ある化け猫の人生、それにまつわる人々の生き方

@akikawa

プロローグ 化け猫の始まり

プロローグ 化け猫の始まり

どこからか吹く涼しい風が僕の肌をそっと撫でる。

ふと空を見上げると街明かりにかき消されて、お世辞にも満点とはいいづらい星の輝き。

その中で一番明るく光る星に向かって僕は手を伸ばす、でも星に手が届くはずもなく、星たちは遠く遠くへ逃げていく。

その時強い衝撃を感じて、僕は目を覚ました。


「あら、やっとお目覚めですか?」


眉をひそめながらそう呟いたのは僕の目の前にいる白い体毛を纏い、透き通る海のような青い瞳をした猫だった。


「何度も声かけたのですがなかなか目をお覚ましにならなかったので、つい手荒な方法を取らせていただきました。」


なるほど先ほど感じた強い衝撃はおそらくこの猫が僕を起こすために叩いた時のものだったのであろう。


「いえ、僕の方こそお手を煩わせてすまない。ところで聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「ええ、どうぞ」


「君は一体誰だ?あと今僕たちがいるのって一体どこなんだろうか。」


白猫は一瞬眉をひそめてから僕に答える。


「ここは…言うなれば猫にとっての死後の世界、天国とでもいうような場所で、私はここの王様であるミケ様のお手伝いをしているものです。」


そう言われて戸惑った僕は自分の体をグルーミングして気持ちを落ち着けながら聞き返す。


「あー、実はあんまり記憶が定かでなくてよくわからないんだけど、つまり僕は猫で、しかもなんらかの理由で死んでしまって今ここにいるってことかい?」


「あれだけの事故でしたから記憶を失っているのも無理はありません。詳しいことは後でまた王様が話してくれると思いますが、とりあえずあちらをどうぞ。」


白猫は近くの壁にある鏡を指して言った。

僕は自分の姿を見るために鏡を覗く。

そこには全身真っ黒な毛に満月のような黄色い目をした猫がいた。


「ご理解していただけましたか。」


「うん、まだ少し混乱しているけど、少しずつ状況を飲み込めてきたよ。」


「そうですか、それはよかった。それでは王様があなたにお話ししたいことがあるそうなので、王様の部屋に伺いましょう。」


何はともあれ王様の話を聞いてみるしかないと思い、僕は白猫の案内に従い王様の部屋に向かった。


「ようこそ、君が来るのをずっと待っておったよ。」


扉を開けると、中から大きな三毛猫が僕に向かってそう告げる。

きっと彼が白猫の言っていた猫の王様なのだろう。


「さあさ、遠慮せず前までおいで。」


「はい。」


導かれるままに王様の目の前に座ると白猫が王様のそばに行き


「どうやら彼は事故の影響で生前の記憶を失ってしまっているようです。」


と告げる。


王様は


「そうか、まああれだけ悲惨な事故だったのだからしょうがないだろう、時間が経てばいずれ全てを思い出すかもしれないし、今はこれからの話をしようね。」


と優しい声で僕に話した。


「…ありがとうございます。それで、これからのこと、というのは一体なんのことでしょうか。」


「ああ、普通は猫という生き物は死んでしまったら猫の天国に送られて、またいつか生まれ変わるまでの間は天国のお掃除やワシの仕事の手伝いをしてもらうことになってるんじゃが、君の場合はどうやらそうはいかないようでなあ。」


「と、いうと?」


「どうやら君はよっぽどひどい死に方をしたのか、それとも現世に強い思い入れがあるのか、まだ現世に魂を引っ張られているようでね、このまま現世と天国の間で魂がふらふらと彷徨う状態でい続けると、おそらく2、3年ほどで君の魂は怨念化して現世にも天国にも害をもたらす存在となってしまうんじゃ。ワシは現世と天国にいる全ての猫を守ってやるのが仕事じゃから、もし怨念化した魂があればそれを消さなければならない。」


王様の言う言葉に背筋が震える。

それはつまりこのままだと僕は怨念化(つまり地縛霊のようなものだろうか?)してしまうから、王様の力で僕を消すと言うことだろう。

そんなのたまったもんじゃない。


「待ってください、そんな、何か僕の魂を消す以外に方法はないんですか。」


王様は少し目を閉じて考えた後、目を開き僕を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「いや、一つだけ方法はある。君が化け猫として現世に生き返り、君の魂がまだ現世に引っ張られている理由、つまり君がまだ現世で生きていたい理由を探し出して、現世に残した想いを断ち切れば、おそらく」


「…なるほど。」


今度は僕が目を閉じて考える。僕は生前の記憶を失っていて、正直なところ自分が生きていたい理由なんて全く思い当たらない。

しかし僕が化け猫になってまで生きていたいと思っている理由を見つけ出せれば、僕は魂を消されずに済む。

だったらやるしかない。


僕は覚悟を決めて告げた。


「王様、お願いします。僕を化け猫として現世に生き返らせてください。怨念になる前に必ず、まだ僕が生きていたい理由を探し出してみせます。」


「…わかった。しかしタイムリミットは三年だ、それ以上は待てない。もしそれを過ぎてしまったらその時は覚悟をしていてくれ。」


王様は覚悟を決めたように僕を見つめる。


「王様、ありがとうございます。」


「ああ、それじゃあ早速今から君を現世に送る。いきなり全てがわかると言うこともないだろうから、とりあえずしばらくの間は現世にいる人間の人生や彼らが生きる意味だと思っているものを観察してみるといい、きっと何かの参考になるだろうから。」


「はい、わかりました。」


そう言うと僕は淡い光に包まれる、きっとこのまま現世に送られるのだ。


光に包まれた僕が最後に見たのは、先ほどまでの優しい微笑みとは異なり不気味な笑みを浮かべる王と、そのそばで静かに目を伏せている白猫の姿だった。

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