ったのは、漫画だ。漫画は絵心がいる。はっきり言ってはじめから絵心を持ち合わせていない俺には無理な話だった。幼稚園の絵が、コンクールに通ることもない。あれは、顔を大きく描くとか園児らしい何かを求めているに違いない。俺は隅にお父さんとお母さんを描くような心の狭い奴だ。


〈後期には応募するでしょ?〉


 俺は思案する。ここの賞に落ちた理由がすぐには見つからない。ギャグが少なすぎるのか? 改稿し過ぎたのか? それとも、風景が足りないのか、感情描写が足りないのか。戦闘シーンの臨場感が足りないのか、キャラの掛け合いが面白くないのか。それとも、ラスボスが魅力的でないからなのか。心当たりはない。だって、そうだろう。俺はこの「ベスニラ戦記」を本屋に並べたいと思った。ただ、それだけなんだ。本当に。昨年の受賞作より面白いと自負している俺の「ベスニラ戦記」は、昨年の受賞作より劣る? いや、一次選考通過作品のタイトルをよく見て見ろ。ああ、なろう系か。俺の出る幕はないらしい。


 悔しかった。何が流行っているのかは、気にしてこなかったのもあるかもしれない。だけど、あまりにも目に留まるようになったそれらの長文タイトルは、間違いなく流行っている。俺には理解できないものが流行っている。俺は胸が押しつぶされるような思いがして、机に突っ伏す。ラインの通知。また、机に突っ伏したままスマホの画面を顔に向ける。


〈こっちは、何とか通ったよ〉


 嘘だろ。画伯の名前はどこにもなかった。


〈どれだよ〉


〈ペンネーム ミキモトミキだよ。いつも違うペンネームで応募してるんだ〉


〈ずるいって〉


 自分は、ちゃっかり一次選考通過しているとか、なんだよ。


〈ペンネーム、女みたいだし〉


 すると、スマホからの通知がぴたりとやんだ。はぁ、俺だけ落選かと苛々してきたのでコーヒーでも沸かしに一階へ降りる。二階に戻ってくるとタイマーにしていたクーラーが止まっていたのでクーラーをつけなおす。ラインの通知音が鳴る。


〈僕、女なんだけど〉

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