幕間Ⅳ~????~

 聖都のある貴族の屋敷には、常に煙突から煙が出ている離れがある。

 そこは普段、家族でも近づく者はいないが、この日に限ってある人物が家主を訪ねてきていた。


「――どうだい。きみにとっても、悪い話じゃないだろう」

「嫌だね」

「なぜだ? 魔法用具局でなら、きみの素質を最大限に発揮できるはずだ。ちょうど魔具職人が助手を求めているし、研究機材だって融通が利くんだぞ」

「国のいぬとして飼われるのは嫌だ。しがらみが面倒くさいから嫌だ。毎日決まった時間に決まったことをさせられるのが嫌だ。上司がいるのが嫌だ。好きなことができないのが嫌だ。だから、嫌だ」

「嫌だ、嫌だ、と……。きみは寄宿学校時代からまったく変わらないな」

「あんたこそ、相変わらず世話好きだな。放っといてくれよ、アーティー先輩」

「アトレイユだ! いいかげん名前を覚えてくれ!」


 薄暗くじめじめっとした部屋で、アトレイユが憤慨する。

 彼は新たな職員を魔法用具局に採用するため、ある人物のもとを訪れていた。

 今はその人物を説得中だが、どうにもなびかない。


 ボサボサの髪に、色白の肌。

 寝巻の上に汚れた白衣を羽織った不健康そうな青年。

 彼は、アトレイユに背を向けたまま話を続ける。


「ああ、そうそう。噂に聞いたが、ソーラ伯爵が失脚して、お父上が地元の区画を取り戻せたらしいな。おめでとう」

「ソーン伯爵、だろう。罪人とは言え、名前を間違えるのは失礼だぞ」

「政争に負けて追い出されたくせに、他人の功績で領地を取り戻すなんて……フハハ。コールダー伯爵は運がいいな」

「コリアンダ、だ。それに、父は真っ当に戦って敗れたわけじゃ――いや、そんな話をしにきたわけじゃない! 俺は、きみに表舞台で活躍してほしいんだっ」

「嫌だと言ったろ」


 青年はアトレイユが話し始めてからずっと、机の上に並ぶ試験管だけに目を向けていた。

 中には紫色の液体が入っており、ボコボコと怪しい気泡が発生している。


「寄宿学校を卒業してもう一年じゃないか。外の世界で自分がどこまで通用するのか、確かめてみたいと思わないのかっ!?」

「アトラ先輩は、相変わらず暑苦しいな」

「ア・ト・レ・イ・ユ!」

「時にアッティラ先輩。その事件で貢献したのは、例の聖女なんだってな」

「わざと言ってるんじゃないのか……。しかし、さすがのきみも聖女には興味が湧くんだな」

「いいや。聖女じゃなくて、そのペットに興味がある」

「ペット?」

「経緯は知らないが、伝説のカーバンクルを手に入れたそうじゃないか」

「……? 何のことを言っているんだ?」

「ああ、そうか。聖女がお忍びでオアシスに行ったことは、まだ知られていないことだったか」

「ザターナ嬢が、オアシスに? ……っ!」


 不意に、アトレイユの頭にバスチアンの顔が思い浮かんだ。


「まさか、バスチアンのやつ~っ!!」

「カーバンクルの額には赤い宝石があるという。嘘か真か、その宝石こそ伝説の賢者の石だという者もいる」

「……錬金術師の卵としては、気になるというわけか」

「ああ! 気になるねっ!!」


 言うが早いか、彼は手に持っていたガラス容器から試験管へと、白い液体を注いでいく。

 試験管の液体がピカピカと発光した後、ボフンッと白い煙を吹き出した。


「それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 煙を吐き出した試験管の液体は、美しく輝く水色に変化していた。


「ポーション一丁、できあがりだ」

「あんな毒々しい液体が、そんな美しいポーションになるなんて信じられない」

「僕のポーションは美しいだけじゃないぞ。肌にかければ裂傷も塞がるし、飲めば内臓の痛みも和らぐ。老害どもの商品を追いやって、ポーション市場を独占するのも時間の問題だ!」


 彼は、次々と試験管に白い液体を加えていき、最初と同じ色のポーションを完成させていった。

 試験管に注ぐ白い液体の量はすべてまったく均一で、何ら危なげなく作業を進めていく彼を見て、アトレイユは感心するばかり。


「天才と呼ばれるだけあるな。ポーションひとつ作るのに、国のお抱え錬金術師でも半日はかかるのに……」

「あんな錬金術師ロートルどもを雇うなんて、宮廷のお偉方の目はよほど節穴なんだろ」

「自信家ぶりも相変わらず、か。どうしても魔法用具局では働きたくないのか?」

「一番嫌な理由を教えてやろうか? 誰かにやってくれ、と頼まれることさ」

「アスラン、いいかげんに引きこもるのはやめろ! いつまで兄上のことを引きずっているつもりだ!?」

「兄上のことは関係ないだろ」

「家督を継ぐべき次男がこれでは、ペベンシィ伯爵も報われないだろう!」

「みんな、そればかり言う。僕の聞きたい言葉はそんなんじゃない」

「なんだって言うんだ?」

「出て行ってくれ。あまりしつこいと、硫酸をぶっかけるぞ」


 アスランは、別の机に乗っている試験管を指さした。

 彼が指さした先にアトレイユが目を向けると、口を塞がれた試験管があった。

 中には、無色透明の液体が入っている。


「……わかったよ。だけど、きみほどの人材をいつまでも閉じこもらせておくのは国の損失だ」

「大層な評価どうも」

「別に役所じゃなくてもいいんだ。日の当たる場所できみが才能を発揮してくれれば、俺に文句はない」

「アトランタ先輩、次来る時は水銀と硫黄を500gずつ持ってきてくれないか」

「無茶言うな! それに、俺の名前はアトレイユだっ」


 アトレイユが出て行くと、部屋の中にはボコボコと煮え立つ音しか聞こえなくなった。

 その中で、アスランは独りちる。


「……ああ、しまったな。アトラス先輩は、聖女と知り合いだったんだっけ」


 彼は今さら振り返ったが、すでにそこにはアトレイユはいない。


「カーバンクル。どうやって手に入れてやろう」


 アスランはガジガジと親指の爪を噛み始めた。

 これは、彼が真剣に物事へ取り組む時の悪い癖……。


「……あの手で行くか。フハハ」


 何かを思い立ったアスランの顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。

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