58 生命のやりとり

 ネイビス、ビエラ、イリスは勇者パーティー『絶対零度』の面々とともにAランクダンジョン『ドラゴンの巣』へと来ていた。ネイビスの予想よりも人が少なかった。というより彼らと受付の人以外誰ひとりいなかった。意外に思ったネイビスはルートに訊く。


「俺達だけみたいですね。いつもこんな感じなんですか?」

「いや、いつもはもっといるよ」

「そうなんですか」

「何か変だね。訊いて来るよ」


 ルートはそう言ってから受付の女性に話を聞きにいった。


「おはよう、アイナちゃん。今日『破壊神』の皆は来ていないのかい?」


 ルートが明るく尋ねるも、受付嬢のアイナは暗い顔で答えた。


「あ、ルートさん。あの、ダールさんが昨日……」

「ダールがどうかしたのかい?」

「亡くなりました……」

「え……」


 ルートは一瞬言葉を失った。


「本当……なのか?」

「はい……。今日の夜明け前に『破壊神』がダンジョンから帰還したのですが、ダールさんが亡くなったそうです」

「そうか……。リットとラズールは?」

「ふたりとも生きていますが、ラズールさんは重症です。今頃治癒院で治療を受けていると思います」

「分かった。ありがとう、教えてくれて」


 ルートは受付嬢のアイナに別れを告げてからネイビス達の元へと戻ると、ルナとレナにダールの訃報を告げた。


「そう。ダールさんが……」

「それは悲しいわね」

「うん。僕はリットとラズールの見舞いに行くよ。二人は?」

「私も行くわ」

「私も」


 ルートは二人の返答に一つ頷くと、ネイビス達に話し始める。


「三人ともごめんね。これから見舞いに行くことになったから。せっかく秘策まで考えてくれたのに」

「いいですよ。また今度会いましょう」

「気にしないわ」


 ネイビスとイリスがルートに答える。それに続くようにビエラが言った。


「あの、私僧侶でレベル55なのですが、何か協力出来ませんか?」


 ビエラの提案にルートは「本当か!」と驚きの声を上げて応えた。


「Aランクの僧侶か……。それは凄いな。是非、一緒に来て欲しい」


 ルートはビエラに頭を下げた。ルナとレナもルートに合わせるように頭を下げる。


「顔を上げてください。まだ、私、何もしていませんよ」


 ビエラは少し困惑したように手を振りながら言った。


「今日は攻略諦めるか」

「それもそうね。私たちも行きましょう」


 ネイビスの言葉にイリスは同意する。それを見て、ルートは再び頭を下げる。


「三人とも、ありがとう。早速治癒院に向かおう」


 ネイビス、ビエラ、イリス、そして勇者パーティー『絶対零度』の六人は急いで治癒院へと向かった。






 治癒院へと着くやいなや、ルートは受付に向かい、治療室への案内を頼んだ。男性に案内されて六人はルートを先頭にして一つの部屋に案内された。


「リットさん、ラズールさん、大丈夫ですか!?」


 そこは病室で、二つのベッドが並べられていた。奥のベッドには男が寝ていて、治癒師らしき者が治療をしていた。手前のベッドにいる男だけが体を起こしていて、ルートに答えた。


「おう……。ルートか。それにルナとレナも。見舞いに来てくれたんだな、ありがとう」


 リットと言う名の中年の男はルート達に頭を下げた。ルートはそれを見てから訊いた。


「あの、ダールさんのことは残念でした……。リットさん。ラズールさんは平気なのですか?」

「それがな……。正直、かなり危険な状態だ。治癒院の者がつきっきりで治療しているが……」


 そう言って隣のベッドにリットは視線を移した。そこにはニ名の治癒師らしき男女がベッドに力なく横たわる男性を治療していた。その男性は全身に酷い火傷を負っていた。


「そんな……。何か方法はないのですか?」


 ルートは悲痛の声を上げ、リットに尋ねる。


「高位神官がいれば可能性はあるが、今は王都に招集されているみたいで、今はその帰りを待っている。だが、正直、いつ帰ってくるかは分からない……」


 部屋を気不味い沈黙が支配した。


 治癒師の平均レベルは大体レベル10だ。というのも、治癒師はレベル10で覚える第一スキルのヒール系統の回復魔法スキルさえ使えれば問題はないと考えられているからだった。ダンジョンでの負傷はたいていヒールで治せる。それ故、レベル25以上でキュアを使える者はめったにいない。


 逆に高位神官と呼ばれる者もいて、彼らはレベルがある程度高く、第二スキルであるキュア系統の魔法スキルまで覚えていることが多い。


「あの、私に何かできることはありませんか?」


 沈黙を破ってビエラが提案した。


「君は?」


 リットはビエラの方を見て、質問した。


「私はビエラと言います!私は僧侶なのですが、レベル55で第三スキルまでなら使えます。何か力になれないでしょうか?」

「ほ、本当なのか!?」

「あ、はい。本当です!」


 リットはルートの顔を伺い、ルートが頷くのを見て確信に至る。


「なら、後生だ!ラズールを救ってくれ!頼む!」

「はい、やってみます!」


 ビエラの治療は成功した。先ずはリジェネをかけ、全身の重度の火傷をキュアで治療してから、ヒールの重ねがけでその体の傷を癒やしていった。今、ベッドの上でラズールは安らかに眠っているが、ちゃんと息をしていた。


 だが、リットとラズールの二人は無事だったものの、結果的に『破壊神』はダールを失った。ダールの死体はリットがインベントリに入れていた。後に埋葬するという。


 二人は今日を持って冒険者を引退することに決めた。ネイビスは彼らの哀愁漂う姿に現実を突きつけられたような気がした。ここはやはりリアルワールド。冒険者はゲームなんかではなく、生命のやりとりをしているのだ。


 ネイビスはこれからAランクダンジョン『ドラゴンの巣』を攻略することを考えると、油断しないようにしようと心に決めるのだった。




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